91話 監獄惑星
惑星タルタロス。
それはセレスティア帝国にのみ存在する、住民の大半が犯罪者という星。
地表は定期的に吹雪が発生する極寒の環境であり、寒さから逃れるため、惑星の地下に人々の暮らす居住区画が存在する。
「ようこそ、巨大な監獄へ。メリア・モンターニュさん」
「……………」
「あら、ここに送られる者にしてはおとなしいのね」
武装した警備員の女性に付き添われる形で、エレベーターで地下深くへと降りていく囚人服姿のメリア。
少し周囲を見てみると、意外にも監視カメラの類いは見当たらない。
「ああ、そうそう。監視カメラのない場所がいくつか存在するから、何か“交渉”したい時はそこで」
「……お金と引き換えに?」
「よーくわかってるじゃないの。このタルタロスから逃げるなんてことはできないからね。その代わり、多少のことは黙認してもらえる」
ちょっとした会話のあと、エレベーターが止まるのでそのまま外へ。
最初に目にするのは、金属と石材で構成された広い通路、そして隣り合わせになっているいくつもの扉。
歩いていくと、扉越しに囚人から声がかけられる。
「若い新入りさんだあ。あなたは何をやってここに送られた? わたしはねえ、恋人に浮気されたから殺して心臓食べちゃった。生でね。いひひひ」
「綺麗だし、時間があったら私のところに来ない? 色々と教えてあげられるわ。ベッドの上で、だけど」
「新入り、問題起こすんじゃねーぞ。こいつらの声に耳を傾けるな」
投げかけられる女性たちの声に、メリアはあえて無言のままでいたが、少しばかり苛立っていた。
それを見た警備員の女性は小声で呟く。
「今のうちに言っておくけど、監視カメラがある場所で喧嘩とかをした場合、罰則がある」
「しませんよ」
「揉め事を避けたい場合は、あまり部屋から出ないこと。まあ、結局はどう立ち回るかでしかないから、余計な仕事が増えないことを願ってる。このタルタロスにいるのは、囚人以外ほとんどが民間の雇わればかりで、国から送られる人はごくわずか」
「あなたは民間の雇われた者である、と」
「こんなところで働きたい人っあまりいないし。寒くて、面倒な囚人がいて、自由は少ない」
やがてメリアに割り当てられた部屋へと到着する。
そこは狭い個室であり、身体を洗う以外は中で済ませることができる。
「それじゃ、次どうするかについては別の人が来るから、その時になるまでここについて書かれたパンフレットを読むといいわ」
警備員は去り、扉の鍵が閉まる、
メリアは一人になったあと部屋の中を調べてみるが、監視カメラの類いはない。
暖房器具はなく、ベッドの上に毛布がいくつかあるだけ。
幸いどれも大きめなので、複数重ねてしまえば寒さはどうにでもなる。
「することもないし、読むか」
パンフレットとやらには、タルタロスについての大まかな内容が書かれていた。
惑星全体が雪と氷に覆われており、様々な設備は地下に建造されている。
囚人たちについては男女別に分けられており、一つのエリアごとに千人前後が集められ、各種作業に従事している。
このようなエリアが惑星全土に大量に存在し、基本的にはそれぞれ独立しているが、地下同士を繋ぐ鉄道網が整備されているため、宇宙港から届いた物資についてはきっちりと配分がなされている。
「……どうなることやら」
これからしばらくの間、氷の下の牢獄で過ごすことになる。
既にファーナたちが動いているとはいえ、なんらかの成果が出るまで早くても数ヶ月はかかるだろう。遅ければ年単位もあり得る。
軽いため息は出るものの、こうなってはどうしようもない。
最初の数日は、施設の案内を兼ねた修繕作業をすることに。
「新入りさんか。すぐ死なないようにね。補充はすぐだけど、教えるのって面倒だから」
「ええっ? いきなり凄いことを言いますね」
メリアは素の自分を隠し、ややわざとらしく驚いてみせると、一緒に作業することになった女性はあくび混じりに答える。
「私はここ長いから知ってるけどさ、テラフォーミングってやつのために囚人はいる」
「テラフォーミング……」
「昔は、宇宙にあるコロニーみたいに色々と制限があったみたい。でも今は、いくらか昔より進んでるみたいで、寒い以外は普通の惑星みたいな感じになってる。あ、そこのダクトが少し歪んでるから交換するよ」
