69話 小悪党
「俺は、あんたたちを襲撃する計画に乗っただけだ。結構な報酬が出されたし、前金も貰えた」
「そのろくでもない計画を考えた、くそったれな組織はどこだ」
手を縛られたまま椅子に座る男性の前で、メリアはビームブラスターをこれ見よがしに弄る。
こちらはいつでも撃てるんだぞ、という脅しであるわけだ。
「……オラージュ。主に帝国と星間連合で活動してる奴らだ。元々は、密輸とかで稼いでいる裕福なところだった。どこかの船を襲うなんてことは、割に合わないからやらないらしい。けれど、そんなオラージュが報酬を出すと聞いて、有象無象な奴らが大量に参加したのさ」
「そしてお前は、そんな有象無象の一人と」
「うるせえ」
犯罪組織といえども格というものがある。
名もない個人よりは、名前の知れ渡っている大きな組織の方が、様々な部分で上である。特に信用という部分において。
それは、地域の有力者と通じて悪事を行えるかどうかにも繋がってくるために。
「今回の襲撃に参加した中にオラージュの者はいたのか?」
「いるにはいたが、光学迷彩で船を隠したまま指示を出すだけだった。攻撃もしなかったから、そっちの反撃で沈んだ中には含まれてない」
「面倒な相手だね」
実行役を集めておいて、自分は後方から指示を出すだけで済ませる。
金で集めた者たちが死のうとも、それほどの痛手はない。
だからこそ、すぐに離れることができたのだろう。
それはつまり、オラージュという組織が次に何かを仕掛けてくることが確実であることに他ならない。
「襲撃する理由は聞いたか」
「いや、とにかくあのデカイ船を沈めるか奪うかしろという話だった。それさえ果たされたなら、どうでもいいという感じだったな。というか、俺の方こそ聞きたいんだが、あんたらはオラージュから狙われるようなことをしたのか?」
「……心当たりはないねえ」
セフィの乗っているヒューケラを襲うだけでなく、さらには戻る場所であるアルケミアまでも排除しようとした。
この動きは明らかに繋がっているため、メリアは嘘をついた。
目の前にいる小悪党を放り出したら、すぐにオラージュが回収しにくるだろうからだ。
手っ取り早いのはさっさと殺すことだが、それよりは利用した方が何倍もいい。
「少し離れる。見張りはしっかりとしておくように」
「はい」
「大丈夫です。逃がしません」
メリアは一度その場を離れると、セフィのいる個室に向かった。
そこには、血の入った注射器が置かれていた。中身は少ないが、それこそが目当ての物だった。
「セフィの血が入った注射器を他人に渡す。問題があるなら言ってほしい」
「何も言うことはありません。危機的な状況を乗り切るために、血がさらに必要なら、腕からどうぞ」
淡々と話すセフィは、表情を変えずに腕を差し出す。
「必要ない。既に抜かれてしまった血を利用するだけだから」
メリアはそう言うと注射器を持ち、尋問途中の男性がいる場所へと戻る。
「そういえば名前を聞いていなかった。教えてくれるかい?」
「……ベックだ。船長さんよ、その怪しい注射器を俺に打ち込むなんてことはしないよな?」
少しばかり赤い液体の入っている注射器。
中身は薬物となるセフィの血であるが、ベックという男性は、そちらに想像を働かせることはしない。あるいはできないのか。
メリアはとある可能性を考え、怯えているベックへと質問する。
「ブラッドという薬を知っているかい?」
ブラッド。それはヒューケラに通信してきた中毒者が口にした単語。
「聞いたことはある。確か、気持ちよくなれる以外に、身体能力とか反射神経とかも強くなるらしい。ああ、あとは、既存の薬物とかと比べて副作用がほとんどないってのも耳にした」
「それはまた大層な薬だね。……あたしが持ってる注射器の中身が、そのブラッドだとしたらどうする?」
「まさか……打ち込むつもりか?」
「しないよ。もったいない」
中身の入った注射器は、小さな容器に入れられる。
「ベック。お前を解放する際に、ブラッドという薬が入った注射器を預けるよ。身柄を誰かが回収しに来るだろうから、注射器と一緒にメッセージを伝えてほしい」
