86話 少し困ったこと
メリアが旅行客向けの民間船に乗っている頃、一人残されたルニウは、巨大なアルケミアのブリッジにおいて腕を組んで唸っていた。
メルヴ星系に滞在し、なんでも屋としての仕事を細々とこなしているが、そろそろ心配になってきたからだ。
「うーん……ファーナ、居場所とかは」
「不明なままです。向こうでハッキングできる船がなかったので、どの星系に行ったのかわかりません」
「あー、もー、どうしよう! 当てがないのにどう探せっての!」
広大な宇宙、連絡のつかない相手を探すのは非常に難しい。
人を雇って宇宙港を探させる程度ならまだしも、惑星の地表までもとなると、とてもではないが手が足りない。
叫ぶルニウだったが、叫んだところでどうしようもないため、今日もなんでも屋としての仕事をこなそうとする。
「はぁ、仕方ない、お仕事お仕事。だけど一人だけじゃ、できる仕事にも限りがあるのがねー」
「愚痴を言いたくなる気持ちは理解できますが、これも会社のため……待ってください、通信が来てます」
「メリアさんから?」
「いえ、これは、セフィを預けているアクルという学園からです」
「えぇっ!?」
予想外なところからの連絡に思わず驚くルニウだったが、すぐに表情を戻す。
「入学から一ヶ月も経ってないのにわざわざ連絡って、何か事件でも起きて巻き込まれた……?」
「どうします? メリア様はいませんが」
「無視するのもよくないし、メリアさんは遠くで仕事してるってことで、今回は私が出る」
「では映像通信を繋ぎます」
同じ星系なら映像通信は問題なくできるため、すぐさまブリッジのスクリーンに人が表示される。
学園の教師らしき女性が、やや困ったような様子で椅子に座っていた。
「私はアクルという学園コロニーの高等部で教師をしているライラ・カリムです。その、失礼ですが、メリア・モンターニュさんはいらっしゃいますか?」
「申し訳ありません。社長は今、別の星系で仕事をしている最中でして。私はルニウ・フォルネカという社員で、社長不在の間はセフィのことを任されています。……何か問題が起きましたか?」
ルニウが質問をすると、ライラという教師は、どこか言いにくそうにしつつも話していく。
「少しばかり厄介なことを」
「それはいったい……?」
「セフィ……彼女は他のクラスメイトへ、積極的に抱きつくのです。男女問わず」
まさかの内容にルニウは無言でまばたきをする。
一瞬、言っている意味がわからなかったが、時間と共に理解していき、最終的には自らの顔をぴしゃりと叩いた。
短い付き合いだが、そんなことをするような子には見えなかったからだ。
しかし、自分自身のために犯罪組織を意図的に壊滅させる判断ができる時点で、何をしでかしてもおかしくはない。
「ルニウさん、大丈夫ですか?」
「ええ、はい、少々驚いただけです」
「どうしてそんなことをするのか尋ねたところ、親であるメリアさんと比べて確認したくなったから、ということを口にしていました」
「か、確認、ですか」
いったい何を確認するのやら。
入学からそれほど経っていないため、クラスメイトはセフィのことをよく知らない。
なのに、いきなり抱きつかれたとあっては、今後の関係がどうなるか不安になるルニウだった。
「そういうことをしてはいけないと注意すると、しなくなりましたが。クラス全体を巻き込む行為であり、見過ごすには少々大きな問題なため、こうして連絡をしたわけです」
「そうですか。わざわざすみません。私の方からも言っておきます。セフィと映像通信を行うことは可能でしょうか?」
「もちろん可能です。彼女は既に別室で待機しているため、今交代しますね」
教師と入れ替わるように、特徴的な白い髪をしたセフィが現れる。
制服姿となっており、以前と比べると受ける印象は少しだけ違う。
「怒られてしまいました」
「いやいやいや、何をそんなにあっさりと。いきなりクラスメイトに抱きつくなんて、メリアさんが知ったら怒るよ」
「そうは言っても、気になったものですから」
「何が?」
「抱き心地など」
よくないことをしたとはまったく思っていない様子のセフィに、ルニウは何を言うべきか迷い、自らの水色の髪を弄り始める。
「ええと、だからって普通する?」
「気になったら確かめる。行動こそが大事です」
「そりゃ、行動しないよりは行動した方が大事とは思うけど。というか、メリアさんに抱きついたわけ?」
