62話 応募者との面接
「うーん……」
アルケミアの大きな一室の中、メリアは唸っていた。
今いるのは、起業したので会議用にとりあえず用意した部屋である。
視線の先にあるのは、持ち運べる適度な大きさをした端末の画面。今は会社の現状が表示されていた。
会社の名前はアルケミア。これは人工知能たるファーナの本体が存在する、古い時代の大型船アルケミアから取った。
さすがに自分の名前を使う気にはなれなかったのだ。
「メリア様、どうされました?」
「これからの経営方針で少し、ね」
基本的に、いつもメリアの近くをうろちょろしているファーナは、興味深そうに端末の画面を見る。
三隻の宇宙船を使用した今回の仕事における収支が書かれていた。
これといった被害を出さずに終えたため、かなりの黒字となっている。
「儲かっています」
「それは見ればわかる。問題は、いつも美味しい仕事が来るわけじゃないということ」
「宇宙船を使った大きい仕事でないと、なかなかに困った感じになりそうです」
「小さい仕事でも、会社の名を少しは売れるからいいけど、その場合は人手がね」
人間はメリアとルニウのみ。
まさかファーナを送り込むわけにもいかない。
その時、扉が開いてルニウが入ってくる。
「メリアさん、次はどんな仕事にします? あるいは、初仕事成功のお祝いにパーティーでも」
既にパーティーをする気なのか、水色の髪は軽くまとめられていた。
「ちょっと将来の方針で悩んでてね」
「大きい仕事ばかり受けるのか、小さな仕事にも積極的に手を出すのか。こんなところですか?」
「大まかには。ただ、大きい仕事はそうそうあるものじゃないし、小さな仕事は人手が問題になる」
「増やせばいいじゃないですか。メリアさんは社長ですよ社長! 従業員を募集しましょう。そして私が面接します!」
「……入ってくる新人に、先輩風を吹かせたいだけだったりしないだろうね?」
「そ、そんなわけないじゃないですか」
図星だったのか、わかりやすくうろたえるルニウであり、それを見たメリアはやれやれといった様子で頭を振る。
「ひとまず、適当な惑星で募集してみるとしよう」
人口の多い惑星が複数ある星系へ移動したあとは、宇宙港で社員を募集する。
あまり大量に応募されても面倒で仕方ないため、三人が応募してきた時点で打ち切った。
面接会場は、宇宙港に停泊しているアルケミアの一室。
そこには緊張した面持ちの男女が揃っていた。全員若く、落ち着かない様子で辺りを見ていたりする。
面接に関してはメリアが行うものの、ファーナやルニウも同席している。
「応募してきた君たちのプロフィールには目を通した。最後にいくつか聞きたいので答えてほしい」
メリアがそう言うと、まずは若い男性が前に進み出る。
「よろしくお願いします!」
「まずは君からか。どうしてうちで働きたいと思ったのかな? 一つの惑星に留まることは少ない。宇宙船で過ごす日々に耐えられる者のみ募集しているわけだが」
「色んな惑星を訪れてみたいと思ったからです。それに……ルニウさんのような綺麗な人と一緒に働けるなら宇宙船暮らしは苦ではありません」
面接に来た男性の言葉に、同席していたルニウはやや驚いた様子となるも、そのあとは自慢そうな表情が浮かぶ。
「おっと、ふふふ、どうやら私も罪な女ですね。いやー、困っちゃうなあ」
そんな呟きを耳にしたメリアはなんともいえない表情になるも、サングラスのおかげで誰にも気づかれない。
「……あー、まあ、そうだね、悪いんだが社内恋愛は今のところ禁止してる。申し訳ないが採用はできない」
「そ、そうですか」
「今は規模が小さいからね。この会社が大きくなったら、また応募するといい」
不採用を伝えられた若い男性は、一礼してから去っていく。
付き添いとして、ファーナが動かす少女型の端末に外まで案内されながら。
なお、動かしている少女型の端末については、すべて同じ姿なのを知られないようにするため、宇宙服とヘルメットで姿を完全に隠している。
「さて、それじゃ次の人、前に」
「よ、よろしくお願いします」
次は眼鏡をかけた若い女性が前に進み出る。
一目見ただけで気弱な性格なのが見て取れるが、少しするとハキハキとした様子で話し始めた。
ただ、焦りがあるからか少し変な言葉となる。
「私がこのアルケミアに応募しましたのは、常に色んな惑星を巡りますからです」
「焦らなくていいよ。うちは小さい会社で、応募してきた人数も少ないから」
あまり大勢と面接したくないので途中で募集を打ち切ったのだが、それについては隠すメリアだった。
「は、はい。それと言いにくいことなのですが……小さい会社だからこそ応募した部分があります」
「なるほど。今は好きなだけ正直に言っていいよ。客を相手にする場合は、言葉を選んでもらうことがあるけど」
「わかりました。最後に、私は社長であるメリア・モンターニュさんの写真を目にし、この人みたいになれたならと思いました」
「うん?」
先程までの弱気な部分が薄れると同時に、違和感を覚える。
眼鏡の女性は周りが見えていないような感じで話し始めたのだ。
「社長の写真だけ、わざと雑に撮ってありました。社員であるルニウさんはしっかりと撮れているのに。これはつまり、世間から隠すべきお姿があるということに他ならず、こうして直接お会いすることで理解しました。メリア社長の美しさは銀河を轟かすほどのものであり、俗世に広まっては困るというものです。そうであるからには、私という存在はちっぽけですが、それでも全力でメリア社長を支える者となり……」
「待った! それ以上話さなくていい!」
少しずつ早口になる眼鏡の女性の話を無理矢理に中断させたあと、メリアはため息をつく。
「……えー、申し訳ないが不採用ということで」
「そ、そんな……!!」
「求めているのは従業員。それ以外の者はいらない」
「う、うぅ……そうですよね、盛り上がり過ぎました。失礼します」
ファーナの動かす人型端末に連れられて眼鏡の女性がいなくなったあと、メリアのところにメッセージが届く。
“メリア様の美しさに注目する。あの人はなかなか見所があるとは思いませんか?”
