66話 お姫様か怪物か
侵入者が全員死んだあと、星間連合のパトロール艦隊が到着した。
ヒューケラの周囲にいる宇宙船は、一斉に退避を始める。狙いはセフィの捕獲であるが、それが不可能になったためだ。
そして武装した者たちが船内に入ってきた。しかし、中の光景に彼らは思わず息をのんだ。
「な、なんだ、これは」
「倒れている人、大丈夫ですか?」
「……ええ、怪我はありません。そこにいる子も含めて、返り血ですから」
メリアは演技をしつつ立ち上がる。
セフィはどこかぼーっとしたまま座り続けており、目の前に広がる死体の山などどうでもよさそうにしていた。
「これは……あなたが一人で?」
「いえ、数人ほど返り討ちにしただけで、あとはなぜか仲間割れを」
「この者たちはギャングの一員です。何か狙われるような物を所持していませんか?」
「まったく心当たりがありません。どうしてこんなことになったのか……」
嘘をつきながら、悲しそうな声を出す。
セフィについて話すことはできない。薬物となってしまう血、そして血を飲んだ者をどうにかできる謎の能力。
もし話せば、ほぼ確実にセフィと共に拘束されてしまうからだ。
「……なるほど。それでは、この死体は回収します。清掃に関しては、業者を紹介するぐらいしかできません」
「そうですか。あとで向かうことにします」
ギャングによる襲撃はよくあることなのか、詳しい調査は行われず、死体を回収したあとパトロール艦隊は去っていく。
その様子をスクリーンから見るメリアは、わずかに顔をしかめる。
「ずいぶんとあっさりだ。ここは治安の良い星系だってのに」
治安が悪いところなら、ちょっとした犯罪ならろくに調査せずに済ませてしまう。
だが、ここはそうではない。
にもかかわらず、死体を回収しただけで済ませ、血に染まった容器や注射器などはそのまま。
ここで一つの考えが浮かぶ。
「ギャング、か。警察の中に仲間を潜ませてそうだね」
海賊としての経験からメリアは呟く。
警察、あるいは軍の内部に、自分たちと通じている者を送り込み、様々な情報を秘密裏に得る。
そうすることで捜査から逃れたり、色々なことを誤魔化したりすることができる。
さっき来ていたのは、ギャングと通じている者だったりするのではないか?
だから、ろくに捜査をせずに帰った。
「アンナの言っていた組織とやらは、星間連合のギャングとも取引をしている……」
セフィのことをだいぶ知っている者がいた。
構成員のいくらかが逃げ出したか、それとも組織同士に元から深い繋がりがあったか。
何をどう考えたところで、やはり面倒なことに違いはない。
「……まあ、まずは掃除からか」
紹介された業者を利用する気は起きない。作業の間に何を仕込まれるか、わかったものではないからだ。
だからといって、裏社会に属する者が利用するところも避けたい。
星間連合はあまり来たことがないので、信用できるほど口が堅いところを知らないのと、ギャングと通じている可能性が高いために。
「セフィ、船内の掃除をする。手伝えるなら手伝ってもらうけど、できそうかい?」
「はい。いくらかは」
宇宙船での掃除は、宇宙空間においてはそこまで難しくない。
まずは重力のある状態で、見える部分を綺麗にする。そのあと無重力状態に移行し、重いものの下を綺麗にするという順番になる。
侵入者は宇宙服姿でいたため、床に流れている血の量は少なく、あっという間に終わる。
「あとは……破壊された部分は適当に修繕するとして、尖って危ないところの確認もか。でもその前に、色々洗わないといけないね」
血に染まった髪の毛や衣服。これをそのままにすることはできない。
単純に気持ち悪い以外に、衛生面での問題もあるため、メリアはセフィと一緒にシャワー室へ向かう。
「お風呂ですか」
「湯船はない。シャワーだけだよ。なにせ小さい宇宙船だからね」
中型や大型辺りになると、オプションとして入浴できる設備を選べる宇宙船は増えてくる。
