95話 秘密の計画
人目を避けるために空いている個室に入るも、そこには既に先客がいた。
仏頂面を隠そうともせずに、ロシュが腕を組んだまま中をグルグルと歩き回っていたのである。
「遅い」
「元軍人さんが早いだけよ」
「時間は有限だ。こんなところであっても」
不機嫌そうに言うと、そのまま空いている席を示す。
アイシャはまるでいつも通りな様子で座るので、どうやらこの二人はそれなりの関係であるようだった。
やや遅れてメリアも座ると、ロシュは続きを口にする。
「飯の時間にアイシャから色々と聞いたはず。そうだな?」
「ええ、まあ。普通の刑務所とは色々違う理由を教えてくれるそうですが」
「一応言っておくが、今から話すことは他言無用だ。もし話せば、民間の警備とかじゃない、武装した兵士とかがすっ飛んで来る」
「……それはまた、ろくでもない事態になりそうですね」
「で、どうなんだ? 秘密をつい口にしたくなる症候群とかにかかってるなら、配慮してこの話はやめにするが」
「そんなものにはかかってないので安心してください」
明らかに危険な匂いがプンプンするが、聞かないことには始まらない。
口が軽くないことをメリアが言うと、ロシュも座り、小声で話し始める。
「このタルタロスという惑星は、テラフォーミングの最中にある」
「それは知っています」
「かつては真面目に進められていたものの、今となっては形骸化してしまった。しかし、そうなってもテラフォーミング自体は続けられている。それを理由に、色々な機材を怪しまれずに運び入れることができるから」
テラフォーミング自体は今も続いている。昔と比べると効率がかなり悪化し、いつになったら完了するのか不明とはいえ。
普通なら一時的に中断して色々と計画を見直すところだが、あえて今の状態が維持されている。
「なぜだと思う?」
「……私はここに来てまだ日が浅いので、さっぱりです」
「遺跡の発掘だ」
まさかの言葉が出てきたため、メリアは驚きのあまりロシュを見つめる。半ば睨むような形で。
「ええと、もう少し詳しく」
「昔、脱獄しようと試行錯誤している最中に、刑務官の一部がそんな話をしていたのを聞いた。ちなみに、そこにいるアイシャはあたしの協力者だった。惑星から出る手段がないので、脱獄は諦めることになったが」
タルタロスから脱獄するには、最終的に軌道上にある宇宙港へ行って船を手に入れる必要がある。
しかし、地下における囚人への対応が甘い分、軌道エレベーターなどの警備は厳しい。
万が一宇宙船を手に入れたところで、別の星系に向かう前にワープゲートを通る必要があるため、そこで捕まれば意味がない。
それゆえにロシュは脱獄を諦めたという。
「まあそれはともかく、だ。このタルタロスには遺跡がある。人類以外の存在が作ったと思わしき代物が」
「それは……かなりの大発見では?」
宇宙の広い範囲、それでも宇宙全体からすればちっぽけではあるものの、人類は勢力を広げ続けていた。
しかしながら、未だに他の知的生命体と出会うことのないまま今に至っており、人類以外の存在が作った遺跡があるというのなら、それは人類史における偉大な発見となる。
「そうだ。だが、外の世界にいる間にそんなニュースを耳にしたか?」
「まったく聞いたことがないですね」
「つまり、なんらかの目的があって隠している」
「その前に一つ。どうしてそんなことを私に語るんですか?」
メリアが割り込むように言うと、ロシュはアイシャの方を見て、自分の代わりに続きを話すよう促した。
「それについては私が話すわ。詳しいことは言えないけど、囚人であっても外と通信することはできるの。タルタロスに人類以外の存在が作った遺跡があるという証拠を手に入れ、それを外に広めたら、面白いことになると思わない?」
口元に手を当て、何を想像しているのか笑みを浮かべているアイシャという女性は、だいぶ危険な人物に思えた。
少なくとも、メリアにとっては色々な意味で気を許すことのできない人物であることは確か。
