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78話 伯爵との再会

 別室はいくつか存在し、それなりの設備と広さがあった。

 まるで秘密裏に話すことを目的として作られたかのような部屋であり、メリアはため息混じりに呟く。


 「……入学式というのは隠れ蓑。さっきの広間とかを見る限り、一部の者にとっては表沙汰にできない話をする良い機会」

 「察しがよくて助かる。なので、ここで出会えたことは幸運だ。余計な邪魔が入らずにこうして話せるから」

 「こちらとしては不幸でしかない」

 「やれやれ。目の前にいる女性が、どこぞの女海賊と同じ人物であると言いふらしたりしていないのに。ひとまずは仲良くやるべきじゃないか?」

 「……で、帝国の伯爵様がどうしてここに?」


 部屋に盗聴機があったりしないか、軽く探しつつメリアは言う。

 エルマーは娘の留学のためだと口にしていたが、それを素直に信じることはできない。

 なにせ、叔父でありながら姪を葬ろうとした人物であるから。

 自分の娘ですら、なんらかの道具として利用してしまえるだろう。


 「娘の留学が一つ。もう一つは、派閥の問題から表立って会うことが難しい貴族との交遊。これが元々の予定だ。偶然出会えたので、いくつか予定は増えたわけだが」

 「それはどうも」


 そのまま立ち去ろうとすると、背後から声をかけられる。


 「ああ、そうそう。言い忘れていたが、このまま立ち去るなら、計画を邪魔してくれたどこぞの女海賊に嫌がらせするため、そこそこ頑張れる自信がある」

 「……ネチネチとしてる男は嫌われるよ」

 「既に伴侶がいる身なので、彼女から嫌われるのでもなければ問題はない」

 「まあ、子どもがいるなら伴侶もいるか」

 「それなりに帝国で過ごしてきたならわかるだろう? 帝国貴族という存在は、淘汰と選別が行われ続けた果てになることができる。その結果、才覚に満ちているだけでなく、見た目も整っている者ばかりとなった。つまるところ、私の伴侶は美しいという話だ」


 堂々と惚気てくるエルマーに、メリアは頬杖をついて興味なさそうに空いてる手を振る。


 「はいはい、ごちそうさま。それで、本題があるならそろそろ移ってほしいんだがね」

 「おっと、話が逸れたな。では率直に尋ねよう。……アスカニア伯爵にしてフランケン公爵である姪のソフィアだが、君に会いたがっていた。わざわざ、後ろ暗い者の繋がりを利用してまで」


 後ろ暗い者の繋がりというのは、海賊の宇宙港にいるディエゴなのは明らか。

 メリアはできるだけ表情を変えずに話をしていく。


 「当時は別の仕事をしていてね。そちらが優先されていた。今受けている仕事を放り出すなんてことはできない。伯爵様も、そういう経験はあるんじゃないのかい」

 「あるにはある。とはいえ、仕事が終わっても連絡の一つすら寄越さないのはなぜだ? 今このように一般人として活動しているのを見る限り、連絡する機会はいくらでもあっただろう」


 どこか問い詰めるようなエルマーの様子は、他の人が見れば怒っているようにも思える。あるいは怒っているふりなのかもしれない。

 それゆえにメリアは言えなかった。素で忘れていたということを。

 内心、アンナが次々に仕事を持ってこなければ良かったのにという責任転嫁をしつつも、それは表に出さずにいた。


 「ただの個人相手に、公爵様が会おうとする。そうなると、他の貴族様は気になるわけだ。いったいどのような人物に会いたがっているだろう? ここは一つ調べてみるか、って具合に」

