77話 学園コロニー
メルヴ星系。
そこは星間連合が所有する、他国との国境地域を構成する星系の一つであり、帝国と共和国の領域が近いこともあって多くの人々が行き交うところ。
星系内部にある有人惑星は、かろうじて人類が居住できる程度という厳しい気候と土地のせいか、そこまで豊かではなく、資源の採掘や空気の補充のための場所と割り切った形での開発が進められている。
その代わり、メルヴ星系各地において交易拠点としてのコロニーが栄えていた。
「セフィ、そろそろ到着するけど準備は?」
「できてます」
そんなメルヴ星系を、メリアはセフィを乗せて移動していた。大型船であるアルケミアは悪目立ちするため、小型船のヒューケラで。
「寮で暮らすために必要な荷物は、しっかりと揃ってます」
「不満はあるだろうけど、いくらなんでも十五歳を働かせるわけにはいかないからね。数年ほどこの学園で過ごしてもらう」
目的地は、セフィが入学する予定のアクルと呼ばれる学園コロニー。
アクルでは幼稚園から大学までの幅広い範囲を内包しており、コロニーという密閉された空間なこともあって、セキュリティ面は万全。
他国から訪れる留学生と交流することで精神的な成長も見込めるということが、大雑把ながらもパンフレットに書いてあった。
「アクルってところは、数百万人の学生がいる。教員とかは含めないでこの人数。……セフィのことを狙う者から隠れるには、ちょうどいいはず」
「髪の色、目の色、肌の色、それらが被る人が多いのは、隠れるには確かにいいです。でも、隠れることが目的だと本気を出すことができません」
「どういう意味だい」
「成績が優秀だと目立ちます。つまり、あえて頭が悪いふりをする必要があります」
「大層な自信だね。本気を出せば、数百万人の中のトップに立てるとでも言いたげだ」
「はい。立てます」
皮肉混じりにメリアは言うも、セフィは真面目じゃ様子で即答する。
それは自意識過剰とも思える言動。
しかし、かつて自らの血の力を利用して犯罪組織を潰したことを考えると、笑って否定することはできない。
「……教授とやらは、ずいぶんしっかりと勉強を教えてたようだ。とはいえ、それが学園でも通じるかはわからない」
「証明してしまえばいいだけです」
「頼もしい言葉だ。さて、アクルの中に入るから、ここからは演技が必要だよ。合わせるように」
「はい。“お母さん”」
「……まだ人前じゃない。宇宙船の外に出てからにしてくれ」
アクルという学園コロニーは、新入生を受け入れるための用意が進められていた。
星系によって、入学や卒業の日というのは大きなズレがある。
これは惑星によって一日の長さが違うため。
なので銀河標準時間というのが決められており、人によっては宇宙へ出た時に時差に慣れるところから始める必要があったりする。
今回、セフィは高校生としての一歩を踏み出すことになるが、それが可能な学園をアンナが見繕ってきた形だ。
「ようこそ。学園コロニーアクルへ」
「番号1123458。セフィ・モンターニュ」
コロニーの宇宙港に到着すると、映像通信が強制的に行われるため、セフィは紙を取り出して書かれている内容を口にする。
「……確認が完了しました。宇宙船を降りたあとは、案内に従って保護者の方と一緒に移動をお願いします」
一方的に言い終えると通信は切れる。
「やれやれ、言うだけ言っておしまいかい」
「他にたくさんの人がいるので仕方ないと思います」
操縦室のスクリーンには外の様子が映し出されているが、周囲には何十隻もの宇宙船が停泊しているのを見ることができた。
レーダーの方に目を向ければ、コロニーの外に何百隻も待機しており、たくさんの新入生が来ているのがわかる。
親の所有する船で来ている者がいれば、輸送船らしき代物から降りてくる集団がいたりする。
「金持ちもいれば、そうでない者もいる。これだと人付き合いだけで大変になるね」
「ところで、お小遣いはどれくらいになりますか?」
「……あー、一般的な金額だよ。子どもの頃から金銭感覚がおかしくなってもいけないから」
「そこは少し奮発してもいいと思います」
「ルニウみたいなことを言うんじゃない」
