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93話 囚人からのちょっかい

 タルタロスで過ごす囚人は、一般的な刑務所に入れられる者と比べれば自由があった。

 なんと酒や賭博が許されており、自由時間の最中はそこそこ騒がしい。

 そのためレクリエーションルームを歩いていたメリアは巻き込まれてしまう。


 「おい新入り、相手が足りないから来い。賭けるものはあるだろ?」

 「……参加しないと駄目ですか?」


 勝てば目立つし、負ければ少しとはいえ物を失う。

 そもそも最初から参加しないのが一番なので断ろうとするも、声をかけてきた女性は面倒そうに手招きをするだけ。

 大声で呼ばないのは、無駄な注目を避けるためであることを理解したメリアは、無言で近づく。


 「チェスだ。ルールは知ってるだろう?」

 「それなりには」

 「まずは一回やってみる。細かい話はそのあとだ」


 正直なところ、ルールを知っているだけなので実力自体はからっきし。

 そんなメリアであったが、目の前にいる女性との対戦は余裕を持った勝利に終わる。


 「ちっ、ここじゃ集中できない。人の目が届かないとこに行くぞ」

 「わかりました」


 どこかわざとらしい言葉からして、チェスは声をかける理由でしかない様子。

 人の目があるせいでチェスに負けたという言葉は、二人きりで狭い部屋に入る理由としてはそれなりに使える。

 レクリエーションルームの近くには、最低限の机と椅子があるだけの個室がいくつか存在した。

 チェスのセットを机に置いて、扉を閉めたあと、囚人の女性は軽く息を吐いてから粗野な感じを隠そうともせずに椅子に座る。


 「続きを始める前に聞きたいことがある。何をやってここに来た?」

 「人を殺して、ここに」

 「何人やった」

 「一人だけ」


 メリアが演技を崩さずにそう答えると、囚人の女性はチェスの駒を持って手の中で適当に弄ぶ。


 「それでこんな極寒の惑星にねえ? まあそういうこともあるだろうさ。ただ、あんたは何人も殺してきたような臭いがする」

 「そういうあなたこそ、どうなんですか? どうしてここに?」

 「……人を殺した。帝国の貴族を。おかげで五十年ここで過ごすことになった。今は十年が過ぎた」

 「私は五年です」

 「はっ。羨ましいね。殺した相手が貴族じゃないってのは。……名前は? あたしはロシュ」

 「メリアと言います」


 ロシュと名乗った女性は、一目見るだけで粗野な人物であることがわかる。

 それこそ、海賊として過ごしてきたメリア以上に荒々しく、机に足を乗せたりするほど。

 そんな姿を見て、少しばかり今までの自分を振り返るメリアだった。


 「新入り。あんたに言っておくことがある。今のところ周囲はおとなしいが、しばらくすると騒がしくなる。なにせ、ここに送られるのは凶悪犯ばかり。……もし揉め事が起きたとしても、殺すような事態まではいかないでくれよ?」

