65話 特別な血 特別な能力
状況は、端的に言って最悪の一言。
操縦室のスクリーンに映し出されるのは、一隻の小型船のみ。
しかし、攻撃は四方八方から行われている。
光学迷彩を施した宇宙船が、周囲に何隻も潜んでいるのは明らかだった。
「ずいぶんとまあ用意周到な襲撃だね。……アンナが仕組んだか?」
アンナからセフィという少女を引き取った直後の襲撃。
いくらなんでも無関係に思えるほどピュアではない。
幸いにも、アンナの船はまだ同じ星系にいるため、メリアは通信を入れた。
「大変そうね~」
「おいこら、今から撃ち落としに行くぞ」
こちらの状況を知っていながら、のほほんとした様子でいる。
これはメリアにとって看過できない反応であり、すぐさま質問が行われる。やや苛立ち混じりな声で。
「説明しろ」
「通常の通信って記録に残るからあまり詳しいことは話せないけど、今あなたを襲ってる者の動きに注目してみて」
「は? 何を言って……」
途中で言葉は止まる。
何隻もの船に囲まれたまま攻撃されているが、今のところ船体は無事。
それは、とある意図があって襲撃者たちが加減しているからに他ならない。
こちらを沈めないようにしつつ、推進機関だけを無力化し、直接乗り込むことを企んでいるわけだ。
そこまで考えた時点で、メリアは舌打ちをする。
「……どうやら、とても“大事な荷物”を奪いたいようだね」
大事な荷物が誰なのかは言うまでもない。
「この星系のパトロール艦隊に通報はしておいたから、しばらく耐えて」
「最後に一つ、どういう超能力なのか詳しい説明を。いきなり発動されて対処できないという事態は避けたい」
「一般的に知られてるものではなく、血を媒介とするもの、とだけ。すぐにわかるわ」
「アンナ、それはどういう……」
意味深なことを言い残して通信は切れる。
さらに苛立ちが増すメリアだったが、今は襲撃者たちに対応しなくてはならない。
攻撃は推進機関に集中しており、船内にいる者のことを考えない機動を行うなら、回避自体は容易である。
「さて、次は……うっ!?」
突如訪れる不快感。
吐き気や頭痛のあと、今度はわずかな違和感が頭の中に感じられるため、自然と表情は険しくなる。
その時、通信が入ってくる。襲撃してきた船から。
「ちっ、どこの誰だい。人様の船に攻撃仕掛けてる馬鹿は」
「へっ、へへっ、お前さんこそ、馬鹿呼ばわりできるもんかよ。飲んだんだろ? あのガキの血を」
「…………」
「黙っててもわかる。あの血を飲んだことがあるなら、飲んだ奴の居場所はぼんやりとな。それだけじゃない。工場たるガキの居場所はくっきりと、頭の中にある奴らが示すんだ」
「うるさいよ、口を閉じてろジャンキー」
メリアは通信を切ると、軽く頭の中に意識を集中させてみる。
頭の中に残る違和感が、まるで矢印のように様々な方向を指し示す。
この感覚こそ、中毒者となった何者かが言った“頭の中にある奴ら”なのだろう。
「はぁ……アンナはこれを知ってたね。今度会ったら一度殴ってやろうか」
愚痴を口にしつつも、メリアは頭の中の違和感に従ってヒューケラを操縦していく。
光学迷彩によって姿が見えない船があるのか、何もない宇宙空間を指し示しているため、まずはそちらから仕留めようというわけだ。
ヒューケラは海賊船であった時の武装をそのまま搭載しており、何度か宇宙空間へビームを放つ。
数秒後、小さな爆発が起きて隠れていた宇宙船の姿が現れたあと、大きな爆発へと繋がり、あちこちに散らばるデブリの一つとなる。
「まず一つ」
メリアが明確に居場所を把握していると知ったからか、襲撃者の動きには乱れが生じる。
これは好機であり、少しでも不利な状況を覆すため、見えない相手を優先的に狙う。
光学迷彩を維持すれば、どうしてもシールドの方に回すエネルギーが減ってしまい、通常では小さな損傷になる一撃でも、大きな被害へと繋がる。
三隻ほど沈めたあと、光学迷彩を解除して慌てて逃げる船ばかりとなった。
「ヒュー、やるもんだ」
「のんびり通信する余裕があるのか?」
レーダーには、星系内で問題がないかあちこちを巡回しているパトロール艦隊の反応があった。