「はい。普通だったら拒否されそうなので、入学式の時に少々。どうして世の中にいる大勢の人が抱き合うか不明でしたが、まあまあ良かったので多少は理解できました」
「まあまあ良かったって……」
試しにメリアと抱き合ってみたと言ってのけるセフィに、黙って会話を近くで聞いていたファーナはむすっとした表情になる。
だが、それを知ってか知らずか、セフィは話を続けた。
「やっぱり、自分よりも大柄な相手がいいのかもしれません。社長であるお母さんは、クラスメイトよりも背丈が大きいので」
「うーん、その考え方でいくと、私もいけそうな気がする」
ルニウの背丈は、メリアよりもやや小さい程度。
まだ子どもであるセフィにとっては、十分に大きい。
「クラスメイト相手に抱きつくのは注意されたので、どうせならルニウに抱きついてもいいですか?」
「え、それはちょっと……ファーナはどう?」
「ロボットは硬いです。部分的には柔らかいんですが」
いざ自分が対象となると、さすがに尻込みしてしまう。
そんなルニウだったが、少しばかり考え込む。
おそらく、このまま放っておいても問題はないのだろうが、セフィの問題に対してしっかり対処できれば、褒めてもらえる可能性がある。
未だに居場所がわからないメリアのことを考え、ルニウは決心した。
「わかった。私が相手になってあげる」
「そうですか。それでは次の週末に寮へ来てください。確認してみます」
話はまとまり、そのあとセフィは出ていきライラという教師に交代する。
「ライラさん、セフィについてはご安心を。しっかりと話し合いましたので」
「そ、そうですか」
「次の週末に会いたいのですが、特別なこととかありますか?」
「いいえ。少しばかり手続きをしていただければ会えます」
「なるほど。セキュリティとか、しっかりしないと危ないですからね」
「学園コロニーには大勢の生徒がいます。何かがあってはいけません」
そのあとはセフィの授業態度やクラスメイトとの関係などに話が移り、抱きつきの件でややギクシャクしているものの、特に問題がないことを知る。
そして映像通信が切れると、ルニウは軽く息を吐き、目を閉じてまぶたの上から指で揉む。
「あー、週末は予定を空けておかないと」
「拒否できない状況を見定めてからメリア様に抱きつくとか、なかなかに策士といったところでしょうか。むかつきます」
「そもそもファーナはいつもしてるでしょ」
「すぐに引き剥がされます。たまに銃口を向けられたりも」
「それはやり過ぎてる部分があるからだし。というか、私だけメリアさんに抱きついてないことに気づいたんだけど」
ルニウはこれは重要な問題だと言いたそうにするが、ファーナに待ったをかけられる。
またもや通信が来たというのだ。
「待ってください。音声通信が来ています」
「仕事の依頼かな? とりあえず出てみよう」
すぐさま通信が繋がれると、ブリッジ内部に聞き覚えのある声が響く。
「ファーナ、ルニウ、そっちは大丈夫かい?」
「これといった問題ありません」
「まあ、メリアさんが遠くにいるという問題があるんですけどね」
「はいはい、そのうち戻るとも。とはいえ、しばらくは戻れそうにない。今は公共の通信を利用してるから、料金が高くならないうちに切るよ」
通信自体はあっさりと終わる。
一般的なところではあまり語れないのか、何をどうするのか詳しいことを口にはしなかった。
「厄介事に巻き込まれてそう」
「既に巻き込まれています。皇帝が出てきた時点で」
「なら私たちは無事を祈るしかないね」
星系が違うので合流は難しく、メルヴ星系にいる間は、なんでも屋としての活動に専念するしかない。
そうしているうちに週末がやって来るので、ルニウはセフィのところへと向かった。
やや面倒な手続きのあと寮へ到着すると、セフィが出迎える。
「ようこそ。早速ですが確認させてください」
「……いきなりだね。はい、どうぞ」
セフィはルニウへ近づくと、両腕を広げて抱きついた。
そのまま数秒が経過すると感想が呟かれる。
「まあまあ良かったです」
「そう。なんか微妙な表現だけど」
「人によって違いがあります。あとはやっぱり、内心したくないのにするという部分もあった方が、個人的には気分が乗ります」
「うわ、そんな子だったなんて」
「好きにやりたいからこそ、好きにやれない昔の組織を潰したので」
「らしいと言えば、らしいか」
お互い、色んな意味で綺麗な経歴ではない。
セフィが厄介そうな発言をするも、ルニウとしても予想の範囲内であったため軽く流した。




