74話 ひとまずの休戦
「ルニウ、侵入されました。セフィの護衛は任せます」
「思ったより早い」
「光学迷彩をした者が、船体の上に潜んでいたようです。おそらくは、この船が廃棄コロニーに入った時から」
「うーわ、お金持ちな組織だよ」
「つまりそれだけセフィは重要な存在であるわけです」
アルケミア内部でやりとりするファーナとルニウ。
状況はやや有利といったところだが、セフィを奪おうと侵入する者がいたため、あまり安心はできない。
「装備を奪えたら楽になるかな? いや、無理に狙うのは危ないか」
「わたしの予備の端末を護衛につけるので、適当にやり過ごしてください」
「適当に、ねえ」
ルニウは現在、セフィと共に工場区画にいた。
損傷した人型の作業用機械が修理されており、少しすると宇宙空間に出ていくのを見ることができる。
「あったあった。セフィちゃん、あれに乗るよ」
そんな工場において、ルニウはとある物を発見する。
それは小型の宇宙船。
ヒューケラと同じクラスのやや古い船であり、かつてメリアがソフィアという貴族の少女を手助けした際に購入してもらったという代物である。
名前はオプンティア。
なんだかんだでメリアは、昔から使い慣れたヒューケラを利用するため、この船はアルケミアの内部に放置されたままでいた。
どうせなら有効活用してしまおうということで、ルニウはセフィと共に乗り込む。
「大丈夫ですか?」
「へーきへーき。このアルケミアの外には出ないから」
セフィの問いかけに対し、ルニウは軽い調子で答えると、オプンティアという船は起動する。
工場区画は広く、格納庫にも通じている。
つまり、限られた範囲ながらも小型船が活動できる余地があるわけだ。
作業用機械よりも、小型の宇宙船は様々な面において上であり、セフィを奪われないようにするという目的を考えると、これ以上の選択肢はない。
「ファーナ、侵入者はどんな感じ?」
「今侵入しているのは歩兵の延長線上でしかないので、わたしの動かす一般のロボットだけで対応できています」
「なら、やばそうなのが来たらこっちに誘導して。宇宙船の火力で仕留めてみせるから」
「内部で放つと、アルケミアも損傷します」
「今更でしょ」
少し前、船内の侵入者を一掃するため、慣性制御システムを切った状態で急激な加速と減速を繰り返した。
その時点でアルケミアは大なり小なり損傷していることをルニウは指摘する。
ファーナはそれを受け、一秒か二秒ほどの沈黙のあと、内部の損傷を受け入れる方向に傾く。
「工場区画では注意を。それ以外の場所では流れ弾がどれだけ出ようとも問題ありません」
「はいはーい。あ、この船を持ち上げられる機械があるなら持ち上げて。ついでに、船内の重力を少し強めに」
「わかりました。大型の作業用アームがあるので、それを複数使います」
天井に繋がってるタイプのと、クレーン車のようなタイプのがオプンティアの近くにやって来ると、空中に吊り上げた。
「ファーナ、護衛の端末なんだけど、見えない位置に隠れてて。そうすると、宇宙船をどうにかしようとする者の隙を突けるだろうから」
「ルニウもなかなか考えるようになってきましたね」
「前からちゃんと考えてるし。例えば、もし私がアルケミアを襲撃するなら、オラージュなんかよりも上手くやれる」
「それはまた大きく出ましたね」
どこか余裕に満ちたやりとりだが、これは襲撃者の目的がセフィであることを知っているから。
殺さずに済ませようと、過度の破壊を避けているため、以前の襲撃よりも対処がしやすいのだ。
それは、アルケミアがオラージュ側の大型船と戦闘しているのも影響している。
装甲のある戦力が来ていないので、人型ではない一般の作業用ロボットだけで事足りているのも大きい。
「と、呑気に話している場合ではなくなってきました。レーダーに大量の反応があります」
「どのくらい?」
「百以上の宇宙船。大型と中型も混ざっているので、正面から戦えばまず勝ち目はありません」
「メリアさんに連絡してさっさと逃げる?」
「ワープゲートまでは距離があり、もし無事の到着できたとしても、ワープのために数分ほどその場に留まらないといけません。つまり、逃げ場はないものと考えるしか」
この星系は、既に全域がオラージュの拠点と考えていい。
百隻もの船を動かせるというのは、犯罪組織の中でもかなりの規模。
表向きには冷静でいながらも、さすがに冷や汗が流れるルニウだったが、その時セフィが口を開く。
「その船は、オラージュの味方じゃないはず」
「いやいや、それならどこの船だと……」
