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88話 見世物として

 「出ろ」

 「どこへ向かうのですか?」

 「お偉いさんたちの前だ」


 メリアが留置場で数日ほど過ごしていると、数人の兵士が現れ、外に出るよう促してくる。

 そのまま宇宙港から大型船の中へと向かうのだが、同行している兵士の一人が声をかけた。


 「お前、いったい何をやらかした?」

 「おっしゃる意味がわかりません」

 「たった一人殺した程度で、皇帝陛下がわざわざやって来るとか普通じゃない」

 「皇帝陛下の気紛れは、いつものことではありませんか?」

 「……まあ、そうなんだが」

 「こら、そこ。余計なお喋りはやめろ。貴族の方々の前に出るのだぞ」


 注意を受けて口を閉じると、宇宙港と大型船のドッキングにより生まれた連絡通路の中は、数人の足音だけしか聞こえなくなる。

 しかし、静かな時間はあっという間に終わってしまう。

 大型船の内部には、数階分の空間を利用した大広間が存在している。

 なんとも贅沢な空間の使い方だが、それはとある目的のためでもあった。

 具体的には、見世物を楽しむための空間であるわけだ。


 「それでは次に、水の惑星であるドゥールから運ばれてきた巨大な生物をお見せしましょう!」


 司会らしき者が合図を出すと、巨大な水槽が運び込まれる。

 それは小型の宇宙船くらいはありそうな魚らしき生物。

 大広間に集まった貴族たちは、水槽の中を緩やかに動く巨体を前にして思い思いの反応をしていたが、それほど注目してはいない。

 珍しい生物など、所詮は前座でしかないことを理解しているのだ。

 本命は、とある殺人事件。

 たかが平民が殺された程度で、わざわざ皇帝がやって来るのはなぜであるのか?

 それは、ただの野次馬から真剣に考える者まで、様々な者を集めるに至った。


 「あんた、メリアって名前だったか。覚悟しろよ。貴族ってのは厄介な存在だからよ」

 「理解していますとも。ええ」


 大広間からやや離れた一室。

 そこでは出番が訪れるまで待つメリアたちの姿があったが、同行している兵士は退屈なのか再び声をかけてきた。

 それを咎めるような視線はあるものの、美しく怪しい女性について気になっているのか、先程注意した者ですら黙ったままでいる始末。


 「見世物で終わるか、もっとひどいことになるか。……一応聞いとくが、本当に元貴族なんだよな?」

 「ええ」


 養子としてではあるが、確かに貴族ではあった。

 モンターニュ家は子がおらず、それゆえにメリアは十五歳になるまで自らの生まれについて疑うことがなかった。


 「どうして復讐なんかした? なんだかんだ、今まで上手くやってきたんだろ?」

 「そうする必要があったまで」


 きっぱりと言い切る。

 ただし、そうする必要があるという言葉には、別の意味もあった。

 それは皇帝が影響している。

 帝国における特権階級の最上位に位置する人物。

 そんな皇帝が、力を借りたいと言ってきた。

 形としてはお願いであるが、実質的には強制である。

 あの時、あの場所において、断るなどという選択肢は存在しなかった。

 もし断っていたなら、受け入れるまで監禁されるか、あるいはいっそすべてなかったことにするために消されるか。

 自分の身の安全を確保するなら、しばらくは皇帝に付き従うしかないわけだ。


 「そんなに、良い両親だったか?」

 「その言葉からすると、あなたは両親との関係が上手くいっていない様子」

 「ふん、色々あるのさ。家族ってのは」

 「私を育てた二人は、良い部類ではあったと思いますよ」


 良いか悪いかだけなら、メリアを引き取ったモンターニュ家は良い部類の親ではあった。

 だが、結局はお金のために引き取ったのであり、十五歳になって処分されるという時に助けてはくれなかった。

 それを思い出したメリアは、わずかながら顔をしかめる。


 「どうやら、素晴らしい親ではないようだな」

 「まあ、色々あるので」

 「そこの二人。そろそろ静かに。皇帝陛下の前に出る時間だ」


 予定の時間となったからか、話はこれで中断することに。

 そしてメリアは、兵士に付き添われながら手枷をしたまま大広間へと移動する。

 その瞬間、大勢の視線が一気に集まる。

 長い茶色の髪と、茶色の目をした一人の女性に。

 ざわめきは消え去り、一時的にだが完全な静寂が辺りを包み込む。


 「こちらへ」


 最初に静寂を破ったのは、数人の近衛兵に守られながら座っている皇帝本人。

 近くのテーブルには料理が乗っていることから、食事をしながら見世物を楽しんでいたようだった。

 そして新たな見世物となったメリアは、周囲からの突き刺さるほどの視線に苛立ちながらも皇帝の前まで向かい、ひざまずくように促されるのでその通りにした。


 「報告は既に受けている。モンターニュ家の生き残りだそうだな?」

 「はい」

 「しかし、幼少の頃亡くなったと聞いているが。当時のモンターニュ伯がそのように発表した。そうだろう?」


 皇帝は近くにいた貴族に声をかけると、声をかけられた貴族は同意するように何度も頷いた。


 「は、はい、その通りでございます。当時の発表では、病院で検査を行うため付き添いの者と一緒に宇宙船で送り出したものの、その船が宇宙海賊に襲撃されてしまい亡くなった、と」


 ややうわずった声で話す貴族の様子は、早くここから離れたいというものが見え隠れしていた。

 皇帝にお近づきになったはいいが、大勢の貴族からの視線はあまりにも苦痛であるらしく、なんとか耐えているといった有り様。


 「貴族を騙るのは大罪だ。ゆえに自ら訪れた次第であるが……俗なことを言うと、美しい人物であるという報告を耳にしたのも理由だ」


 皇帝がそう発言すると、静寂に満ちた大広間は少しずつ話し声が増えていく。

 気を抜いた者が話していくからであるが、それは静寂が続く状況をよしとしない皇帝の意思もあるのだろう。


 「……ったく、茶番はどれだけ続くのやら」


 呆れ混じりにメリアは小さな声で呟くが、周囲のざわめきにより、呟きが誰かに聞かれることはなかった。


 「正直なところ、モンターニュという家のことは今になって知った。皇帝である私の耳に入らない程度の家だったのだろうが、親の仇を討つというのは素晴らしい」


 そう話す皇帝のことを、一部の貴族は複雑そうな目で見ていた。

 彼は、実の親を排除して今の地位に座っているわけだが、この場でそれを指摘するような命知らずはさすがにいない。


 「そうは言いますが、そもそもそういう状況にならないようにするのが一番良いとは思います」

 「ほう? 皇帝である私が褒めているというのに、水を差すとはいけないものだ。だが許す。貴族ではない暮らしをしながらも、貴族の親のために動いたことに免じて」

 「寛大なお言葉、身に余る光栄です」


 いくらか話したあと、皇帝は立ち上がると周囲を見渡す。


 「さて、ここで一つ提案だが、モンターニュ家を再興するというのはどうだろうか? 土地のない伯爵ではあるが。異論のある者」


 ざわめきはだいぶ減るが、なくならない。

 貴族の家の再興自体はそこまで珍しくはないが、今回のように大勢集まる中で独自に決められるのはさすがに珍しい。

 このまま異論が出ないかと思われたその時、手をあげる者がいた。

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