68話 撃退したあと
ビームや実弾といった攻撃を受けてアルケミアの被害は拡大していくが、本体である人工知能が存在する区画はまったくもって無事な限り。
どれだけ損傷しようが、そこさえ無事ならどうとでもなるため、特にこれといって回避するような動きはなかった。
やがて、襲撃者たちの包囲を抜けるほどの加速に至ったあと、通信が行われる。
「ルニウ、死にたくないならそろそろ脱出を」
「とりあえず、何をするのか手短に」
「慣性制御システムを切った状態で、急加速と急減速を繰り返します」
「うわ……よりによってそれを」
宇宙を飛び回る船というのは、大気圏内を飛行する航空機よりも、桁違いの速度を出すことができる。
その分だけ人体にかかる慣性も強くなる。
地上を走る車が急ブレーキをかけた時とは、まるで比べ物にならない。
宇宙船にとって慣性制御システムは必須の存在であり、重力発生装置がない船にも搭載されているほど。
そんな大事な機能を切ったまま、急に加速と減速を繰り返せばどうなるか。
「これは潰される前に急いで脱出しないと」
さすがのルニウも顔を青くすると、戦闘を放棄して逃げ出し始める。
その際、近くにいた襲撃者を生け捕りにし、本来は他の施設や船とドッキングする通路から直接宇宙空間へと飛び出す。
宇宙での作業用機械なだけあって、ある程度はバーニアによって自力で移動できる。
「は、離せ!」
「死にたかないでしょ。生け捕りになってる間は生きていられるよ。ま、こっちとしても色々聞く相手がいないと困るし」
通信に答えたあと、ルニウはアルケミアを見る。
次々に宇宙空間へと通じる部分が閉じていき、中にいる者を逃がしはしないというファーナの意思が示される。
「あぁ……人間じゃないって怖い。今更ながらにそう思える」
その直後、アルケミアは急加速を始めた。
数秒もすると急に減速し、方向を変える。
それはだいぶ無茶をしているのか、アルケミアの損傷が拡大するほどだった。
とはいえ、致命的なものではないため、何度か加速と減速が繰り返される。
終わったあと、改めて襲撃者たちとの戦いに備えるが、アルケミアの無茶苦茶な機動を目にしたからか襲撃者たちは離れていく。
「ルニウ、今から回収するから、バーニアを吹かしてこっちに来い」
「今行きます」
それと同時に、宇宙空間を漂うルニウの回収も行われる。襲撃者を機械の手で掴んだ状態で。
「一人だけ捕まえたようだが、どうするつもりだい」
「もちろん、尋問ですよ尋問。どこの誰が襲うように仕向けたのかとか、徹底的に聞き出しますよ」
「……あたしも襲撃を受けた。こうなると、どこから情報が回ってるのとか、詳しく知りたいところだね」
まずはファーナと合流すべきということで、メリアたちはアルケミアへと向かうのだが、格納庫の中に入った時点で凄惨な光景が出迎える。
所々に、赤い塗料をぶちまけたような痕跡が存在していた。
「メリアさん、これって……」
「わかってる、言うな。宇宙船というものが、どれほど恐ろしいかという話でしかない」
潰れた機甲兵、あらぬ方向に折れ曲がっているパワードスーツ、そして圧縮された人型の何か。
これらはすべて、襲撃してきた者の末路である。
人工知能であるファーナによって動かされているアルケミアという船において、生身の人間が決して生き残ることのできない状況が作り出された。
それゆえの光景であった。
「ファーナ、端末をあたしの船に送り込んでこい。とてもじゃないが、この中に停めたくない」
「少々お待ちを」
見るだけでも顔をしかめてしまいそうになるため、メリアはそう言うと、アルケミアの格納庫から宇宙空間へとヒューケラを戻す。
少しして、白い髪と青い目をした少女な姿をした端末をファーナが操作し、ヒューケラへと乗り込む。
これで全員が揃うことになり、まずは一時的に預かるセフィに注目が集まった。
「この子が預かる予定の子ですか。白い髪はファーナみたいですけど、赤い目と褐色の肌は真逆ですね」
ルニウはしゃがむと、興味深そうにセフィの頬を指でつついたりする。
されている本人は嫌がる動きを見せないが、メリアはため息混じりにやめさせた。
「こら、いきなり何をしてる。やめろ」
「これには少し理由がありまして」
「くだらないことなら怒るが」
「肌や肉の感触からして、そこそこ良いもの食ってますよ、この子は。とある犯罪組織から保護された子ということですが、他にも何かあるんでしょう?」
「……厄介な体質に、これまた厄介な能力がある」
薬物となるような血に、その血を飲んだ者を操れるという能力。