 「ふむ、確かに複数の貴族が協力すれば面倒ではある。だが、それなら公爵位の相続に尽力してくれたからということで誤魔化せる」

 「それで納得するのが、果たしてどれくらいいるのやら。公爵様の弱味になるんじゃないかと考える者もいるはずだよ」


 メリアは貴族としての経験がある。

 十五歳までの短い期間ながらも、それでも帝国貴族の激しい権力争いの一端を目にすることはあった。

 貴族は守りが硬い。なら貴族以外の人間はどうなのか。

 何か使える情報があるかもしれないという理由で、面倒事に巻き込まれる可能性は十分にあった。


 「つまり、あたしが連絡しなかったのはソフィア様のためである」

 「ただ単純に忘れていた可能性もあり得るが」

 「どうだかね。今となっては一般人だし、帝国にはあまり寄りたくない」


 そろそろ部屋を出ようとするメリアだったが、エルマーは呼び止めると、近くに来るよう手招きをする。

 あまり大きな声では言えないことを話すつもりらしく、メリアは警戒しつつ近づいた。


 「最後に一つ尋ねることがある」

 「なんだい」

 「帝国にあまり寄りたくないのは……自らが、ある人物のクローンであるからか」


 その言葉を耳にした瞬間、メリアは小さなカバンに潜ませた銃を手に取るも、エルマーの方も銃を持っていたのか、ほぼ同時にお互いの顔に向け合う形となった。


 「その反応、やはり事実か」

 「どこで知った」

 「疑惑が生まれたのは、カミラという者について調べた時」


 話が進むうちに、自然と双方の銃は下げられていく。


 「カミラ・アーベント。帝国遺伝子資源開発研究所の所長であり、コールドスリープを利用することで三百年以上も前から研究所に所属していた。そしてその研究所を立ち上げたのは大昔の皇帝陛下。名前は、メアリ・ファリアス・セレスティア。当時の陛下の写真を見ると、とある女海賊に瓜二つだった」

 「ずいぶんと色々知ってるみたいだね」


 立ち話で済ませるには向かない話なので、お互い椅子に座る。


 「帝国において貴族は特権階級であるからな。大抵のことはできる。あとは、慎重に少しずつ調べていった。大昔に亡くなっているとはいえ、よりによって皇帝陛下のクローンだ。今の時代で生み出されたということは、大きいところが関わっているのは確実。探っていることに気づかれただけで危うい」

 「何か確証は掴めたのか」

 「ほんの少しだけ。メアリ皇帝のクローンは他にも作り出されたが、病気や怪我や事故などで命を落とし、今ではすべて死んでいることになっている。偶然死んだのか、意図的に殺したのかの判別はつかないが」


 しかし死ななかった例外がいる。

 エルマーは小さな紙にそう書くと、メリアが目にしたのを確認してから紙を食べてしまう。


 「小さな子ども向けの教材か」

 「ああ。食用できる素材だけで作ってある。ちなみに文字を書く時に使ったのは可食できるインクだ。声に出しにくいことはあるし、機械の画面に書くのも不安が残る。そうなると紙は便利だ。食べられる素材で作れば、こうして記録を残さないようにできる」

 「……それで、わざわざあたしを呼び止めてまでクローンの話をした理由を、お聞かせ願いたいところだが」


 いったいどのような目的があって、クローンの話をしたのか。

 どこか睨むような視線を向けるメリアとは対照的に、エルマーは服装や髪型が崩れていないか確認をしていた。


 「帝国の内部では、これといった情報を得られない。だが帝国以外の国ならどうだ? もしかするとクローンを生み出すことに関わった者がいるかもしれない。その方向から調べると、ここが浮かび上がってきた」

 「学生ばかりがいる、学園コロニー」

 「うむ。外部とは隔離された空間であり、幼稚園から大学まで揃っている。幼い子どもがいても怪しく思われず、それは様々な機材について同じ。色々できそうだと思わないか?」

 「思えるけれど、関係者を探す協力はしないよ。すべては過ぎ去ったことであり、あたしは一般人として暮らしていく」


 メリアにとっては、すべて終わってしまったこと。今更、関係者を探し出したところで意味がない。


 「……そうか、無理強いはしない。ただし、ソフィアに会うくらいはお願いしたいところだが」

 「それくらいなら別に。ただし、星間連合において、なんでも屋をしているメリア・モンターニュでしかない。海賊とかじゃない一般人であることを念頭に置いてもらいたいね」

 「きちんと伝えるとも。数日後に帝国へ向かうので、それに合わせてくれると嬉しい」


 だいぶ長い話し合いとなったが、ちょっとした予定ができた以外、これといったことは起こらない。

 そして入学式の挨拶が終わった段階で、セフィと会う機会が訪れる。

 一時的に帝国へ向かうことをメリアが口にすると、セフィは周囲を見回してから少し考えた末に両腕を大きく広げる。


 「ええと、その広げた腕は?」

 「周囲を見てください。寮で生活している間は会えないので抱き合ってる親子ばかり。つまり今のうちにしておけば、普通に見られるわけです」

 「…………」

 「可哀想な子どもに思われてもいいんですか? さあ、周囲に仲の悪い親子だと思われないうちに早く」


 子どもらしくない言い分に、メリアはなんともいえない表情になるが、まったくしないのも変に思われるということで、しゃがんでセフィを抱きしめる。

 すると強く抱きしめ返される。


 「暖かい。どうして周囲がこうするのか、なんとなくわかりました」

 「今までこういうことはなかった?」

 「はい。中毒者のせいで何かあってはいけないので、教授によって安全な部屋に隔離されてましたから。他人の手が触れるのは、血を採取するために腕を持つくらいしかありません」


 他人とこうして触れ合うことは始めてなのか、どこかしみじみとした様子で頷きながら抱きしめ続けるセフィであり、メリアは演技を崩せないため、気が済むまで付き合うしかなかった。

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