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84話 通信越しでは話せない内容

 帝国の皇帝が乗るだけあって、船内には強力な装備に身を包んだ者が待機している。

 エルマーと戦った者はほんの一部でしかなく、小型の戦闘機や装甲車両もあるため、その船は移動する基地と呼べるほど戦力に満ちていた。


 「ずいぶんと厳重な守り。さすがは皇帝陛下が乗る船だ」

 「余計な言葉は控えてください。あなたの立場は不安定なものでありますから」

 「……静かにしとくよ」


 メリアが口を閉じたあと、二十分ほど歩き続けてから、ようやく皇帝のいる部屋の前へと到着する。

 一般的な通路と扉、何の変哲もないように見えるが、見張りらしき存在が立っているのが特徴と言えば特徴だった。

 

 「皇帝陛下が望まれるため、ここから先はあなただけでお進みください」


 まさか誰も来ないという状況に、メリアはわずかに驚いたような表情を浮かべるが、これといった言葉は発しない。

 皇帝が望んでいるのは、邪魔が入らずに会話できる状況。

 いったいどんな話題が出てくるのか、色々と不安しか感じないものの、メリアは一人だけで部屋の中へ入る。


 「ようこそ、とでも言うべきか。まずは適当なところに座るといい」


 そこは限られた空間しか使えない宇宙船の中ながらも、豪勢で広い部屋だった。

 奥に座っている初老の男性こそが、現在のセレスティア帝国の皇帝であるが、それにしてはあまり威厳を感じられない。

 とりあえずメリアが適当な椅子に座ると、皇帝は部屋に備えつけてある冷蔵庫から飲み物を取り出した。


 「何がいい?」

 「お酒以外ならなんでも」

 「はは、宇宙船を操縦してるなら飲酒運転は危険だ。軍や警察の目が届かないような場所を飛んでいるなら特に」

 「わざわざ皇帝陛下が飲み物を用意してくださるとは予想していませんでした」


 グラスが二つ、あとは大きい容器に入ったオレンジジュース。

 これらがメリアのすぐ横にあるテーブルへと置かれる。


 「そういうことはロボットにでもやらせるのが楽だろうとも。レストランのように。しかし、何が仕込まれてるのか不安でね? 録音や録画をする機械があったら困るわけだ」

 「その気持ちはわかります。ところで、これは市販されているジュースですか?」

 「いいや。一部の貴族向けに作られている高級品だ。限りある命、美味な物だけを口にしたい」

 「限りある命、ですか」


 グラスに軽く注いで飲んでみれば、確かに言うだけのことはある。


 「人間の寿命は、長くて短い。老化抑制技術の発展により、昔よりは少しばかり長く生きられるが、やはり限度はある」

 「おいくつなのか、お聞きしても?」

 「九十になるが、それでもこのようにいくらか若々しい肉体を維持できる。……つくづく、技術の発展というものは素晴らしいと感じるものだ。同時に恐ろしくもある」

 「そうですか」


 二杯目を口にする途中、メリアはグラスを置いた。

 そろそろ歯が浮くようなやりとりを終わらせようと、目の前にいる皇帝を見つめる。


 「本題を」

 「この部屋に人を招くのは、年に数回だけ。もう少し、くだらないやりとりを楽しんでもいいとは思わないかね?」

 「楽しもうにも、色々な経験が邪魔をします。……特に、生まれが特殊なこともあって」


 その言葉を受けて皇帝はどこか真面目な表情になると、軽くため息をついた。


 「メリア・モンターニュ。手短にいこう。わざわざここに来てもらったのは、通信越しでは話せないことを話すためだ。君という存在を生み出すことに、私は一切関わってはいない。この意味がわかるか?」

