75話 遺伝子調整された者同士
オラージュと休戦してからというもの、平穏な日々が続いていた。
メリアとしては嬉しい限りだが、のんびりとしているわけにもいかない。
セフィを預かるという仕事が終わったあと、どうするかを考えないといけないためだ。
「ファーナ、アルケミアの修理だが、費用を節約するために宇宙に漂ってる残骸などを回収してほしい。資材の購入は高くつくから」
「わかりました。それにしても、メリア様も大変ですね」
今作っているのは表向きのきちんとした帳簿であり、これは星間連合の地方政府に出す予定。
あくまでも、犯罪組織とは関わりのない一般人ということを示すため、メリアは頭を悩ませていた。
「小さいながらも社長だからね。犯罪組織と戦闘したせいで大きな被害を受けましたと書いてもいいが、その場合映像を求められる場合がある。どこで、どんな相手と戦ったのか、その際の戦力はどれくらいか」
「それは、色々な意味で出せませんね」
「当たり障りのない範囲に留めるしかない」
メリアがファーナと共に書類仕事に追われている中、ルニウはセフィと向かい合っていた。
二人の間に置かれているのは、古い時代のボードゲーム。
ルーレットを回し、学校生活や職業などの人生の出来事に関連したイベントを進めながら、お金や資産を集め、最終的には億万長者を目指すという代物である。
「うげ……スキャンダルへの対処で百万クレジットを失う!?」
「……投資の成功で五百万クレジットを手に入れる」
ルニウは青い駒、セフィは白い駒。
それぞれの駒に対応した場所の数値が変動する。
青い駒の数値が減り、白い駒の数値が増えた。
「やばい、もうすぐゴールなのに逆転された。いや、まだ幸福度を含めれば上回ってる」
「早くルーレットを回してください」
「まだ一秒も経ってないのに急かし過ぎでしょ」
「これはあまり面白くないので、早く別のゲームを遊びたいと思ってます」
「そ、そう……まあ二人だけじゃね」
そのあと何度かルーレットが回る音が聞こえたかと思えば、決着がついたのかルニウが悔しそうな表情を浮かべていた。
「ま、負けた……子どもに不幸が起きるイベントがなければ、ギリギリ勝てたのに」
「これで終わりですか。そもそも、人生の終盤で自分の子どもが不幸になることが、そんなに影響しますか?」
それは何気ない疑問。
ボードゲームを片付けつつ、次のボードゲームを見繕っていたルニウは、セフィが口にした疑問について簡単に答える。
「ゲームだから、パラメーターの変動は受け入れるしかない。現実の方なら、人によるかな? 鬱陶しい子どもが不幸になれば嬉しいだろうし、そうじゃないなら悲しいだろうし。まあ、親子関係は良くしておくに越したことはない。うん」
「親子関係……。それを聞いても、この肉体は遺伝子調整によって生み出されたので親はいません。遺伝子上の両親はいると思いますが、見たことがないです」
セフィは自らのことについて話すが、それはなかなかに重いものである。
犯罪組織の中で生まれ、親というものを知らずに育ち、しかも普通ではない体質と能力を持っているときた。
次の言葉に詰まったルニウは、自分の伸びてきた水色の髪を弄りながら、慎重に口を開く。
「ええとね、私も遺伝子調整で生まれたんだよね。両親が大金をかけてさ」
「そうですか」
「外見、知能、身体能力、ありとあらゆる部分で他人を上回ることを求められた。あ、病気にも強いし、怪我の治りも早いんだよね。……セフィちゃんは、自分がどれくらい遺伝子調整されたか、わかる?」
「…………」
返答がないまま十秒近くが経過する。その間ずっと無言だった。
ルニウがさすがに気まずさを感じた時、セフィは呟く。
「ルニウと同じ、ありとあらゆる部分」
褐色の肌をした腕を持ち上げ、手を閉じたり開いたりする。
そのあとは白い髪を掴み、軽く引っ張ると、最後はまぶた越しに赤い目に触れた。
「教授は、結果的にこうなったと言いました。薬物となる血を生産するための存在、そのために細かく弄り続けた末に出てきた色であると。……頭脳は、勉強について教授が褒める機会があったので良い部類だと思います。身体能力は、わかりません」
求められた性質は達成しており、それ以外の部分についても一般以上の水準。
それを聞いたルニウは、少しばかり遠い目をしながら話をする。
