64話 特異な体質をした少女
「はあい。元気にしてた?」
「……そっちは相変わらずなようでなにより」
事前に示された場所は、星間連合の中でも治安が良い星系。
有人惑星が三つあるため、警察やそれ以外の人々の目があちこちに向いている。
そこにメリアは一人で訪れていた。指定された座標へ時間通りに。
アンナが操縦しているだろう小型船とドッキングしたあと、アンナと共に宇宙服姿の子どもがやって来る。
背丈はファーナと同じくらいか、それよりも小さい。
「ずいぶんと小さい。いくつだ?」
「捕まえた組織の人間から聞き出した話によると十五歳。背丈が小さいのは、遺伝子操作をし過ぎたことによる弊害らしいわ」
「遺伝子操作……」
遺伝子操作と聞いてメリアの表情は険しくなる。
まず思い浮かぶのは、キメラという異形の生体兵器。
あれは様々な生物の遺伝子を組み合わせたことで生まれたわけだが、思考する柔軟性があるため、場合によっては機械の兵器よりも厄介な代物である。
「まずは顔を見せての挨拶といきましょう。色々とこの子についての説明をしないといけないし」
アンナもキメラのことを思い浮かべたのか、少し顔が歪むがそれをすぐに隠す。
そのあと宇宙服姿でいる子どものヘルメットを外し、宇宙服自体を脱がせた。
中から現れるのは、白い髪に赤い目を持ち、さらに褐色の肌をした少女だった。
「組織の方では薬と呼ばれていてね。新しい名前は、この子自身に決めてもらったの」
「……セフィ」
少女は小さな声で自分の名前を口にする。
いくつか提示された名前の候補から、セフィという名を選んだとの説明がされたあと、アンナは持ってきた荷物の中から注射器を取り出した。
それだけではなく、トレーに消毒用の液体や綿なども揃えられる。
「アンナ、その注射器で何をするつもりなのか教えてもらおうか」
「どうしてセフィが薬と呼ばれていたか。それを示すため」
組織の人間を捕まえたからか、アンナは色々と知っている様子だが、当然ながらメリアにとっては訳がわからない。
疑問に思っているうちに、注射器による採血が行われた。
少しずつ赤い色に満たされていき、半分ほどになった時点で採血は終わる。
「で、その血をどうする?」
「手の上に出すから、舐めてみて」
いきなり他人の血を舐めるように言われ、メリアは無言でビームブラスターに手を伸ばす。
「待って待って。説明をしやすくするためだから」
「……何かあったら訴えるよ。今のあたしは一般人なんだ」
「それにしては物騒な戦力を抱えてるわけだけど……まあそれは置いといて」
メリアは、手のひらに何滴か落ちた赤い血を見つめたあと、軽くにおいを嗅ぐ。
すると、目の前の景色がわずかに揺らめく。
明らかに異常で危険な血だが、わずかながら舌で舐めると、数秒後には、存在しないはずの光景が目の前に現れてはすぐに消えた。
「なんだ、これは。普通の血じゃない」
「においを嗅ぐだけなら、景色が揺らめくだけ。舐めれば、幻覚を見ることになる」
「血そのものが“薬”になるってわけかい」
ここで口にした薬は、普通の医薬品ではなく、いわゆる違法な薬物としての意味がある。
「普通の……いや普通じゃないんだけど、そういう薬物と同じかそれ以上の効果があるわけ」
メリアは、セフィという少女を見る。
宇宙服を脱いだあとは、白い衣服に白い薄手の手袋をしているのが確認できた。手袋は普通のではなく、肘まで届くほどに長い。
褐色の肌、赤い目、そしてそれを覆い隠すような白くて長い髪。
見ていくうちに思わず舌打ちをしてしまう。
「悪趣味だね。生きている薬物の生産工場というわけか。どう遺伝子を弄くれば、そういう風になるんだか」
「ね? 表沙汰にできないでしょ?」
「……他に同じような存在は?」
それは重要な問いかけだった。
一人か、それ以外にもいるのか。
答え次第で、今後どうするか大きく変わるからだ。
