71話 教授なる人物
操縦室のスクリーンに映るのは、メガネをかけた初老の男性。高齢だからか、茶色い髪の半分ほどが白くなっていた。
どこか学者のような雰囲気をまとっているが、オラージュという犯罪組織の一員であり、決して油断ならない人物である。
「やあ、君からのメッセージはしっかりと受け取ったよ」
録画された映像の中では、初老の男性が注射器を見えるように取り出す。
「オラージュの代表者と、話し合いがしたいそうだね。君がそれほど理性的な人物であったことを喜ぼう。さて、どこで話し合いを行うかだが……この座標へ訪れてほしい。そこには廃棄されたコロニーがあってね。穴だらけなので利用価値はないが、こっそりと話し合いをするにはいい場所だろう」
映像はこれで終わると、星間連合のとある場所を示す座標が記される。
今いる場所からだと、別の星系へ移動する必要があるので数日ほどかかる。
メリアは目を閉じて考え込む。
「……到着するまでに修理は完了するか?」
「資材の問題さえ解決すれば、万全な状態となります」
「なら、多少割高になってもいいから急いで買い込むとしよう」
まず、一日かけて必要な買い物を済ませる。事前の予約などしていないので、やや足元を見られた値段ながらも資材を大量に集めるのだ。
そのあと、送られてきた座標へと移動するのだが、その間にアルケミア内部の工場が稼働していく。
「メリアさん、これはいったい何を?」
「いざという時の戦力」
工場では、人型の作業用機械が量産されていた。それだけでなく、持たせるための火器も。
その目的は、兵士の代わりである。
一つ一つをファーナが動かすことにより、強力な部隊として機能するわけだ。
「あたしたちには、数というものが足りない」
「まあ、そうですね。人間が二人、人工知能が一つ。これらの戦力で、あの子を保護し続けるのは骨が折れますよ」
戦いにおいて数というのは重要である。
攻めるにしても守るにしても。
それは選択肢を増やす意味合いも含まれている。
初めての量産ということで、質にはやや疑問が残るが、それでも存在しないよりはよっぽどいい。
やがて、メリアたちの乗るアルケミアは指定された座標へと到着する。
その間に量産できたのは百機。ファーナが操作することを前提にしてあるため、人間が乗るような設計にはなっていない。
「コロニーはあそこか」
かつて大規模な戦闘があったのか、砕けた小惑星や、大昔の戦艦の残骸が辺りを漂っていた。
そんなデブリに満ちた空間の奥に、穴だらけの廃棄コロニーが存在する。
修復して使うことが無理に思えるほど損傷しており、内部から小型船が現れると、進路の誘導を始めた。
「ファーナ、周囲にどれくらい潜んでいるかわかるかい?」
「アルケミアのレーダーでは、中型から小型の反応が十隻ほど。大型はコロニー内部に一隻だけいますが、他にいないとも限りません」
「ふん、ここは相手の懐の中ってわけだ」
メリアは不機嫌そうに言うと、宇宙服とヘルメットの確認を行う。ついでに武装の方もしっかりと。
アルケミアが廃棄コロニーの中に入ると、少しして通信が届く。
「そちらから見える大型船があるだろう。一ヶ所だけドッキングしてくれ。それにより生まれた通路内部で、話し合いをする予定だ」
「了解した」
それはお互いの船に入らないための提案。
ありがたくもあり、厄介でもある。
ファーナを仕込んで暴れさせることは、ほぼ不可能になるためだ。
「それと、白い髪と褐色の肌をした少女は連れてくるように」
「はいはい、ちゃんと連れていくとも」
通信はこれで終わるが、話し合いはこれからが本番。
メリアはセフィ以外に、ファーナとルニウも同行させる。万が一の戦闘に備えて。
そして大型船同士が通路を伸ばしてドッキングをすると、新たに生まれた通路へと足を踏み入れる。
「やあ、初めまして、かな? 現在、私はオラージュを率いる立場にある。名前は……いくつもあるせいで悩むので、ひとまず教授とでも呼んでおくれ。なんでも屋の社長であるメリア・モンターニュ君」
