79話 宇宙での渋滞
数日が過ぎ、エルマー率いるリープシャウ家の艦隊が帝国へと移動しようとするが、その中にはメリアが操縦するヒューケラも混じっていた。
「メリアさん、私を置いていくなんてひどい!」
「うるさい。一人でもできそうな仕事を受けて経験積んでろ」
「ファーナは一緒なのに!」
「ルニウ、わたしは端末を通じて複数の場所の存在できます。だから、アルケミアに残りながらもヒューケラに乗って同行できるというわけです。ふふふふ」
「人工知能のくせにマウント取ってくるなんて!」
「ああもう、艦隊が動き出したから、お喋りはそろそろ終わりにするように」
帝国方面に繋がるワープゲートの近くは、大量の宇宙船で渋滞していた。
一回ワープするには数分ほど待つ必要がある。
そして利用できる船の数は、ワープゲートの大きさによって左右されてしまう。
交通が多かったり、資源輸送のための大型船が利用するところは、特別に大きいワープゲートが設置されるが、今目の前にあるのは標準よりもやや大きい程度。
「メリア様、なかなか進みませんね」
「一回飛ぶのに数分。船の大きさとかで一度に利用できる数には制限がかかる。ここは星間連合なので、帝国貴族といえども素直に待ち続けるしかない」
「色々な要因が重なれば、こうもなりますか」
宇宙船はかなりの速度を出せるが、星系間を行き交うには遅すぎる。
星系から星系へと移動するには、ワープゲートを利用するしかないため、渋滞に苛立っても我慢するしかない。
その時、通信が入ってくる。
それはアクルという学園コロニーで学生生活を送ることになったセフィからのもの。
メリアは無言でファーナに操縦室から出るよう促したあと通信を開く。
アクルにおける外部との通信は記録されるため、演技をしたまま声をかけた。
「どうしたの?」
「少し話がしたいなと思って」
寮の部屋は狭いながらも個室となっており、一通りの家具は揃っている。
そのせいかセフィは少し気を抜いた様子でいたが、それとは別に不満そうな部分も見え隠れしていた。
「何か嫌なことでもあった?」
「ここの食堂ってちょっと微妙な味」
「あら、それは大変」
「だから、有志の集まりと共に抗議しに行く。安くないお金払ってるんだから、もう少し美味しくするようにって」
ずいぶんと積極的な行動をするセフィにメリアは無言で驚くも、抗議自体は大学生の集まりが発端となったらしく、それについていくだけとのこと。
「親の立場から抗議をしておいた方がいい?」
「うーん、そこまではしなくていいはず。大学生の人たちの中には、お金持ちな親とかいるみたいだから」
「それならよかったわ」
「でも、一つ言いたいことが」
「どんなこと?」
「帰ってきたら抱きしめていい?」
赤い目が向かう先は、メリアではなく背後にある操縦室の扉。
そのすぐ外にはファーナが待機しており、今の会話は当然ながら聞こえていることだろう。
メリアがどういうことだと視線だけで尋ねると、セフィは笑みを浮かべて首をかしげてみせる。
それが向けられる先はファーナのいる後方。
「入学式の時みたいに、ぎゅっとする機会ってどれくらいあるのかな、と。他の人にしたりするのか気になって。それじゃまた」
その言葉のあと通信が切られるが、これ以上ない挑発を受けて即座にファーナがやって来る。
「今の聞きましたか? わたしに対して挑発してきました。とんでもない子どもです」
「……ファーナもルニウのことを挑発しただろうに」
「正直なところ挑発は些細なことです。一番重要なのは、入学式という大勢の人がいる中でぎゅっと抱きしめたということ」
「何が言いたい」
「セフィにだけするのはずるいので、わたしにもするべきではありませんか?」
メリアは面倒なことになったと言いたげな表情になるも、ファーナが近づいてくるので、手を振って追い払おうとする。