「幸か不幸か、大勢作られた中で成功したのはこの子だけとのこと。あとは普通の子ばかりだから、公的な機関に保護を任せてる」
「わざわざ、このセフィという子をあたしのところに連れてくるのは、色々な法を違反しているだろうに」
「それを言われると耳が痛いけど、そうする必要があると考えたまで」
面倒事が増えるのを嫌うという個人的な目的以外に、社会に対する影響も考えている様子のアンナ。
しかし、メリアは軽く息を吐くと頭を振る。
「一番手っ取り早いのは、殺すことだ」
「ならあなたが殺して? 私がいなくなったあと、適当に空気が漏れる事故とか起こせばいい」
「…………」
「できないなら、しばらく面倒を見ててね」
「アンナ」
「うん?」
「この子の体質はどうにかなるのか。ならない場合は危険過ぎる」
違法な薬物と同等の効果がある血の流れる少女。
今をどうにかやり過ごしたとしても、普通に生きていくことが難しいのは容易に想像できてしまう。
「その調査も兼ねて、あなたに預けるの。組織の方では、様々な薬を食事に混ぜて濃縮させていたみたいだから。薬抜きの生活で改善されることを願ってるけど」
「つくづく、ろくでもない……」
メリアは大きなため息をついた。
クローンとして生み出され、失敗作の烙印を押されて処分されそうになった自分と同じくらいには、セフィという少女はひどい目にあっている。
そんな世の中に、どうしてもため息が出る。
「そんなろくでもない世の中を、少しでも良くするために私がいるわけ」
「頑張ってほしいもんだね」
「ま、宇宙とか銀河とか広すぎるから、対応できる範囲には限りがあるけれど。またね~」
軽く手を振りながらアンナは自分の船に戻っていき、ヒューケラの船内にはメリアとセフィだけとなる。
「既にアンナから聞いているだろうけど、あたしはメリア」
「はい」
「しばらく面倒を見るから、言うことを聞くように。惑星とかには降りられない関係上、宇宙船暮らしになる。なので事故とかが危ないわけだ」
「はい」
「……何か食べたいなら、そこの箱の中に、パックに封入された簡単な食事が入ってる」
「はい」
セフィとやりとりしていくメリアだったが、抑揚のない短い返事しか来ないため、どう接するべきか悩み始める。
相手は自分よりも圧倒的な年下であり、正直なところ、こんな子どもを相手にするのは初めて。
まさか、荒くれ者ばかりな海賊と同じような対応をするわけにもいかない。
「食事以外にも、何かしたいことがあるなら言うといい」
「眠りたいです」
「空いてる部屋に案内しよう」
これでしばらくは悩まずに済むため、内心ほっとしたメリアは、船内の空いている部屋にセフィを連れていく。
そこはルニウが使っていたところだったが、ルニウと一緒にいたくないメリアの意向を受けたファーナにより、既にいくらか片付けられていた。
「あたしは操縦室に戻る」
「おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
操縦室に戻ったあと、宇宙空間を飛びながら考え込む。
明らかに普通ではないセフィという少女。
しばらく面倒を見ることになったとはいえ、果たして引き受けるべきだったのか今でも悩んでしまう。
メリアの頭の中では、答えの出ない考えがぐるぐると回っていたが、それを中断させる出来事が起こる。
ビーッ! ビーッ!
「シールドを貫く攻撃!? くそ、いったいどこから」
船体を守るシールドは、ちょっとやそっとでは消えたりしない。
宇宙空間を航行する宇宙船にとって、普通の装甲以上に重要なそれが貫かれる。
危険を示す激しいアラームは、自然とメリアの意識を戦闘へと向けさせた。
「そこか!」
追撃として放たれる高出力のビームを回避するヒューケラだが、そのせいで船内は大きく揺れる。
一瞬、寝ているセフィのことが思い浮かぶものの、今は突然の襲撃者をどうにかすることが最優先だった。