とはいえ、選ぶ人は少ない。
常に惑星の近くにいるならともかく、何日も宇宙を飛び続けるような人々にとっては、使う水の少ないシャワーが基本であるためだ。
しかし、重力発生装置が組み込まれていない船に至っては、シャワーすらも存在しなかったりする。
「二人だと狭いから、どっちから先にする?」
「どちらでもいいです」
「なら、先に洗うといい。あたしは無事な着替えを見繕う」
船内で銃撃戦が起きた影響により、ぼろぼろになった衣服が増えていた。
メリアが使い物になりそうなものを探している間、セフィは服を脱いだあと一人でシャワー室の中に佇む。
「どれを使っていいですか?」
「石鹸とかシャンプーは、好きなのを使えばいい」
洗うのに時間がかかっているのか、三十分ほど過ぎてからセフィは出てくる。
メリアはタオルを渡して着替えを近くに置くが、褐色の肌をした腕にいくつもの注射の痕があるのを見つけると、わずかに顔をしかめた。
「その腕は……」
注射器で血を抜いたこれ以上ない証拠であり、肘まで届くような白く長い手袋は、この痕跡を覆い隠すための代物であることが明らかとなる。
「腕から注射器で血を抜いてました。一週間に一度」
「……これからは、血を抜かれることはない。安心していいよ」
「そうですか? 血を抜かれて、それを飲んだ人がいるなら、どうにでもなります。さっきのように」
「セフィの意思によって、あいつらは死んだのか」
「血をたくさん飲んだ人を操れます。簡単でした」
淡々と語っていく、白い髪と赤い目をした少女。
薬物となるような血に、血を飲んだ者を操ることができるという組み合わせは、能力としては恐ろしいものがある。
これは可哀想なお姫様ではなく、形容しがたい怪物ではないのか。
そんな風にメリアは頭の片隅で考えるも、口に出したりはしない。
目の前にいる少女の口から、より驚くことが語られるからだ。
「この力で組織を壊滅させたあと、まさかアンナみたいな人が来るとは思いませんでした」
「……どういう意味なのか教えてもらいたいね」
「血を飲んだ人に命じて、血を飲んでない人を排除してもらい、警察に連絡を入れさせました。そうしたら、なぜかアンナに連れ出されて、メリアに預けられることになりました。なんというか、組織の人たちと似たような雰囲気があります」
「……元海賊だ。今は足を洗ってる」
「そうですか。しばらくよろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げたあと、着替えに袖を通し、そのままパックに封入された食事を探し出して口にする。
服のサイズが合っていないのでぶかぶかだが。
遠くから眺めるだけなら、愛らしい少女に思えなくもないが、彼女自身が語った内容は、とてもではないが気を抜けるものではない。
「血を飲んだ者を操れるらしいが、あたしは操られるのか?」
「いいえ。操るには、たくさん飲んでないとできません」
「そうかい。それはよかったよ」
あの時、口にした血はほんのわずか。
内心ほっとするメリアだったが、問題は、このあとどうするべきか。
セフィがいる限り、ほぼ確実にギャングに狙われ続けるため、なんでも屋どころではない。
こうなっては、ファーナやルニウと協力する必要があるのだが、個人的にはルニウと一緒にいるのは気が進まない。
あまりにも受け入れがたい変態であることが判明してしまったがゆえに。
「…………」
「悩んでいますが、何かを選ぶ時は早い方はいいです」
「……経験談かい?」
「はい。このまま代わり映えのない日々を過ごすよりは、組織を壊滅させて新しい道を選ぼうと思いました」
「なるほど、ずいぶんと決断力のある子だ」
自分よりも圧倒的に年下のセフィにそう言われては、苦笑するしかない。
メリアはシャワーを済ませたあと、操縦席に座り、進路をアルケミアへと向けた。
より正確には、別の星系に繋がるワープゲートのあるところへ。