「ルニウ、待ってください。少し様子がおかしいです」
まさかの言葉に、思わず突っ込むルニウだったが、ファーナからの報告を受けて驚きの表情を浮かべる。
「最初は全速力でしたが、途中から非常にゆっくりとなっています。まるで様子を見ているかのような」
「え? まさかオラージュと敵対する組織とか?」
「あるいは、組織内での裏切りという可能性も」
どれだけ予想しても、情報が足りないため、実際どうなのかはわからない。
まずは今の戦闘に勝利することに集中しようとするが、通信が入ってくる。
通信をしてきたのは、今まさにビームを撃ち合っている大型船。
ファーナはルニウの方に通信を繋ぐと、教授が現れる。
「外の反応は既に知っているな?」
「もちろんですよ。降伏しろって話なら、私たちが決めることではありません」
「メリア・モンターニュという人物が社長であり、君は社員だったか。以前の経歴が気になるところだが、それは置いておこう」
「何か用ですか」
「一時休戦というのはどうかな?」
「なら、うちの社長を追いかけ回してる船を止めてください。そしたらあっちに通信を回します」
「わかった」
教授は頷くと、少しして戦闘が中断されたのか、いくつもの宇宙船が戻ってくる。
その中にはメリアの乗っているヒューケラも混ざっており、通信画面が切り替わると、宇宙服姿のメリアが映し出される。
「いきなり休戦の申し出とはね」
「いけないかな? セフィのことは残念だが、命を失っては元も子もない」
一般的に、そう考えることはおかしいものではない。命を失えばすべて失うのに等しい。
しかし、遺伝子の操作やクローンの作成に手を出すほどの者が、簡単に諦めることができるのか?
メリアが疑うような視線を向けると、教授は肩をすくめた。
「私はオラージュを乗っ取った。オラージュの内外において、そのことを不満に思う者がいてもおかしくはない」
「どうやって乗っ取ったのか、と尋ねるのは愚問か」
「セフィによって元の組織が崩壊する前から。言えるのはこれだけだ」
通信画面越しに、メリアはオプンティア内部にいるセフィのことを見つめる。
長く接しているわけではないが、基本的に喜怒哀楽を表に出したところを見たことがない。
自らの血の力を利用して人を殺すことを行うことができる。
いつも無表情な彼女は、どちらかといえば悪党の側に立っている人物であるわけだ。
「便利だったろうね。ブラッドって薬は」
「ああ。失うのは惜しい。もし彼女を返してくれるなら、君たちを幹部待遇で迎え入れる用意があるが? 実力は既に示された」
「お断りだよ。教授、セフィの血と力を、あんたのような悪党に渡すわけにはいかない」
「そうか。なら一つだけ言わせてもらおう。私のような悪党のおかげで、セフィは生まれ、君は少女の保護者となれたのだ。感謝の一つや二つはほしい」
「……ふん、ろくでもない話だね。誰が言うか。休戦は受ける」
休戦となったため、廃棄コロニー内でのアルケミアと大型船による戦いは完全に終わるも、それを見計らってか、レーダーにある百隻近くある艦隊は動きを早めた。
「ふむ、私と君たち、双方を潰す方向性のようだ」
「で、教授、この状況を突破する手段は?」
「正攻法と呼べるものはない。君がほぼ確実にろくでもないと口にしそうな手段のみだ」
「……それは?」
「我々を狙う船長たちだが、その多くにブラッドを支給している。月日が過ぎたことでいくらか効果は薄まっているが、セフィの命令で自殺させることができる。同士討ちでもいいが」
「……確かに、ろくでもないね」
いくら大型船とはいえ、たった二隻で百隻を相手することはできない。小型や中型が十隻ほど増えても結果は同じ。
危機を突破するためには、セフィに悪党となってもらうしかない。
メリアは盛大なため息をついたあと、セフィを見る。
「セフィ、あたしたちを狙う者をどうにかできるか?」
「はい」
特に問題なく頷く姿を見たあと舌打ちをする。
幼い少女に敵を殺してもらうしかない自分たちの不甲斐なさに。
あとは簡単だった。
一部、ブラッドを口にしなかった者もいたようだが、それでも口にした者は多いのか八割以上の船がセフィに操られる。
次々と自爆や他の船への同士討ちを行うと、瞬く間に百隻もの艦隊は無力化し、生き残りはバラバラに逃げ去っていく。
「……恐ろしい力だよ」
「無闇に使おうとは思いません。使う時は使いますが、できる限り避けたいと思ってます」
「だと嬉しいね」
安全が確保されたため、メリアたちはワープゲートへと向かい、別の星系へと移動した。




