85話 一芝居を打つ
「さて、そろそろお開きにしよう。怪しげな人物と長く一緒にいると、配下の者が勝手にやって来るかもしれない」
「その前に一つ質問を。誰からの働きかけを受けてリープシャウ伯爵を排除しましたか?」
「……親皇帝派に所属している有力な公爵家だ。これ以上のことは、また別の機会に」
話し合いが終わったあと、皇帝の乗っている船に滞在という名の監禁を強制されるメリアだったが、これは皇帝が仕掛けた計画の一つ。
「失礼します。お食事をお持ちしました。食べ終えたら、扉の近くにある台に乗せていただければ、あとで回収いたします」
船室に閉じ込められ、出歩くことはできなくなる。
一日三回、食事の入った容器を乗せたトレーが運ばれてくるが、食器とトレーの間には毎回とある物が仕込まれていた。
それは文字が書かれた紙。しかし普通の物ではない。
食用できる素材で作られた紙に、可食できるインクで文章が書かれているのだ。
“伯爵家設立のために一芝居打つ。君を引き取っていたモンターニュ家は数年前に消えた。消されたと言った方が正しいが。モンターニュ家を消した者については調べがついている。その人物を君が直接仕留めることで、親の仇を討ったことに感動した私はモンターニュ家の再興を提案するという筋書きだ。これで良いと思えるなら食事をすべて食べてしまえ。思えないなら多少は残せ。別の筋書きにする。なお、読み終えたならこの紙は食べてしまうように”
一通り文章に目を通したあと、メリアは軽く息を吐いてから天井を見る。
「二人とも、死んだのか。まあ、あたしがいなければ遅かれ早かれ、か」
物心ついてから、十五歳までとはいえ親子であった。
手元には写真も何もないため、もはやその顔はおぼろげなものとなっているが、自らがクローンであることを知る以前のメリアにとっては実の親に等しい。
とはいえ、処分されるという時に見捨てられた記憶から、そこまで悲しくはない。
皇帝のクローンに関わったなら、そんなこともあるだろう。
そう考えるだけだった。
しばらく紙を見つめたあと、料理と一緒に紙は食べてしまう。皇帝の筋書きはそう悪いものではないため、食べ残しは出なかった。
「お食事をお持ちしました」
食事は決まった時間に運ばれてくる。
いつも同じ人物が持ってくるので、おそらく皇帝の信用できる配下なのだろう。
文字の書かれた紙が仕込まれているので読んでいくと、前とは違う文章が書かれていた。
“現時点での君の立場は、リープシャウ伯爵と関わりのある怪しげな人物というもの。しかし、取り調べを進めるうちに偶然巻き込まれただけの民間人であることが判明したので、有人惑星の宇宙港へ降ろすという形で降りてもらう。そして次はターゲットとなる者を仕留めてもらうのだが、その際に親の仇であることを周囲に聞こえるように叫べ。そうすることで、噂を聞きつけた私は感動した素振りをし、モンターニュ家を再興する提案を出しても怪しまれずに済む”
読み終えたメリアは紙を食べたあと、腕を組んで考え込む。
「皇帝ともあろう者が、小さい紙にここまでチマチマと文字を書く。それほどまでに、あたしのオリジナルは警戒すべき存在であるわけか」
小さい紙には、これまた小さい文字がびっしりと書かれているが、皇帝自ら手書きでやったのだとしたら、なかなかに大変な作業である。
その様子を軽く想像してメリアはやや苦笑するが、同時にため息も出てくる。
オリジナルがやろうとしてることに比べれば、まだ普通に理解ができるために。
そして思い出す。
かつて戦ったカミラという女性と、彼女が死の間際に口にした言葉を。
「ここで私が死のうとも、必ずやあの方は蘇る……。どれだけ支持者が潜んでるのやら」
あの方というのが、メアリ皇帝であることはほぼ確実。
カミラが乗ろうとした大型空母についても、考えれば考えるほど厄介な限り。
大昔の皇帝を復活させるという、なかなかに荒唐無稽な計画。
それに賛同する者が、帝国のあちこちにいるだろうからだ。
とはいえ、考えていても状況は次に進んでいく。
「メリア・モンターニュ殿、少しよろしいですか?」
「ええ」
数日もすると、取り調べが行われるようになる。
海賊時代に目にした、警察に捕まった同業者がやられたものに比べれば、ずいぶんと温いものであり、いくつかの質問をしただけで取り調べは終わってしまう。
やがて適当な惑星の近くを通る時、連絡船によって皇帝の乗る船から宇宙港へと送り出される。
ちょっとした謝罪の言葉と、少しばかりのお詫びの品と共に。
「リープシャウ伯爵と深い関わりがないのに、強制的に何日も閉じ込めてしまいました。申し訳ありません。こちらはささやかながらも皇帝陛下からの品物となります。どうぞ」
取っ手のついた片手で持てるくらいのケース。
それを渡されて宇宙港にぽつんと置いていかれるわけだが、メリアはすぐさま旅行者向けの安いカプセルホテルで部屋を借りると、中身を見ていく。
「まずは現物のお金。そして身分証に、改造したビームブラスター。これで仕留めろってことか」
海賊御用達の代物であるそれは、やや危ない伝手を使えば一般人でも手に入る。
当然ながら所持するのは犯罪である。
身分証に関しては、偽造したものであると考えるべきだろう。
最後は小型の端末と、充電用のバッテリー、メモリーチップ。
一通り揃っていたので端末を起動してみると、中にはターゲットとなる人物の顔写真や、居場所を記した電子的な地図が入っていた。
驚くことに、位置情報を現在進行形で取得しているのか、地図の方には自分と相手の双方が表示されており、どこをどう進めば出会えるのか誘導してくれている。
「……至れり尽くせりだ。ずいぶんと前から、仕込み自体はされてるようだね」
地図は、帝国全域からそれぞれの星系に惑星ごとと、種類別に分けられている。
今いる場所からターゲットとなる人物のところへ向かうには、ひとまず星系を移動しないといけない。
星系間の移動には、身分証といくらかのお金があれば事足りるとはいえ、一般人が利用できる船ではどうしても時間がかかってしまう。
船の予定は最短で数日、最長で二週間というもの。
長距離を移動するがゆえにそうなっているのだが、メリアとしては少しもどかしい気分になった。
「……ファーナたちへの連絡は、あとで済ませるか」
解放されたので連絡すべきかどうか考えるも、これについては目指している星系に到着してから行うつもりだった。
星系間での通信というのは、距離で料金が変わる。
先程の宇宙港があったところよりは、これから向かうところの方が、ファーナたちのいる星系に近い。
つまり料金が少し安く済む。
「あら、あなたは一人だけで旅行を?」
「そうなんですよ。ちょっと奮発して向かいたいところがありまして」
表向きは旅行者として振る舞う。
そうすることで、皇帝の計画した芝居に対する説得力が増す。
結局のところ、仕留めるというのは通過点でしかない。その次こそが重要である。
「お若いのに、なかなかのやり手のようで羨ましいわ」
「いえ、そこまで大したものではありませんよ。貯蓄を切り崩しただけです。どうしても、行きたいと思ったので」
宇宙船での長距離移動ということで、ネットの類いは使えない。
なので暇を持て余した乗客に話しかけられるメリアだったが、当たり障りのない対応で済ませる。
その最中、強い目的があって向かうということを、それとなく語りつつ。