これらのことをメリアが説明すると、ルニウは驚いた様子で何歩か下がり、代わりにファーナが前に進み出る。
「これから少しの間、あなたはわたしたちと共に過ごしてもらいます。何か問題を起こせば、他者との接触ができないところに閉じ込めるので、くれぐれも注意を」
「気をつけます」
セフィは丁寧に頭を下げるが、その様子を見てメリアはいくらか疑問に思った。
「セフィ、生まれた時から組織とやらにいたのか?」
「はい」
「そうなると……勉強とか作法とかを教える者がいたか?」
「はい。その人は他の人たちから教授と呼ばれていました」
「教授、ね。生きているのか死んでいるのかわかるか」
「生きていると思います。操られない程度の血を飲み、排除から逃れましたから」
話を聞いたメリアは、思わず舌打ちしそうになる。
セフィの血を、自らが操られない程度に飲むという判断ができる。
それは彼女の血について詳しく知っていないと不可能であり、さらには依存しないよう普段は口にしない慎重さがあるわけだ。
おそらくは、セフィを作り出すことに関わっている中心人物であるだろうし、組織の中でも結構な地位にいたはず。
「……ああ、やれやれだね。しばらくは一般人の暮らしからは程遠い毎日か」
「最初から程遠いので問題はないのでは?」
「そうですよ。そもそも一般人を目指すことが無理があるんですって」
横からファーナとルニウは言う。
それは部分的に事実であるが、だからこそ受け入れがたい。
「ファーナは口を閉じてろ。ルニウは、クビにするという選択肢があるが?」
「そんな脅しは効きません! 私という便利な人材を手放す余裕がありますか? 一通りのことはなんでもできるんですよ?」
「ちっ、とりあえず生け捕りにした奴の尋問だ」
襲撃してきた者たちはいなくなったが、いつまた仕掛けてくるかわからない。
セフィという子どもは訳ありな存在ゆえに、星間連合の警察や軍を頼るのも難しい。
ギャングと通じている者が内部にいる可能性が高いためだ。
なので自力で対処する必要があるが、そのためには情報がいる。
「くそ、離せ! 俺を誰だと思ってやがる!」
「元気な限りで嬉しいよ。多少痛めつけても、死なないだろうから」
ヒューケラの貨物室には、人型の作業用機械の手に掴まれている者がいた。
適当に手足を縛ってから、空気のある区画に運び入れたあと、ヘルメットが外される。
中から現れるのは、どこにでもいそうな男性だった。
「ファーナ、船内を無重力状態に」
「わかりました」
その次は、船内の重力を切ることで全員が浮遊する。
「さあて、次は何をすると思う?」
「へ、へっ、女なんかの脅しには屈するかよ」
「言うじゃないか。それならまずは、顔に水をかけるのはどうだろう」
「……溺れさせるつもりか」
「重力があったら、とてもじゃないができない。しかし無重力なら、少しの水で息ができなくなる」
話を聞いていくうちに察したのか、ルニウはこっそりとコップに入った水を用意してしまう。
「どうぞ」
「気が利くね。おっと、手が滑った」
コップからわずかに水が飛び出し、男性の顔に付着する。鼻や口ではないので呼吸はできるが、水の冷たさは肌を通じて感じ取れる。
「やめ、やめろ……」
「それなら言うべきことがあるはず。……お前はどこの組織の者で、今回の襲撃を仕組んだのは誰だ?」
「そ、それは……言えない……!」
「じゃあ、さよならだ」
メリアはコップの水を、男性の顔にぶちまけた。
重力があれば濡らすだけの水は、無重力であるため顔に張りつく。
男性は必死にもがくも、手足を縛られているのでどうすることもできない。
身体をくねらせ、頭を振るが、水は顔から落ちることなく存在し続ける。
やがて肉体が限界に達しようとした時、メリアはファーナへと合図を出す。
すると、船内に重力が戻って男性の顔に張りついた水は床に落ちていく。
「げほっ……ごほっ……お前、海賊か何かしていたな……」
「で? 話す気になったかい? ここは宇宙船の中だ。人を痛めつける手段はまだまだあるよ」
「ぬうぅ……」
苦しそうに唸る男性と、腕を組んでつまらなそうに見下ろすメリア。
それを近くで見ていたファーナとルニウはひそひそと話し合う。
「メリア様は、ああしているのが一番合ってる気がします」
「確かに。人を痛めつけてる姿が似合い過ぎてるというか」
「そこ、変なことを話してる暇があるなら、次の用意を。宇宙空間を利用する」
「……くそっ、話す! 話すから勘弁してくれ!」
無理矢理にでも聞き出すために、宇宙空間を利用すると耳にして、とうとう男性は降参した。
このあと足だけが自由になると、座れるように椅子が用意される。