「メッセンジャーか。何を伝えればいい?」
「そちらの代表と話し合いたい、とね」
「……受けるしかなさそうだ」
数時間ほどかけて近隣の惑星に向かい、宇宙港に到着したあとベックの拘束はすべて外される。
荷物として血の入った注射器を手渡し、彼が宇宙港に降りたあと、また数時間かけてアルケミアのある宙域へと戻った。
「メリア様、上手くいくと思いますか?」
「どうだかね。あいつが殺されてそれで終わりという可能性もある」
「あら、冷たいです」
「襲撃してきたのに、五体満足な状態で生かして解放したんだ。むしろありがたく思ってほしい」
「メリアさんメリアさん、私ともお話しましょうよ」
「操縦の邪魔にならない程度にね。あと、あの惨状のアルケミアで物を食べる気にならないから、セフィの分も含めて何か作ってくるように。人手がいるならファーナを連れていっていい」
「遠回しに一人になりたいだけだったりしません?」
「それもあるが」
帰りは雑談をしながらとなるが、ファーナだけでなくルニウも混ざってくるので少々騒がしくなる。
「少々、よろしいですか? ベック殿」
「……ああ」
一方その頃、解放されたベックのところへ近づく人影があった。
宇宙港の中なので様々な人々が出歩いているが、声をかけてくるのは壮年の男性。
一般人ではなく、明らかに裏社会を生きてきたといわんばかりの人物であり、周囲には部下らしき人影が何人も人混みの中に紛れている。
「ここは、込み入った話をするには向きません。場所を変えたいのですが」
「こちらもそう思っていた」
宇宙港というのは広い施設である。
辺境の人が来ないようなところは、どうしても資金面から大きさが限られるが、人口が数億を超えるような惑星の宇宙港は、資金面での心配はないためかなり大きい。
そして大きく広いということは、人目につかない場所というのもそれなりに生まれる。
「ここは、改装予定の場所か。指定された業者以外は立ち入り禁止のはず」
「業者に少しばかりの“誠意”を渡せばどうとでもなります」
「それだけ儲かってるとか羨ましいな」
装飾も何もない無機質な通路には、足音だけが響く。
「そういえば、あの女船長からの伝言と、あんたらに渡すように言われた物がある」
「ほう。それはどのような?」
ベックは、そちらの代表と話し合いたいというメリアの言葉を伝えたあと、預けられた注射器を壮年の男性に手渡した。
「中に入ってるのはブラッドという薬、だそうだ」
「……なるほど。こうなると話し合いの場を作る必要があるか」
「それで、俺はどうなる? このまま解放してくれるのか?」
「解放しますとも。ただ、今のうちに聞きたいことが。ベック殿、あなたはこの注射器の中身を口にしましたか?」
「いや、してない。得体がしれない代物を口にする勇気はないんでな。なあ、ブラッドって薬はなんなんだ? 噂は色々あるけど、ここまでの事態を引き起こす代物なのか?」
ベックは逆に質問をした。
しかしその答えは、無言の合図による銃撃だけだった。
実弾は痕跡が残りやすいため、最低限の殺傷能力を満たしたビームが放たれる。
一発だけではあまり致命傷とならないが、何発も当たれば話は別。
そんなビームが何本も、無防備なベックの肉体を貫いた。
「ぐ……くそ、最初からこうする、つもりで……」
「ブラッドという薬の詳細を知る者は少ない方がいい。知りたがろうとしなければ、無事に戻れたものを」
「……下っ端なんぞ、こんな終わりか。ちく、しょう……」
床に倒れた状態で腕が伸ばされるも、命が尽きるとすぐに落ちる。
あまりにもあっけない終わりだった。
「各員、この死体の痕跡が残らないように掃除を。私は伝言と中身の入った注射器を、教授に届けにいく」
「わかりました」
悪党にも格というものがある。
簡単に死ぬ者と、簡単に殺す者。あとは利用する者もいたりする。
宇宙港の中で一人の小悪党が死んでも、それを気に留める者は誰もいなかった。




