96話 海賊と通じている長官
惑星タルタロスの軌道上。
そこでは五隻の宇宙船が、宇宙港を目指して進んでいた。
その中の一隻には、今となってはルニウの船と化したオプンティアが混ざっており、宇宙港に到着したあとを考えて船内はやや騒がしくなっている。
「おう、ルニウさんよ、着替えは済んだかい?」
「もちろん」
無線ではなく、船同士をケーブルで繋いだ有線での通信が行われる。
操縦室のスクリーンには、お互いに青い制服を着た姿が映し出されている。
「有線通信だから言っておくが、俺たちはこれから工事のためにタルタロスへ降り立つ。工事の期間は半年。まあ、作業員として残す奴以外は、一週間程度で宇宙に出すが」
「そっちの船には、作業員がたくさんいるわけだ」
「ああ。ざっと二十人ほど。まずは長官殿に挨拶しに行くから失礼のないように。今回の仕事では、俺のことはルインと呼ぶといい」
「偽名? 他の名前は?」
「お互い、今のところ協力しているだけでしかない。本当の仲間になるなら教えてやれるが」
「うーん、それなら諦めます。私の居場所は既にできてるので」
工事を行う業者に扮した海賊と共に、ルニウは宇宙港に入る。ファーナは備品ということで今は無言を貫いている。
「やあ、どうも。遅れてしまって申し訳ない」
「まったく、予定の期日よりも遅れるのは、こちらとしても困りますが。ルインさん」
「いやはや、宇宙というのは思いがけない事態があるものでしてね。デブリに海賊に急な故障など」
「言い訳は私ではなく長官へどうぞ」
出迎えとして武装した兵士の一団が現れるも、海賊たちはそれなりの付き合いであるのか、慣れた様子でやりとりをしていく。
その途中、隊長らしき人物はルニウのことに気づいた。
「そこの見慣れない女性は?」
「ああ、こいつはルニウと言います。色々できる奴なので仲間にしたんですよ。宇宙船や作業用機械を動かせて、修理もできる。この若さで」
「彼女の横にいるロボットは?」
「あいつの趣味を兼ねた護衛ってやつですかね。ほら、むさ苦しい奴らばかりで女は少ない。そうなると、下心ありきで近づく奴が出るでしょう? なのでそういう奴の力を借りなくても済むように、ってわけでさ」
ルニウは若い女性であり、しかも結構美しい。
海賊はどうしても男性が多くなりがち。
これは揉めるだろうなという感想を抱く隊長だった。
「気持ちはわからなくないものの……。まあいい。ひとまず長官殿のところまで案内する。変な気は起こすことのないように」
「わかってますとも。そもそも長いお付き合いをしているわけで」
「だから、面倒な検査を飛ばしてやっているのだろうが。ついてきなさい」
軌道エレベーターで地上に向かい、そのまま地下に存在する列車に乗り込む。
基本的に貨物を輸送するための代物であるからか乗り心地はあまりよくない。
今回のように人を運ぶこともあるが、これといって改善する動きはなかったりする
「ルニウ」
「どうしました」
「ちょっとあそこ見てみろ」
ルインが示した先には、監視カメラらしき物体が存在する。
「ここタルタロスには、監視カメラがいっぱいある。変なことすると、こわーい兵士さんがやって来るから注意しとけよ」
それは会社の先輩としての振る舞いであり、怪しまれないようにしつつ、気をつけるべき部分を教えているというわけだ。
「なるほど、怖いので注意しないと」
数分ほどで目的地となる場所に到着するが、列車を降りる直前、部隊を率いる隊長は言う。
「ここがタルタロス全域を支配する本部であり、惑星全土にある大量の支部とは地下の鉄道網にて繋がっている」
「それは凄いですね」
「ちなみに、支部のほとんどは民間の警備に任されており、私のように本部直属というのはそれなりの立場」
「そこまで教えてくれるとは、意外と暇だったりします?」
「支部は囚人を相手にするから忙しいが、本部にいると暇と言えば暇」
