73話 交渉決裂
ドッキング用の通路で戦うつもりなのか、ルシアンという犬のサイボーグはメリアへと飛びかかった。
鋭い爪や牙を剥き出しにしながら。
その速度は、人間の反応が追いつかない危険なものあるが、ファーナだけは対応できた。
邪魔するように全身で捕まえると、ルシアンの爪や牙によって瞬く間に宇宙服は切り裂かれ、ぼろぼろになる。
しかし、内部の少女型をした端末は無事なままでいた。
その頑丈さを目にした教授は口を開く。
「驚いたな。ルシアンは、並みのロボットなら破壊できる性能を持たせてあるのだが」
「……まだ、やり合うつもりかい」
教授の護衛たちは銃を向けているが、メリアとルニウの方も同じようにしている。
お互いに無事では済まない距離。
引き金を引けば、相討ちとなる可能性が高い。
しばらく動くに動けないまま睨み合いが続くが、そんな状況を一変させる出来事が起こる。
ファーナによるハッキングを受けたのか、ルシアンは苦しそうな様子で床に倒れた。
「無力化しました。体の自由を奪っただけですが」
「おやおや、ずいぶんと大層な能力をお持ちのようだ。ハッキングへの対策をしっかりと施していたというのに」
「時間がありましたので」
「睨み合いは悪手、か。……五分だけ待つ。その間に離れるといい」
「そうかい。それじゃ失礼させてもらう」
明らかに何か仕掛けてくるつもりだが、こんな狭い通路で銃撃戦するよりはマシということで、メリアたちは急いでアルケミアへと走る。
「ファーナ、他の星系に繋がるワープゲートまではどれくらいかかる?」
「三時間ほどです」
通路の壁に設置されている小型モニターには、大雑把な図が表示される。
そのあと画面は分割され、今いる星系の地図も現れると、メリアはため息混じりに頭を振る。
この星系には有人惑星が存在しない。
それどころか、資源採掘を行う企業もいないため、巡回する艦隊もほぼ訪れないという有り様。
つまり、オラージュという組織にとって都合の良い場所であるわけだ。
秘密基地の一つや二つ、普通に存在していることだろう。
「逃げながら戦うのは、時間と共にこっちが不利になる可能性が高い」
「ならどうしますか?」
「いっそ至近距離から仕掛けるしかない。あの教授は、オラージュを率いる立場にあると言っていた。仕留めることができれば色々と楽になる」
どういう繋がりがあって彼はオラージュという組織を率いる立場になれたのか?
それは不明ながらも、彼を殺すことさえできれば、後継者争いを引き起こすことができる。
犯罪組織、それも儲かっているお金持ちなところであるならば、成り上がろうと考える者がいてもおかしくはない。
「敵討ちをしてくる可能性などは」
「あの教授とやらが元からオラージュの一員だったなら、そうなるかもしれない。あたしとしては、そうならないことを願うしかない」
「不安な限りですが、やるからには全力を尽くします」
「あたしはヒューケラで出る。大型以外のを邪魔するために」
五分という短い時間では準備に限りがある。
とはいえ、アルケミアはファーナだけで動かしているようなものなので、戦闘はいつでも行える状態にある。
「ルニウ、セフィを奪われないようしっかりと守るように」
「任せてください。今回は多少なりとも味方がいますから」
「それじゃ、始めるよ」
きっかり五分が過ぎたあと、オラージュの保有する大型船から次々とビームが放たれる。
アルケミアのシールドはそれをすべて防ぐと、お返しとばかりにビームを放ち、さらには武装させた作業用機械も投入した。
最初の目的は敵砲台の破壊。
当然ながら、迎撃のためにオラージュ側も宇宙で動ける戦力を出すが、ファーナの指揮する部隊に次々と倒されていく。
「やるじゃないか」
「相手の隊長格を優先的に仕留めると、人間に指揮されている部隊は一気に弱くなります」
「対するファーナは、どれだけ機体がやられようとも指揮する本体は無事なまま。……やれやれ、戦争のために生み出されたような存在に思えるね」
急いで量産した機体だけあって、一対一ではだいぶ不利。
しかし、ファーナの指揮によって部隊がまるで一つの生き物のように動くことで、性能面での不利を補い、それどころか有利な状況に持ち込んでいる。
「さて、こっちも頑張らないといけないか」
メリアはヒューケラの操縦室でそう呟くと、スクリーンに映し出されるオラージュ側の宇宙船に狙いを定める。
攻撃を少し当てただけでは、船体を覆うシールドを突破できず、沈めることはできない。
だが、注意を集めることはできる。
相手に通信を繋ぎ、わざとらしく挑発してみせる。
「ほらほら、ついてこい。獲物はここだよ?」
大型船と至近距離で撃ち合っているアルケミアに他へ対処する余裕はあまりない。
なので、小型や中型の船が取りついて内部に戦力を送り込んでくることはできるだけ避けたい。
セフィが奪われるのを防ぐためにも。
「わざわざ通信だと? くそが、舐めやがって」
「それだけ雁首揃えてるくせに、たった一隻の小型船すら落とせない。これを舐めずにいられるのか? うん?」
「てめえ! 後悔させてやる!」
「威勢だけはいいね」
その後、他の船にも挑発を済ませたあと、メリアは集中する。
ヒューケラへの攻撃が激しくなり、少しでも気を抜けば沈められる可能性はあるからだ。
穴の空いたコロニーの内部には、かつての繁栄を思わせる建築物が残っており、それを利用して回避していく。
「……シールドの回復が追いつかないか。まずいね」
とはいえ、多勢に無勢であるため少しずつシールドの残量は減っていき、それは自動的に回復する速度よりもわずかに上回っていた。
このまま振り切っても、アルケミアの方に向かってしまうだけ。
ならば相手を沈めるしかないが、小型船のヒューケラにある武装では、火力がやや不足している。
「はっはぁ、ずいぶんと手間をかけさせてきれたな? シールドが尽きたらぶっ殺してやるよ!」
「ふん、弱い犬ほどよく吠えるとはよく言ったもんだ。こんなにうるさいとは」
「……ちっ、お前は絶対に殺す」
「犬語はよくわからない。ワンワン、アオーン?」
「このっ……!!」
メリアは通信を無理矢理に切断すると、深呼吸した。
集団として追いかけてきた船のうち、小型のが一隻だけ突出してきたのを確認するとヒューケラを加速させる。
目の前には、崩れながらも無重力なので浮遊しているビル群がそびえ立つ。
「大半は壊れている。しかし頑丈なところは今もそのまま……」
限定的ながらも一対一。
この状況になった瞬間、メリアは近くにある今も無事な建物にアンカーを打ち込み、急激なターンを行う。
その際、強烈な負荷が肉体を襲うが、苦悶の表情を浮かべながらも耐える。
「ぐっ……よし、これで背後を」
本来の用途とは違う使い方だが、それによって今度はこちらが攻める側となる。
操縦席の近くにあるスイッチを弄ってアンカーを切り離すと、目の前にいる宇宙船の推進機関へ攻撃を集中させた。
「くそが! 罠だったか!」
「そうだよ。挑発には乗るもんじゃない。こうなるから」
シールドを突破する方法にはいくつかある。
そのうちの一つである、一点に攻撃を集中するという方法でまずは推進機関を破壊し、相手を動けなくする。
慣性によるものか相手はビルに衝突したため、あとは一方的に追撃を行うと、やがて爆発が起きた。
「ふう……まずは一隻」
残る船は、中型を含めて十隻以上。そのすべてが自分のことを狙っている。
メリアは顔をしかめたあと、ファーナへと通信を行いつつその場を離れた。