「しっしっ、今は操縦中だよ」
「それは確かに邪魔をしてはいけません。ということで、顔だけでも触れ合いましょう」
ヘルメットを外すと、ファーナは白い髪を揺らしながら顔を近づけてくるため、メリアは舌打ちしつつ少女姿なロボットの顔を手で鷲掴みにする。
「ふぐっ……」
「おふざけは、時と場合を考えてやれ」
「今は渋滞しててほとんど動いてません。つまり触れ合う好機に他ならないわけです」
「あたしが個人的に嫌なんだが」
「でもセフィにはしました。それならわたしだってしてもいいはず。メリア様とは付き合いが一番長いのですから」
「……渋滞の間だけなら、やり過ぎない限り認める」
渋滞のせいで、ワープゲートを利用することができないまま時間だけが過ぎていく。
正直なところ退屈以外の何物でもないため、ファーナからそこを突かれると言い返せない。
非常に渋々といった様子でメリアが許可を出すと、操縦していることもあって全身で抱きしめるまではいかず、軽く抱きつくようにしながら頬擦りを行うファーナだった。
「すりすり~」
「口に出す意味があるのか」
「ないです。ところで、この様子をルニウに見せつけたいのですが」
「やめろ。面倒事が増える」
もし今の姿を見られたら、ルニウはどんな要求をしてくるか。
少なくとも、似たようなことを要求してくるのは間違いない。
「メリア様はずっと触れていても飽きません。それを考えると、セフィにだけするのはずるいのでは?」
「何がずるいだ。そんなにベタベタひっつくものじゃないだろうに」
「ベタベタひっつくのが嫌なら、キスしてくれるならやめます」
「…………」
「どちらを選びますか?」
「あたしはこれを選ぶ」
メリアはビームブラスターを手に持つと、ファーナの頭に銃口を押しつけた。
「おふざけもね、度が過ぎると我慢できなくなるわけだよ」
「人間が相手なら効果があるでしょう。しかしながら、わたしには効きません。この端末と戦ったメリア様なら、よく理解しているはず」
「よーく理解してるよ。それでもだ」
かつて人型の作業用機械に持たせた重機関銃を、この少女姿な端末に撃ち込んだ。
しかしほとんど損傷せず、むしろ逆に機械を破壊される始末。
個人が携行できる程度の銃器では、どのような代物でも損傷させることは不可能だろう。
十秒か二十秒ほど、お互いに無言の時間が続いたが、沈黙はヒューケラに入ってくる通信によって破られる。
「こちらヒューケラ」
「メリア・モンターニュ社長。そろそろこちらの番が来る。用意は整っているだろうか?」
通信をしてきたのはエルマー。
リープシャウ家の保有する艦隊からはぐれないよう、念のために連絡を入れてきたわけだ。
それだけ姪のソフィアと会わせることを考えていることになる。
「もちろん。そうでないと、なんでも屋をするなんてできません」
「なかなかに頼もしい言葉。もし何か依頼できそうなことがあれば、頼んでみても構わないかな?」
「……あまり無茶なものでないのなら」
「なあに、そう警戒しなくていい。今回は姪と会うだけだ。それ以外のことにはならないことを約束する」
いよいよワープゲートを利用する順番が回ってくると、リープシャウ家の艦隊と共に陣形を整える。
そして数分ほど待ったあと、星間連合の保有するメルヴ星系から、一瞬で帝国へと移動した。
「二日ほどは、退屈な移動の時間となる。社長さえよければ、こちらに来てもいいが? 話し相手になろう」
「いえ、それは恐れ多いことです。私は一人でも問題ありません」
メリアはなんでも屋の社長としての演技をしつつ、エルマーからの誘いを断る。
明らかに、通信越しでは言えないようなことを話すことが予想できたために。
それはクローンの話題だったり、海賊のことだったり、あるいはさらなる面倒事の可能性もある。