 「その言い方からすると、私が殺される心配ではなく、私が誰かを殺す心配をしているように聞こえます」

 「……あたしは元兵士だ。それなりに大勢を率いる立場の。おかげで給料はよかったから、老化抑制技術に大金を注ぎ込んで若い見た目を維持してる」

 「おいくつですか」

 「誰が言うか。で、そんな経験豊富なあたしからすると、あんたはとにかく物騒だ。ここにいる囚人程度、素手で殺せると思えるくらいには」


 それは、いくらかの警告が含まれていた。

 一つのエリアにいる人数は限られており、もし喧嘩などで死者が出れば、すぐに刑務官を中心とした調査が行われる。

 そんな事態を引き起こさないよう、わざわざ言ってくれているわけだ。


 「つまり、死なないなら多少の荒事は許容されると」

 「綺麗な顔して物騒なことを言う。まあ、その様子なら心配はないか。それじゃあね」


 ロシュという女性は、チェスのセットを持って外へ出ていく。

 どうしてわざわざ警告してきたのか。

 その謎は、夜になって理解することになった。


 カチャカチャカチャカチャ


 囚人が過ごす個室の扉には鍵がかかっているが、中にいる者は自由に開閉することができる。

 普通ではない対応だが、タルタロスの地表は雪と氷ばかりの厳しい環境なため、囚人たちは常に地下にいるしかない。

 監視の手間を省く意味合いもあって、地下における囚人の待遇はだいぶ甘いものとなっていた。


 「……こんな夜に、誰だ?」


 しかし、その甘さは管理が行き届かないことを意味している。

 夜になって大勢が寝静まった頃、鍵を解錠しようとする音に顔をしかめるメリアは、毛布の中に入ったまま様子をうかがう。

 解錠されて扉がゆっくりと開き、女性が中に入ってくる。

 音を立てないよう静かに扉を閉めると、ベッドの方へと近づいてきた。

 その瞬間、メリアは一気に起き上がると、謎の女性を毛布越しに押さえつけた。


 「うっ、ぐっ……」

 「勝手に人の部屋に入る理由は?」

 「いきなりこんなことするなんて、乱暴なのね」

 「こちらの質問に答えるように。怪我しないよう、毛布を使ったんだから」

 「ちょっと新入りさんを味見しようとしただけ」

 「……どういう意味なのか説明を」

 「もう、言わなくてもわかってるくせに」


 押さえつけられているというのに、声には甘いものが混じっていた。

 それは明らかに、性的な行為を求めてのものであることが理解できたが、メリアは舌打ちしたあとため息をつく。


 「いつもこんなことを?」

 「ええ。新しく人が入ってきたら、毎回してる。まあ、相手してくれる人はほんの少しなんだけど。他のエリアでは、盛大に乱れてるところもあるらしいわ」

 「……このエリアが成功率が低いところでよかったよ。いや本当に」

 「あらあら、やっぱり外の世界でも迫られることがあったりする? 新入りさんは綺麗だからね」

 「…………」

 「沈黙は肯定ということにするから。それと、そろそろ離してくれない? ちょっと体が痛くなってきたの。誘いを拒否されたから、何もしないことを約束するわ」


 メリアは警戒混じりに、目の前にいる女性を解放する。


 「さてと、夜の営みは拒否されたから、少しお話しましょ」

 「帰れ」

 「まあまあ、そう言わずに。ちょっと面白いことを教えてあげるから」

 「……面白いことって?」

 「このタルタロスってところは、男女別々に分けられてる。子どもとか生まれちゃったら大変だから。でもね、同性同士でも気持ちよくなれるの」

 「…………」

 「視線が冷たいわ。まあ、女性に関しては置いといて。男性だけのところとか、凄いところは凄いのよ? だって、棒があるでしょ? ちなみに穴もあるわけだけど。あ、男女両方持ってる穴ね」


 堂々と恥ずかしげもなく性的なあれこれを語る女性に、メリアは頭が痛そうな様子となる。

 見知った相手とそういう話をするのですら多少は拒否感があるのに、それが見知らぬ相手ともなればなおさら。

 どうやって黙らせるか思考していると、女性は笑みを浮かべる。


 「見知らぬ相手は嫌。となると、見知った相手になるために、次の作業では一緒の班になるべきじゃない?」

 「全力でお断りする」

 「あら、残念。どうやら、新入りさんには私よりも先にお相手がいるみたい」


 そのまま部屋を出るかと思われたその時、一度振り返る。


 「ちなみにだけど、私は貴族の息子や娘を相手に、いかがわしいことをし過ぎたせいでここに送られたの。ひどいと思わない?」

 「全然。ここが厳しいところならともかく、生温いところだから」

 「ふふふ、ここはここで大変だけどね」


 意味深なことを言い残し、今度こそ部屋から出ていった。

 メリアは一人だけになったあと、軽く息を吐いてから考える。

 このタルタロスに入ってから、まだ一週間も経っていない。

 期間が長くなればなるほど、厄介なことが待ち受けているのかと思うと、どうしても表情は険しいものとなってしまう。


 「……せめて連絡ができれば」


 ファーナかルニウと連絡ができれば、どれだけ楽なことか。

 そう思わずにはいられない。

 ただ過ごすだけなら大丈夫だとしても、精神的にきつい部分がある。

 結局のところ、監獄惑星と言われるだけのことはあるのだ。

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