 「……つまり、勝手にクローンを生み出した者がいる?」

 「一部の者が暴走してやっただけなら、どれだけ救いがあることか」

 「それはどういう」


 意味なのか。

 メリアが最後まで言葉を口にする前に、皇帝はテーブルに拳を叩きつけた。

 ガシャンと音と共にグラスが揺れ、中身が少しだけこぼれる。


 「……私がクローンについて知ったのは、二十年以上も前のこと。遺伝子情報が同一な数千人もの子どもが、あちこちの貴族の家で養子になっていることに気づいた者がいた」

 「数千……」

 「君以外は亡くなったがね。そこからどこの誰が計画を推し進めたのか調べさせ、最近になってようやく判明した」

 「誰なんですか?」


 これはメリアとしても気になるものだった。

 今まであまり考えないようにしてきたが、もはやこうなっては逃げ続けることはできない。

 なので思いきって尋ねると、皇帝は力なく笑う。


 「メアリ・ファリアス・セレスティア。君のオリジナルだよ」

 「……既に亡くなっているのでは?」


 出てきた名前は、数百年も昔の時代を生きた人物。

 メリアが貴族として学んだ範囲では、帝国を二分する反乱が起きている最中、病気によって亡くなった。その結果、共和国の独立が果たされたというもの。

 いくらなんでもメアリ皇帝が推し進めるのは無理があるのではないかと、メリアは首をかしげた。


 「公式の記録では、病気によって亡くなったあと盛大な葬式が行われた、とされている。しかし、実際にはコールドスリープをしたまま、この宇宙のどこかにいる。彼女の意思を受けた者があちこちにいるわけだ」

 「場所の把握などは」

 「できていれば、君を呼んだりはしなかった。オリジナルさえ消してしまえば、君という存在はやがて普通の人として埋もれていくだけ。それが最もお互いにとって喜ばしい状況なのだがね」


 皇帝は立ち上がると、近くに置いてある布巾を手に取って、こぼれたジュースを拭き取っていく。


 「子どもの頃、このように粗相をしでかした時は、自ら掃除していた。周囲の目がなく、誰にも知られてない時に限るが。しかしながら、今回の出来事は一人だけでどうにかすることはできない。信用できる者は少なく、打つ手もない」

 「そこに私が現れた、と」

 「そうだ。オリジナルをどうにかするために、クローンである君の力を借りたい。もちろん、そのための支援は惜しまない。例えば……新しい伯爵家を創設してもいい」


 気軽に言ってみせる皇帝だが、それはなかなかに無茶なことだった。

 共和国と定期的な小競り合いこそあるものの、長く平和な時代が続いたため、居住可能な惑星はすべてどこかの貴族の領地となっている。


 「どのような形で、オリジナルをどうにかするのか。大まかな流れをお聞きしたいところです」

 「細かい部分を抜きにするなら、まずは貴族として社交界に出てもらう。オリジナルと関わりのある者ならば、クローンである君の姿を見て、なんらかの接触をしてくるだろう」


 その言葉のあと、一枚の写真が目の前に置かれる。

 肖像画を撮ったものであり、描かれている人物を目にしたメリアは顔をしかめる。

 そこにあるのは、自分と同じ容姿をした美しい女性。

 長い茶色の髪に、茶色の目。

 古めかしいドレスに身を包み、微笑んでいる。


 「ふん、道化だね」

 「そうだとも。一世一代の芝居をしてもらう。君の素の部分は隠してもらい、模範的な貴族を演じることで、向こうからの反応を引き出す」

 「そもそも、どうしてそこまで……怯えているのか、お聞かせ願っても?」


 少し言葉を選びながらメリアは言う。


 「怯えている……怯えている、か。帝国の皇帝という立場にありながら、おいそれと知ることができなかった、秘密裏に進められていた謎の計画。それの最終的な目的が、メアリ皇帝の復活であることは疑いようのないことだ。過程はともかく」

 「今の皇帝陛下が消えることになりかねない、と」

 「地位を追われるだけなら良い。だが、こういう場合は以前の皇帝を消しておく方が後腐れがない。事実、昔の私はそうしたのだから」


 銀河の三分の一を支配しているセレスティア帝国。

 その皇帝ともなれば、大勢の子どもがいる。

 しかしながら、皇帝という地位は一つだけ。

 兄弟や姉妹同士による権力争いは、支援する貴族も合わさって激しいものとなる。

 メリアの目の前にいる男性は、そんな権力争いを制した人物であった。

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