修繕自体は、できる限り簡単に済むようモジュール式となっており、あらかじめ用意されている新品の物と交換するだけで済む。
メリアは宇宙船の修理で慣れているため、ダクトの部分的な交換程度なら教えてもらわなくてもできるが、ここは相手を立てるために教わる態度を維持する。
「モジュール式なのは楽ですね」
「だから、囚人である私たちに任されてるわけ。元々ちゃんとした業者とかに任せるべきところなのに。まあ、上手くいってるうちは改善されない。上手くいかなくなったら、私たちが死ぬだけ。あーあ、やだねえ」
文句がありつつも、修繕作業自体は何事もなく終わる。
本来なら、まだ他にも行う部分はあるとのことだが、危険なので新入りには任せられないという。
午前と午後に分けて修繕作業を行う日々が続いたあと、メリアは刑務官に呼び出される。
囚人は男女別に分けられており、余計な問題を減らすためか、このエリアの刑務官は女性だった。
「さて、何のために呼び出されたのか、わかりますか?」
「いえ、わかりません」
「察しが悪い者はこれだから困ります」
刑務官である女性は、囚人であるメリアに対して大きい態度でいた。
少し周囲の様子を見れば、今いる部屋には監視カメラがなく、目の前にいるのは刑務官だけで、しかもわずかな武装のみ。
メリアがやろうと思えば、ぼこぼこに痛めつけてしまえるわけだが、それをしたところであまり意味はない。
「ここ数日のあなたの様子を見る限り、これといった問題を起こさないでいたので、耳寄りな情報を教えます。……もし望むのであれば、元貴族の集まるエリアに移送してあげる用意があります」
「それと引き換えに、何を提供することになるのでしょうか?」
メリアが元貴族であるという情報を入手しているということは、目の前にいる刑務官の女性はそれなりの立場ということになる。
やや警戒混じりに尋ねると、返ってきたのは苦渋に満ちた表情だった。
「メリア・モンターニュ。あなたは自分がまったくもって厄介な存在であることを自覚していますか?」
「……多少は」
「皇帝陛下に直接お会いしただけでなく、家の再興も行われることになった。そんな人物が、こんなところに送り込まれる。対応することになる私の苦労は、いったいどれほどのものであることか!」
話していくうちに言葉には感情が乗っていき、最後には叫ぶような勢いとなる。
「ああ、いけない。興奮してしまいました。とにかく、ここよりも安全で楽なエリアに移りたい場合は、私に何か価値ある物を渡してくだされば移してあげます」
「そう言わずとも、いっそこのまま移すというのは?」
「……実のところ、囚人からどんな要望があって何を受け取ったのかというのは、上の方に把握されています。なので無償ではできません。民間の警備員などは交渉などと呼んでいるようですが」
わかりやすい監視カメラ以外に、小型のカメラというものは存在し、それによって様々な部分が把握されているとのこと。
さすがにここや普段過ごす部屋には何もないが、通路などでは見られていることを自覚するようにとの説明があった。
「このタルタロスで過ごすにあたり、囚人は立場が低く、使い捨てられる者もいます。私の管轄において、あなたが亡くなるような事態は起こらないでほしいと思っています。いいですね?」
「もし何かあれば、責任を追及されるからですか」
「ええ。あなたのように、取り扱いに注意しないといけない人物がいるのは頭が痛い」
刑務官の女性はため息をついたが、それを見てメリアは提案する。
「それならば、私がここを早く出るのを手伝っていただくことは可能ですか?」
「ふん、そうきましたか。ですが、それはできません。そもそも、早く出るためにはお金が必要なのであり、私の立場では手伝えることはありません」
「そうですか。これはとんだ失礼を」
「先程の発言は聞かなかったことにします。もう出ていきなさい」
これといった収穫はないものの、刑務官がどのように思っているかを知ることはできた。
氷に覆われたこの惑星において、なかなかに厄介な立場であることを知ったメリアは、部屋に戻ったあとベッドに横になる。
「過ごす分には問題ない。あとはファーナたちがどう動くか」
自分だけではどうにもならず、今のところは待つしかない。
そのことに歯痒さはあるが、焦ってもいいことはないため、ひとまず目を閉じる。