無駄話はこれで終わりだと言わんばかりの態度で話は中断されると、全員で本部の中へ。
道中、職員らしき人々からチラチラと視線を向けられるものの、小規模な業者が来ることはよくあることなのか、すぐに視線は外れる。
「ルインさん。私たちって意外と注目されませんね。監獄惑星って聞いてたから、拍子抜けです」
「……定期的に、俺らのような小規模な業者は来ている。なにせ、仕事は惑星全土に及ぶにもかかわらず、外部から大勢を入れることを避けているせいでな」
やがて長官とやらがいる大きな一室へ到着するも、そこから先はルインやルニウを含めた数人だけが入ることができた。
あとは全員、空いているところで待機という形だ。
「失礼します。エンゾ長官、ルインの一団をお連れしました」
「うむ。盗み聞きする者が出ないよう、外を頼む」
「では、私はこれで」
内部は広く、あちこちにモニターがあった。
それは各地の囚人たちの様子を映し出しているが、割合としては女性のものが多い。
「ルイン、久しぶりだ」
「長官殿こそ、お元気そうでなによりです。女囚人の暮らしを覗き見る悪趣味さについても、相変わらずのようですが」
エンゾという人物は、やや年老いた男性であった。髪は短く切り揃えてあるが、年齢によるものか白いものが何本も混じっている。
タルタロスを実質的に統治する立場であるため、結構なお偉いさんというわけだが、その立場を利用して海賊と通じている時点でろくな人物ではない。
「いやいや、これは犯罪者を監視するという使命がな? んん……そこにいる彼女は?」
「新入りの中でも有望株ですよ。この若さで、宇宙で使い物になる技能を一通り揃えている。ちょいとご挨拶でもと」
「初めまして。ルニウといいます」
「まあ、あまり見所のない星だがゆっくりしていきたまえ」
挨拶のあと、ルインはいきなり本題を切り出した。
「地上の探索ですが」
「ああ、わかっているとも。許可は出している。ただ、遭難しても救援は出さないから、気をつけるようにな」
「機材はこちらで用意したものを使います」
「構わん構わん。地上でなら、好きなように行動していい」
どこか含みのある言葉だが、それに気づいたのはルニウだけ。
しかし口に出すと話が拗れるように思えたため、黙ったままでいることに。
「それでは失礼します」
「待て待て。何か足りないのではないかな」
「おっと、大事な物を忘れていました」
ルインは手に持った大きめの鞄から現金を取り出すと、目の前にいるタルタロスの長官たるエンゾへと手渡した。
「足のつかない現金です。どうぞ」
「うむ」
出てきたのは札束が三つほど。
そのことについて、ルニウが気になるという視線を向けると、地上へ向かう途中でルインは言う。
「エンゾ長官は俗物な方でな。金と女に執着している。あのモニターを見ただろう? まあ、ろくでもないの一言しか出ない」
「そう思っているとは意外です」
「何事にも節度はある。なにせ、トレジャーハンターだからな」
「見つかるといいですね。雪ばっかりですが」
タルタロスの地上には、わずかながらも施設がある。
軌道エレベーター関係に、本部や支部の建物が主なものとなる。
今は窓から外の景色を見ていたが、辺り一面真っ白。
目印となるものはほとんどなく、雪の中から何かを探すというのは、とても難易度が高いように思える。
「まずは一日ほど探索、そのあと少し自由時間になる。……ここにいるお前の知り合いに物を渡すのはそのあとだ」
「こっそり面会とかできますかね?」
「あの長官に、お前の知り合いが目をつけられてもいいなら」
「それは勘弁。まあ、まずは探索を頑張りますか。お互い、大金を稼ぐためにも」
メリアに会っても迷惑をかけてしまう可能性が高い。
なら会う以外の手段を考えるが、細かい部分についてはファーナと相談することを決める。
どうあっても行動はしばらく経ってからになるが、その顔には余裕が満ちていた。