「面白いというよりは、混乱が起きて面倒になるだけでは?」
「混乱が起きれば、ここを出る用意をしやすくなる。混乱によって囚人への監視が緩めば、私がハッキングを行える環境を作り、外部からお金を持ってくることだってできるわ。銀行とか、適当な貴族の資産を、私たちの名義にすることがね」
「ハッキング……」
「とはいえ、こうして話していても信用できないでしょ? 私の腕前を披露できないのは、とても残念だわ」
メリアがロシュの方を見ると、アイシャのハッキングの腕前は確かなのか、信用するようにという視線を受ける。
メリアは少し考え込む。
わざわざこうして話すということは、このあと彼女たちから協力を求められるのは想像に難くない。
「悩みますね」
「ほう? ここまで教えてやったんだ。まさか断るとでも言うつもりか?」
「ロシュ、脅かさないの。こういうのは、自発的な意思が大事。無理矢理に協力させたところで、危ないだけよ」
目の前の二人に協力するなら、ファーナやルニウが稼ぐのを待つ必要性は減るが、バレた時のリスクは大きい。
安全に行くなら、協力せずに何もかも忘れることだが、それを選ぶのは難しい。
「人間ではない知的生命体の遺跡……」
なぜなら、人間以外の存在が作った遺跡というものに、多少なりとも興味が湧いてしまったからだ。
「お二方に協力します。遺跡とやらが気になるので」
「そっちか。まあいい。メリア、あんたは宇宙で色々やってきたんだろう。血生臭いことを含めて。……その実力に期待する」
「うふふ、これで動けるのが三人になった。今すぐにでも行動……といきたいところだけど、まずは次の機会が来るまで待ちましょう」
「次の機会?」
メリアが疑問に思って首をかしげると、アイシャは席から立って近づく。
その分だけメリアは移動し、一定の距離を保とうとする。
「どうして逃げるの?」
「夜、勝手に入ってきた誰かさんが悪いと思いませんか? こっちは鍵を閉めてたのに」
「気持ちいいことは嫌い?」
「そういうことは、相手を選んでやりたいと思ってます」
「新入り、じゃなくメリアの言うことにはあたしも賛成だ。それと、さっさと疑問に答えてやれ。アイシャ」
「やれやれ、お互い監獄惑星に送られた犯罪者同士なんだし、ちょっとしたおふざけなのに」
このままでは話が進まないことを嫌ったロシュから睨まれ、軽く肩をすくめるアイシャだった。
「次の機会というのはね、近いうちにトレジャーハンターを自称してる知り合いが来るから、彼らと接触して必要な準備を進めるの」
「なんでも、色んな惑星を巡っては価値のあるガラクタを物好きに売る仕事をしているそうだ。場合によっては商品になりそうな物を強奪したりもするとか」
ロシュの説明に、メリアはなんともいえない表情となる。
「ほぼ海賊では?」
「犯罪者の協力者となると、まともなところから探すのは難しい。なにせ、あたしは貴族を殺したし、こいつは貴族の息子さんや娘さんと盛大に爛れたことをしている」
「男の子の肉体も、女の子の肉体も、それぞれ違った味わいがあるのよ。まあ、四十や五十を越えた肉体も、これはこれで味わい深かったりするんだけどね」
「寄るな変態。触ったら殴るぞ」
ロシュとアイシャは知り合い以上の関係とはいえ、確かな一線が存在していた。
それはほぼアイシャが原因なのは明らかだったが。
「……なるほど。確かに協力者を探すのは難しいように思えます」
「そういえば、メリアはずいぶんと余裕がある。タルタロスに送られたってのに。……既に外部の仲間が動いているな?」
「否定はしません」
「仲間がいるなら積極的に頼るべきだ。一人というのは、できることに限りがある。戦場とかでは特に」
帝国の軍人としての過去を思い返しているのか、ロシュの表情は少しばかり険しくなる。
これにて秘密の話はひとまず終わる。
続きは、アイシャの協力者たる自称トレジャーハンターたちが到着してからということになり、しばらくは平穏な日々が続く。




