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94話 囚人の中の有力者

 「新入り、怪我には注意しろ。医者はいても、ろくな薬がない。医療用の機器は言わずもがな。もし怪我したら自力で治るのを待つしかないから、周囲を見ながら慎重に」

 「はい。気をつけます」


 地下における囚人の作業というのは、基本的に空間の拡張が主なものとなる。それ以外には服や家具などの作成がある。

 惑星全土でおよそ二億人しかいないため、使える土地は有り余っている。

 とはいえ、地上部分は激しい吹雪により人間が活動するのはかなり厳しい。

 そこで地下という比較的暖かい空間を利用する方向に進んでいるわけだ。


 「新入りさん、乗る機械の使い方はわかる? わからないなら教えてあげるけど」

 「知っているので結構です」


 だいぶ旧式とはいえ、人型の作業用機械が存在しているため、メリアはそれに乗っていた。

 本来は、宇宙などの重力を考えなくていいところで運用することが前提の代物だが、装甲となる部分を外して軽量化することで、地上でも問題なく使えるようにしてある。

 その分、乗っている者の安全は失われているのだが。


 「まずは上から削っていけ。下はそのあと。範囲は記してある」

 「人をどけてください」

 「ああ。今から人型のを動かすから、近くにいる奴は離れろ!」


 坑道を掘るために使われるような掘削用のドリルによって、指定された部分を掘っていく。

 大量の土砂については、メリアが作業用機械の動きを止めたあと、他の囚人たちが回収して別の場所に運んでいく。

 一日の作業時間には限りがある。

 午前と午後、数時間の作業による進捗はわずか。

 これは囚人たちが少し手を抜いているのもあるが、そもそも本職となる技術者がいないのが大きい。


 「新入り、どう思う?」

 「どう思うって、何がですか」


 予定の時間が過ぎたので、作業場所となっている土が剥き出しの地下空間から出ていく最中、メリアはロシュに声をかけられる。


 「この無駄だらけなすべてについて」

 「……来たばかりなので、何を言えばいいのか」


 確かに無駄だらけだが、それは囚人の立場となっているメリアからすれば、一般的な刑務所よりは楽に過ごせるので否定するほどのものではない。


 「まず、なんで作業のすべてを囚人がする必要があるのか。服とか家具とか、何か作ったりするならわかる。だけど工事のようなことを、外部の技術者もなしにさせるのは普通じゃない」


 技術者自体は、一応いるにはいる。

 しかし、どの範囲まで掘っていいか調べるだけで、それ以上のことについては関わらない。


 「せめて現場を監督する者が一人か二人でもいれば、効率はよくなるってのに」

 「効率の悪い作業をさせることが罰、とか」

 「それなら、穴掘りよりも罰になることはいくらでもある」

 「刑務官に聞いてみるというのは」


 刑務官の女性にわざわざ呼び出されたことを思い出し、メリアはなんとなく言う。

 するとロシュは首を横に振る。


 「昔、聞いてみた。だけど返ってきた答えは、囚人がそんなことを気にするなという言葉だけ」

 「……ただ聞くのではなく“交渉”すれば教えてくれる可能性が」

 「そのためのお金を新入りが払うならいいが」

 「それは……」


 いったいどれだけのお金が必要になるのか。

 あまり無駄遣いできないため、気にはなるものの諦めるしかない。


 「まあいいさ。どうせ長い間ここにいることになる。お金がないのなら稼いでこい」

 「どうやって?」

 「一般的には、各種作業をすることでちっぽけながらもお金を貰うことができる。あとは外部からの仕送りも一応は収入に数えられるか? あとはやっぱり……賭博とか」

 「やりませんよ。巻き上げられるかもしれない」

 「ふん、そう言うと思った。まあ、気が変わったら来ればいい」


 その日に予定された作業が終われば、入浴の時間となる。

 ただし、これは地下空間の拡張に参加した者に限られ、それ以外の作業をしていた者は体を洗うことができない。

 土に汚れた囚人たちと共にメリアは広い浴場へと向かうが、監視が数人ほどいるため、浴場は以外と静かな状態となっていた。


 「新入りさん、隣は空いてる?」

 「…………」

 「そんな嫌そうな顔しないで。私はアイシャ。昨日は自己紹介できなかったし、今のうちにゆっくりお話でも」

 「周囲に監視がいるので、あまり変な話はできませんよ」


 浴場で何かあっては困るのか、監視の者たちはゆっくりと巡回している。

 その理由の一つとしては、アイシャのように同性を襲う者がいないか見て回っているのだろう。

 それなら夜もしっかり監視しておけよという言葉が浮かんだものの、口にしてもろくなことにならないためメリアは我慢した。


 「安心して。するのはちょっとした世間話だから」

 「そうですか。それならいいんですが」

 「なんだか言葉に棘がある」

 「夜、勝手に入ってきてあんなことしたのはどこの誰ですか? うん?」

 「えー、とりあえず気を取り直して……タルタロスというところをどう思う?」

 「……犯罪者を収監する意味がわからない場所」


 メリアが正直に言うと、アイシャは何度か軽く頷いた。


 「なるほどね」

 「犯罪者の更生は見込めず、かといって厳罰を与えるためでもない。極寒の惑星というのは、閉じ込める分には便利とはいえ」

 「そうねえ。犯罪者の扱いが微妙なのよねえ。でもそれに理由があるとしたら?」

 「……理由?」

 「そう。普通の刑務所みたいな対応をしない理由。ま、ここでは続きを言えないけど。夕食のあと、自由時間になったら会いに来て」

 「どうして、わざわざそんなことを私に?」


 他にも囚人は大勢いる。

 なのになぜ、入ってきたばかりの自分にそんなことを話すのか。

 そんなメリアの疑問に対して、アイシャはお湯に深く体を沈めると小声で言う。


 「あなたが、使い物になる人間であるから。生身の強さに、作業用機械を動かす腕前とか」

 「…………」

 「うふふ、長くいると色々知ってしまうの。それを教えてあげるんだから、すべてはそのあと決めればいい」


 そう言うとアイシャは立ち上がって浴場を出ていく。

 数分後、メリアも出て汚れていない衣服に着替えるのだが、その時周囲の視線に気づく。


 「……あの人、あの二人に見込まれてるって」

 「……変なことに巻き込まれるかも。近づかない方がいいわ」


 耳をすませば、ひそひそと話している内容を聞き取ることができる。

 それは明らかに厄介者としての扱いであり、ロシュとアイシャの二人は、このエリアにおける囚人たちの中でも有力な者であるのだろう。


 「やれやれだ。こんなところ、早く出ていきたいもんだね」


 ぼやきながらも、夕食のため次は食堂へと向かう。

 メニューはあらかじめ決められており、ただ受け取るだけ。

 栄養バランスを考えた料理の数々は、極寒の惑星における数少ない娯楽の一つと言えた。


 「……食事は手抜きじゃない。その点はまともか」


 刑務所の食事というのは基本的に、その星系にある有人惑星の方針によって、きちんとしているか手抜きかどうかが決まる。

 手抜きなところでは、栄養だけは基準を満たした味気ない食事になる可能性が高い。

 具体的には、メリアが半額で買ったチューブ入りのペーストなどがわかりやすい。

 そして何事もなく食事を済ませたあと、メリアはアイシャのところへ歩くと、あちらもちょうど食事を終えたのか、人目につかない別室で話すことが決まる。

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