「それはよかった。遺伝子調整って、時々失敗があるから」
「どんな失敗がありますか」
「代表的なのは、髪の色とか目の色が違うこと。事前に決めた通りに生まれなかった子どもは廃棄される。両親から聞かされた話だけど」
「廃棄……子どもを生むというのは大変なのでは? しかも、お金をかけているのに」
セフィの疑問を受けて、ルニウは力なく笑う。まるで世の中の理不尽を見てきたかのような様子であり、最後は軽く頭を振ってから話を続けた。
「へへへ、ここからが凄い話なんだよ。今は人工子宮があるから、肉の体で生まなくて済むようになったけど、それはつまり大量に子どもを“生産”できることに繋がる」
体外受精を経て人工子宮へ。
それによって子どもが安定して生み出されるようになる。
元々の技術自体は人類が宇宙に進出する前から存在するが、費用対効果が悪く、成功率にも問題があった。
しかし、月日の経過によって技術が発展し、成功率が上昇して費用も下がっていくうちに、今では自らの肉体で生む人よりも、人工子宮を利用する人が多数派となった。
「遺伝子調整も安いものだと当たり外れが大きい。外れの子どもは“欠陥品”ということで微妙な日々を過ごすわけ」
「その言い方からすると、遺伝子調整で親の望み通りに生まれなかった人と知り合ったことが?」
「学生の頃にね。中学辺りだったかな? 帝国では貴族が遺伝子調整を忌避してるからさ、遺伝子調整した者だけの学校もあった。とはいえ……調整した者の中でも格差ってのは……」
過去を思い出しているのか、ルニウは軽くため息をついた。
「んん、それは置いておくとして。今度は人工子宮を銀河で最も利用してる帝国貴族の話にしよう」
「はあ、なかなかに厄介そうなことが聞けそうです」
ルニウは帝国生まれの帝国育ちであり、その国のことをよく知っている。
対するセフィは、一応星間連合で生まれたものの、実質的にはどこからも外れた存在であり、国のことをよく知らない。
「帝国貴族は、遺伝子調整を忌避してる。もし一族の中に結婚した者がいれば、あっという間に貴族でなくなるくらいには」
「厳しいんですね」
「遺伝子調整してないという、ある種のブランドの維持のためでもあるから。でもね、ここで問題が起こる。遺伝子調整をした人間って平均的に優秀で、調整してない貴族は劣ってしまう。……さて、ここでセフィちゃんに問題。遺伝子調整した平民を上回るために帝国貴族が取った手段は?」
まさかのクイズであり、セフィはわずかに目を細める。
やや不満であることの意思表示であるが、ルニウはまったく意に介してない。
「ちょっと考えればわかるよ」
「……大量に子どもを生んで、優秀なのを選ぶ」
「正解。ざっと百人くらい育てて、優秀な者だけが当主になれるってわけ。当主になれなかった人は……まあ色々な道を進むかな」
「そんなに大勢育てるとなると、お金がかかりそうです」
「もちろんお金はかかるよ。なので、お金のない貴族は没落していって、今ではお金持ちな貴族が大半。一応、貧乏なところもあるけど、そういうところは優秀な者がいる他の貴族に呑み込まれるから少ない」
ルニウはここで言葉を止めると、セフィに顔を近づけて小声で囁いた。
「ぶっちゃけ、まずは生まれた段階で色んな検査があって、基準に満たない場合は生かしてもらえない。ほら、農作物とかだと出来の悪いのは間引くでしょ? あれに近い」
「帝国の貴族って大変ですね」
「いやもう、貴族の知り合いができた時にそんなことを聞かされたものだから、私はかなり驚いた。うわ~って感じ」
貴族には貴族の苦労があることを語ったあと、ルニウは軽く息を吐いた。
「まあ世の中は色々ありますよってお話。セフィちゃんは、これからどうしたい?」
「ここに残りたいです。アンナという人のところよりも、面白いので」
一見すると無表情ながらも、本人にとってはそれなりに感情を出している。
よく見ないとわからないが、ほんの少しだけ楽しそうにしていた。
「お、面白いって……メリアさんが聞いたらなんて思うのやら」
「あとは、もし教授が再び狙ってくるとしても、返り討ちにできそうなのが理由です」
「なるほど」
それからも平穏な日々は続き、やがてアンナからの連絡が届く。
合流地点の座標と、お礼のメッセージの二つが同封されたものである。