向かい側から近づいてくるのは、通信映像で目にしたのと同じ姿でいる初老の男性。
数人の護衛の他に、なぜか犬らしき姿もあったことにメリアは首をかしげる。
「教授、宇宙服ばかりの中、奇妙な姿が混ざってるが」
「ああ、この犬のことだね? 名前はルシアン。私の心強いボディーガードさ」
「……普通の犬じゃなさそうだ」
「そうだとも。ただし、詳細は言えない。まあ、適当な人間よりはよっぽど信用できるとだけ」
この場において、ルシアンという犬だけが生身の姿を晒している。
数秒ほど見つめると、宇宙服の通信機能を通じてファーナが話しかける。
「わたしの方で軽くスキャンしましたが、生身の肉体と機械が混ざっている感じです」
「動物のサイボーグ、か。人間より厄介そうだし、ひとまず注意しておくように」
動物というのは、基本的に人間を超える身体能力を持つ。
犬は人間を殺すことのできる強さを元から所持しているが、そこからさらに肉体のいくらかを機械に変えてサイボーグになったなら、強力な戦力になるわけだ。
それはつまり、メリアたちにとっては厄介な相手ということである。
「それじゃ、まずはあの子の姿を見せてもらおうか。元いたところでは、薬と呼ばれていた子だ」
「見せたらすぐにヘルメットは戻す」
「ぜひともそうしておくれ。生物は空気がないと生存できないからね」
メリアはルニウに指示を出して、セフィのヘルメットを外させる。
今いる通路は重力が弱く、白く長い髪がふわっと舞い上がった。
「うむ、元気そうでなによりだ。ところで、彼女たちと共にいるとなると、元の呼び方はされていないはず。今はどんな風に呼ばれている?」
「……セフィ」
「自ら選んだのかね?」
「はい。教授、何か問題が?」
セフィがそう言うと、教授と呼ばれている男性はメガネを軽く指先で弄りつつ、少しばかり苦笑してみせる。
「いやいや、自らの意思で選ぶことの重要さは知っている。とはいえ、元いた組織を崩壊させるまでいくのは、どうかと思わなくもない」
「子どもに崩壊させられるような組織なら、さっさと崩壊してしまえばいい」
「ふーむ、これは手厳しい。なんということだ、否定できないぞ」
何が楽しいのか、言葉には喜びが満ちていた。
「……馬鹿を相手に教えるよりは、何も知らぬ子どものがいい。その子が飲み込みの早い者であるなら、なお素晴らしい。そちらの船長殿もそう思わないか? セフィは手がかからない子だったろう?」
「確かに手がかからなかったね。ただ、自分の血のことを理解して、普通に利用しようとする部分はあるが」
「他人とは違う力。有効活用するに越したことはない」
「それが厄介な代物じゃなければ、あたしも頷けたけどね」
セフィの血は薬物となる。気持ちよくなり、ついでに強くもなれる。
そして一番問題なのが、血を飲んだ者を操れるという部分。
「うむ。彼女はとても厄介な存在である。そこで本題だが……セフィを返してはもらえないだろうか?」
教授がそう言うと、彼の護衛たちは武器にゆっくりと手を伸ばす。
メリアたちの方も戦いに備えて同じようにする。
「ようやく本題か。そもそも、どうして返してもらいたいんだ? セフィは自由を求めているが」
「ははは、君もわかっているだろうに。……ブラッドという薬を供給できるのは彼女だけ。その価値は計り知れない」
「こちらとしても、セフィを預かるという仕事を受けている」
「なるほど。では大量の資金で解決できるのではないかな?」
教授は片手を上げた。
すると、船の方から車輪のついたコンテナらしき代物が運ばれてくる。
すぐに開けられると、中には現金が詰まっていた。
「足のつかない現金だ。大型の宇宙船を購入できる。いかがかな?」
「お断りさせてもらう」
「おやおや、お金では駄目か。悲しいものの、そういう気概があるのは嬉しく思う。金で転ぶような小悪党ではないわけだから。それじゃあ、お互いに妥協点を見つけられるよう、さらに話し合おうじゃないか」
「……撃ち合わないなら、付き合うとも」
簡易的な通路にて行われる話し合い。
それは今のところ終わりが見えない状況にあった。