数分もすれば到着するわけだが、通信してきた襲撃者の男性は、喉を鳴らすような笑い声を出す。
「慌てても仕方ない。貰うものを貰えばいいわけでな」
「へえ? どうやってこの船から……」
会話の途中、ヒューケラはわずかに揺れる。
それは攻撃が当たったからではない。
何かデブリのような物がぶつかったからでもない。
つまり、何者かが強引に侵入してきたと考えるのが妥当だった。
「こっちの船はずっと動いていた。いつから仕込んでいた?」
「いやいや、仕込みなんてしてねえよ。血……いや、ブラッドという薬を求める命知らずが大勢いるからな。運良く辿り着いた奴がいるわけだ」
「ちっ、殺してやるから覚悟しな」
「薬を目の前にしたジャンキーたちを抑えることができるかな?」
「殺せば動きは止まる」
メリアは舌打ちしたあと、ヒューケラを自動操縦に切り換える。
外の船はパトロールがどうにかするとしても、中に入り込んだ者の排除は自分でしなくてはならない。
いざという時に備えて、操縦室の中には武器の入った小型コンテナが存在する。
違法な銃器に満ちているため、軽く武装を整えたあとメリアは操縦室を出た。
「セフィ、無事か?」
「はい」
セフィが寝ていた個室に急いで向かうと、白い髪が少しぼさぼさになった少女の姿が存在した。
船内に侵入者がいるので操縦室に避難するように言うも、移動する前に侵入者がやって来るため、船内での銃撃戦が始まってしまう。
「そこにいるんだろ!? あのブラッドを生み出す子どもが!」
「そいつさえ渡せば、船長さんの無事は保証する。頼むよ」
「黙れ。勝手に入ってきて撃ってきたくせに、よくもまあそんなことが言えるね」
相手は宇宙服姿なのでどういう状態にあるのかはわからない。
しかし、明らかにまともではないのが予想できる。
それを証明するかのように、数人ほど仕留めると、今度は仲間の死体を盾にして突撃してくる始末。
「うおおおお! 頭の中であれが示している! そこの部屋にいるのだと!」
「くそが……痛みを感じてないのか?」
あまり隠れていない足を撃つも、速度が遅くなるだけで立ち止まったりはしない。
多勢に無勢、とうとうメリアは引きずり出されて床に押さえつけられる。
「ぐっ……」
「悪いね、船長さん。ブラッドを口にした者同士、仲良くやろうよ。殺しはしないからさ」
そしてセフィは腕を引っ張られながら出てくる。
「よしよし、こっちだ」
「おい馬鹿、手荒に扱うなよ。怪我でもしたら、もったいないだろうが」
「うーん、ナイフ……はよくないな。おい、注射器だ注射器! 未使用のを消毒しろ、早く!」
あっという間に、血を採取する用意は整えられる。
それなりにセフィを気遣っているのは、彼女が死ねば、自分たちの望む代物が永遠に手に入らなくなるのを理解しているからだろう。
注射器の中に赤いものが少しずつ満たされていき、いっぱいになったあと、小さな容器に中身が移される。
「おお……」
「これから毎日飲めるわけだね」
「このブラッドってやつは最高だ。今までの薬なんかよりも、よっぽど」
目の前でおぞましい光景が繰り広げられるも、押さえつけられているメリアにはどうすることもできない。
襲撃者たる男女は、それぞれの容器に入った血を貪ったあと、さらにセフィから血を採取しようとする。
「これ以上はだめ」
だが、セフィが首を横に振りながらそう言うと、一瞬動きが止まったあと、気にせずに注射器を褐色の肌に近づけた。
「知ったことか。死なないようにするから黙ってろ」
「どうしても欲しいの?」
「ああ、そうだ」
「そっか。なら死んで」
「は? 何をほざき……ぐ、ぎ、ごごごご」
襲撃者の一人は、言葉が途中で止まると全身を痙攣させていく。
そのあと、持っている武器を周囲の者に向けて放ち、最後には自分の頭を撃ってしまう。
生き残ったのは、セフィ以外にはメリアのみ。
「なんなんだ、今のは」
「勝手な人がいた。だから死んでもらった」
「……そうかい」
よくわからない説明だったが、ただ一つだけ確かなことがある。
このセフィという少女をしばらく預かる仕事は、ただそれだけで非常に厄介であるということ。
襲撃以外に、彼女自身のなんらかの能力も含めて。