それはファーナからのものであり、返信として、黙ってろという短いメッセージが入力される。
「最後の人、前へ」
「はい。本日はよろしくお願いします」
最後は落ち着いた女性が前に出てくると、丁寧に一礼する。
これまでの二人と比べて、明らかにこういう場に慣れており、受け答えにもおかしい部分は見当たらない。
とりあえずはまともな人物に思えたため、メリアは消去法で彼女を採用しようとする。
「ひとまず仕事の流れを……」
「お待ちください。重要な質問があります」
女性は言葉を遮りながら手をあげるため、メリアは不思議そうに首をかしげた。
「ええと、何を聞きたいのかな?」
「アルケミアの公式ページには、社員以外に備品の項目がありました。人型のロボット、と」
視線は明らかにファーナの方へと向いており、しかもいくらか邪なものが混ざっている。
「そこにいる少女型のロボットがそうなのですね?」
「……一応は」
この時点で嫌な予感がしてくるものの、いきなり追い出すわけにもいかない。
黙って続きを聞くしかなかった
「帝国、共和国、星間連合、そのどこにおいても市販されていないタイプであり、個人のカスタムにしては動きが滑らか過ぎます。……解体して中身を確認することは可能でしょうか? それが無理なら、どのような素材なのか手で全身を触れたりなどは」
もはや興奮を隠しきれないといった様子は、どこからどう見ても危険人物でしかないが、その極めつけともいえる言葉が出る。
「社長も小さい子が好きなようで嬉しく思います。人に近ければ近いほど、販売には強い規制がありますが、どこでそのようなロボットを入手されたのか詳しいお話をぜひ」
人型のロボットは、外見が人間に近くなればなるほど、様々な制限と手続きが待ち受けている。
今のファーナは、一目でロボットであることがわかる部位ばかりだが、そういった部位を隠せば人間として振る舞えるほど人に近しい見た目をしている。
例えば、ぶかぶかな服を着せたなら白い髪をした少女にしか見えなくなる。
そんなファーナに対して興奮している彼女は、明らかに普通ではない人物であるわけだ。
「ルニウ、こいつをつまみ出せ! やっぱり不採用にする!」
「わかりました。いやはや、とんだ伏兵がいたもんですね。まあ、初見だとそう勘違いするのも無理はないんですけど」
「言ってる場合か」
ルニウは遺伝子調整されて生まれた人間であるため身体能力はかなりのもの。
少なくとも、一般人相手なら余裕を持って対処できる。
最後の応募者もいなくなった静かな一室において、メリアは盛大にため息をついた。
「……くそ、まともな奴はいないのか。海賊とは別方向でひどい一般人がいるとか、勘弁してくれ」
その時、肩を叩く者がいた。
今まで静かにしていたファーナである。
「メリア様、わたしをお忘れですか。ここですよここ」
白い髪を揺らしながら自慢げに言うが、メリアは否定するかのように頭を振る。
「はぁ……これだけははっきりと言える。ファーナはまともじゃない」
「今まで助けてきたじゃないですか。わたしがいないと、死んでいたような場面はあるはずです」
「それはそれ。これはこれ」
やがてルニウが戻ってくるので宇宙港を出る。
なんの実りのない面接は、時間を無駄にする以外にも、精神的な疲れが溜まってしまう結果に終わる。
新しく募集しても変な奴が紛れ込むんじゃないかというメリアの懸念により、しばらくは宇宙船を複数使うような大きい仕事を探すしかなくなった。




