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89話 茶番の終わり

 「申し上げたいことがございます」


 ざわめきの中でもはっきり聞こえるほど大きな声が響くと、若い男性が皇帝の前に進み出る。


 「あれは誰だったかな?」

 「……彼はギジェ・ド・レーニンゲ公爵であります。皇帝陛下」

 「ああ、思い出した」


 皇帝は首をかしげ、近くにいる貴族に尋ねると、小声で答えが返ってくるため納得がいった様子で頷いた。

 貴族というのは多く、これに代替わりも合わさるため、すべてを覚えることは難しい。


 「いやはや、こんなに大勢の視線がある中で出てくるとは。どんな異論があるのか申してみよ」

 「モンターニュ家の再興。それ自体は素晴らしいことだと思います。ですが、殺人の罪は償うべきであるかと」

 「ほう? 続きを」

 「セレスティア帝国において、我々貴族という存在は規範とならねばいけません。平民の命の価値は貴族よりも低いものですが、安易に奪っていいものではありません」


 貴族と平民、その価値には大きな違いがある。

 間近で聞くことになったメリアは、なんともいえない表情のまま静かにしていた。

 結局のところ、皇帝の茶番に付き合うしかないからだ。


 「ゆえに、彼女に相応しい場所として、監獄となっている惑星へ送り込むのはいかがでしょうか?」

 「それはまた思い切った考えであるが、長く収監していては家の再興どころではないと思えるな」

 「平民の命を奪ったのでまずは五年。反省の意思を示すためにお金を用意できるならもっと短く。この辺りが妥当なところであるかと」

 「ふむ。まあ、その意見を取り入れてみようか。他には何かあるか?」

 「そこにいる彼女が罪を償ったあと、帝国貴族の一員となることを待ち望んでいます」


 レーニンゲ公爵は心からそう思って発言していたが、メリアからすれば馬鹿馬鹿しいの一言しか出てこない。

 やがて、見世物としての役割が済んだからか、大広間から退出するよう皇帝から指示を受ける。

 兵士と共に大広間から出ていくメリアだが、その顔にはどこか険しいものが残っていた。


 「さて、このあとは指示があるまで待機だが……色んな視線があっただろう?」

 「ええ。触れられていないのに気持ち悪くなるほど」


 別室に到着したあと、兵士との会話が始まるが、その内容は視線に関するものだった。

 メリアは美しく、さらに物騒でもある。

 それゆえにか、男女問わず粘りつくような視線を向けられていた。

 色々な意味で欲しい、しかし手を出せない。

 見るだけで我慢するしかないが、もしも彼女を手に入れることができたら……。

 そんな情念に満ちた視線は、気分を悪くするには十分過ぎるものがある。


 「俺たち兵士は楽なもんだよ。ボディアーマーやヘルメットで個人というものを隠せるから。まあ、それよりも、監獄惑星行きってのは同情するしかない」

 「監獄惑星……どのような場所なのか教えてもらえますか?」

 「詳しくは知らない。惑星丸ごと一つを犯罪者の収監のために使ってる、やばいところってぐらいだ。ちなみに共和国とか星間連合にはないから、宇宙で一つだけの場所だぞ」


 軽く情報を仕入れつつしばらく待つと、護衛の近衛兵と共に皇帝がやって来る。


 「諸君、ご苦労だった。もう元の仕事に戻っていい」

 「はい。それでは失礼します」


 兵士たちは去っていき、その次は近衛兵までも一度外に出してしまう皇帝だった。

 これで部屋は二人きりとなり、何か話しても誰かに聞かれる心配はない。

 盗み聞きしようとする者は、部屋の外に出している近衛兵が対処するからだ。


 「さて、時間はあまりないので手短に。君にはこのあとタルタロスという惑星に行ってもらう」

 「五年ほど収監されるとなると、皇帝陛下のお手伝いはできませんね」

 「なに、それについてはお金を用意できれば短くできる。本来、刑期が決まったあとでは無理なのだが、貴族のために法の抜け道というのはそれなりに用意されている」

 「喜ぶべきやら、悲しむべきやら」


 帝国において法律を作るのは貴族である。

 有力なところから弱小なところを合わせて数億ほどいるため、法律関係を貴族だけで占めることができていた。


 「直面する出来事次第で変わるだろう。つまり君としては喜ぶべき場面だ」

 「……それで、監獄惑星で注意すべきことなどは?」

 「わざわざ惑星一つを監獄としているわけであるから、凶悪犯ばかりと言える。看守の目が届かない場所では、何があってもおかしくはない」

 「監獄の中であっても命の危険はある、と」

 「つまるところ、ゴミを分別するのは面倒だから、巨大なゴミ捨て場にまとめてぶちこんでいるわけだ」

 「皇帝ともあろうお方だけあって、よくご存知で」

 「私の息子や娘を送ったことがあるのでな」

 「…………」


 まさかの言葉に、メリアは白い目を向ける。


 「そんな目で見るな。この地位を得ようと無謀な行動に出た間抜けがいてな、その者たちの頭を冷やすために送っただけだ。反省した者は既に出ている」

 「それはまた……お優しい」


 皮肉混じりにメリアは言うと、皇帝は肩をすくめてから端末を取り出した。


 「余計な話で時間が取られた。これを使って仲間に連絡を取れ。記録には残らないよう細工はしてある。なので利用できる時間は十秒未満であるため、すぐに済ませるように」

 「短い時間とはいえ、一度連絡ができるのはありがたいことです」


 メリアは端末を受け取ったあと、ファーナのいるアルケミアへと連絡を取ろうとする。

 ただ、距離があるせいか出てくるまで時間がかかった。


 「こちら、なんでも屋アルケミア」

 「ファーナ、時間がない。あたしはタルタロスという惑星に向かう。出るためのお金を用意しろ」


 言うだけ言うと、一方的に切る。

 そのあと端末は発熱して煙を出していき、慌てて遠くへ投げ捨てると小さな爆発を起こして砕け散った。


 「うっ、なんて物騒な代物を」

 「だから意味がある。さて、君が監獄惑星から出てくるのを待っている。オリジナルの復活のこともあるし、できる限り早い方がいいが」


 皇帝は近衛兵を呼び出したあと、どこかへと去っていく。

 一人残されたメリアは、空いている席に座ってため息をついた。


 「はぁ……余計な回り道をすることになるとはね。あのレーニンゲという公爵、何を企んでるのやら」


 いったいどういう意図があって、監獄惑星に送り込むつもりであるのか?

 罪を償うためにしては、ずいぶんと甘い。

 平民に関しての言葉は、建前でしかないように思える。

 そこで一つの考えが浮かぶ。

 わざわざお金を用意するように仕向けているところからして、こちらのお金の流れなどを調べるつもりであるという可能性に。


 「早く出たければ、急いで大金を動かす必要はある。そうなれば、とても調べやすい」


 そこまで考えたあと、メリアはわずかに顔をしかめる。

 さっき、お金の動きについても話しておくべきだったという後悔が浮かんできたからだ。

 だが、もはやどうしようもない。

 星系間における通信というのは手段が限られており、今のメリアでは再び連絡を行うことはできない。


 「若くても公爵となれば、非常に油断ならないか」


 やがて、大型船から移送用の小型船へと移されることになり、メリアは狭い船室の中で横になる。

 物事は進み続けているが、自分ではどうしようもない部分が増えてきた。

 ファーナやルニウの動きに期待するしかない状況に、もう一度ため息が出てしまうメリアだった。

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