寮で過ごす子どもにとって、お小遣いがいくら貰えるかというのは、非常に切実な問題である。
メリアはセフィからの要求を却下したあと、宇宙服を脱ぎ、鏡を見ながら髪型や化粧の確認を行う。
「気合いが入っています」
「舐められたらいけないからね。セフィはあたしの養子になった。ならせめて、恥ずかしくない親を演じる必要がある」
長く茶色い髪は、ゴムで軽く一つに束ねてから背中に垂らす。
大人の女性向けのおしゃれで少しばかりお高い衣服に着替えたあと、薄い化粧をして度のないメガネをかける。
目に関しては、色を変えずに元の茶色のまま。
そうすると、先程まで宇宙船を操縦していたとは思えないほど、優しげで儚さを漂わせる可憐な女性という姿に。
「……こ、これは、凄い変装です」
あまりの変わりように、さすがのセフィも動揺を隠せないでいた。
黙っていれば、男女問わずに振り返ってしまいそうな美しい女性がそこに立っていたからだ。
宇宙服姿では、メリアの美貌というものは大きく損なわれる。
だが、それは面倒事を避けるためにあえて隠していたのであり、少し気合いを入れておめかしすれば、絶世の美女になることは非常に容易い。
「もう裏社会からは離れるつもりだからね。これからは一般人として、多少はおしゃれを楽しむつもりでいる」
「でも話し方のせいでイメージが崩れます」
「はいはい、外に出たらイメージ通りにしてやるとも」
ヒューケラは古い船であり、大量の船があれば埋没してしまう程度には目立たない。
しかし、おめかししたメリアとセフィが降りると、視線が集まり始める。
「いいんですか? 悪目立ちしてる気がします」
「ええ、大丈夫よ。これは宣伝にもなるから」
「なんでも屋の美しい社長。これは確かに宣伝にはなると思いますけど……」
「仕事は選べるから。必死に仕事をしてまで食べさせていく社員はいないの」
「一人だけいるような気が。誰とは言いませんけど」
「給金ってのはね? 上げるだけじゃなくて下げることもできるの」
「……一緒に働くのが恐ろしい社長です」
手を繋いで歩く姿は、仲睦まじく思えるが、それは表向きのもの。
狼がなんとか羊のふりをしているだけに過ぎない。
その危険性を誰にも気づかれないまま、二人は入学式が行われる会場へと案内される。
コロニー内部は広いため、電動の車両があちこちを行き交うが、メリアとセフィが乗るのは送迎用の大型バス。
乗客からの注目を集めるが、無視すると数分ほどで到着する。
「新入生の皆さんはこちらの道を。保護者の方々はあちらへお進みください」
この場で一度別れることになり、大きな建物の中を人の流れに合わせて歩いていくと、大きな広間へと出る。
様々な料理や飲み物が用意されているので、まるでパーティー会場のように思えた。
「そこの美しいお方、少しばかりお話でもしませんか?」
「ご遠慮させてもらい……」
「そう邪険にされるのは悲しく思います。メリア・モンターニュ社長」
背後から声をかけられたメリアは、すぐさま断ろうとした。
だが、振り返ると見覚えのある顔が存在していたため、途中で言葉は止まってしまう。
そこにいたのは、自らの姪を事故死させて代わりに公爵位を手に入れようとした叔父。
エルマー・フォン・リープシャウ伯爵その人であった。
「おっと、こちらからも名乗らないといけませんね。申し遅れました。私はエルマー・フォン・リープシャウ。セレスティア帝国において、しがない伯爵家の当主をしております」
丁寧に一礼したあと、エルマーという男性は周囲を見渡しながら呟く。
その目の奥底に揺らめく意思は、ほぼ確実にメリアの正体に気づいていた。
「……何か用ですか?」
「いえ、つい声をかけたくなっただけです。娘をこの学園に留学させるために訪れましたが、まさかこんなところで、あなたのような方と出会えるとは。他の方々に盗み聞きされても困るので、別室で話しませんか?」
「そう、ですね。帝国貴族ともなれば、盗み聞きする人が出てきます」
「盗み聞きされるだけなら良い方です。時には、計画の邪魔をされたりしますから。私は少し前、とある宇宙海賊にしてやられまして」
エルマーは笑いながら、大したことのない話をしているかのように振る舞うが、それは明らかにメリアへの当て擦りだった。




