60話 起業のための下準備
なんでも屋として正式に活動するためには、会社を設立しなくてはいけないが、そのために必要なあれこれを用意するのはなかなかに大変である。
そこでメリアは、海賊としての伝手を使うことにした。
「メリアさん、海賊から足を洗う予定なのに、そういう伝手を使うのっていいんですか」
「……よくないとは思っている。しかし、こればかりはどうしようもない」
かつて貴族の養子であったメリア・モンターニュという人物は、既に死亡していることになっている。帝国ではそう記録されているのだ。
今ここにいるのは、ただのメリア。
それゆえに、銀河のどの国においても正式な国民として登録されておらず、偽造した身分証を利用するしかない状態にある。
「ファーナ、ディエゴの馬鹿に連絡を」
「はい。少しお待ちください」
今はマージナルから離れ、何もない宇宙空間を進んでいた。
別行動させていたアルケミアと合流する予定であり、そのあと星間連合へ向かうことになっている。
ファーナが連絡を入れてから十数分、ようやく通信に反応があった。
「……お、お前、生きていたのか?」
安定性を高めるため、音声のみの通信であったが、驚いている姿が簡単に予想できるほど動揺した声が聞こえてくる。
「元気に生きてるよ。ろくでもない状況だったけれどね。むしろ、そっちこそ何があった?」
「俺自身は何もない。ただ……あのパンドラに襲撃をかけた奴の中で生き残ったのは、ほんのわずかだ。ほとんどが死んでしまった。それに加えて、連日放送されるあのニュースだ。……とにかく関わりたくない」
「ふん、他の海賊と色々やって来た工場長にしては、ずいぶんな怯えようだね」
ディエゴは、海賊だけが利用する宇宙港に修理工場を構えている工場長であり、それだけ他の海賊と共に違法なことに手を出してきた。
それだけ場数を踏んできたはずが、今はこういして怯えた様子でいる。
悪党にしてはずいぶんと弱々しい有り様に、メリアは無言で肩をすくめてみせた。
「怯えるさ。俺もお前も、小悪党でしかない。大企業に比べれば」
「確かに。あれだけのことができる海賊なんかいないだろうね」
「あの分だと、帝国にでかい協力者がいるわけだ。そうなると……パンドラの一件に関わった奴に対する復讐が行われるかもしれない。それが恐ろしい」
「怯えるのはあたしが死んでからにしろ。頼みたいことがある」
このままでは本題に移れないので、舌打ち混じりにメリアは言い放つ。
それを受けてか、ディエゴは通信越しに何度か唸ったあと、最後には渋々といった様子で息を吐いた。
「なんだ?」
「ホライズン星間連合に行ったあと海賊から足を洗う。その手伝いを頼みたい」
「無駄なことを。手伝うが、どうせ戻ることになるぞ」
「その時はその時だよ。このままずっと海賊ってのもね」
「……こうやって通信をするのも残りわずかか。身分証とかは向こうで用意するんだな?」
「ああ。あたしの痕跡を消して、辿れないようにしてくれ。新しい人生をちょっと始めてみるつもりだから」
「よく言うもんだ。前金は早めにな」
通信はこれで終わる。
メリアはすぐさま秘密の口座から、支払いに指定されている口座へとお金を送り、操縦席で目を閉じた。
「ファーナ、ルニウ」
「はい」
「なんですか?」
「星間連合に到着してからしばらくの間は、あたしだけで行動する。どっちも船内で待つように」
「なぜですか?」
「そうですよ」
納得できないといったそれぞれの反応に、メリアは軽く頭を振る。
「ファーナとルニウは、既に人前に姿を晒してる。常に一緒にいたら、そっちの線から色々辿られるかもしれない」
「なら我慢するしかありませんか」
「ちなみに、一緒に行動するのを控える必要があるのは、いつまでだったりします?」
「会社を設立するまで。ファーナは、中古品として流れてきたのを購入した。ルニウは、会社に応募してきたのを雇った。そういう形にしておく」
ある程度の流れは既にできているようで、特に批判などはないまま日々は過ぎていく。
数日かけて、巨大な船であるアルケミアと合流したあと、ホライズン星間連合へと向かう。
幸いにも、マージナルが存在した星系は三つの国がそれぞれ隣接するような地域にあるため、別の国に移動する時間はあまりかからない。
「今はなんだかんだ平和ですけど、いざ戦争になったら、ここってかなり面倒な地域な気が」
「今から向かうのは、そんな面倒なところにある星間連合側の星系だよ」
「うへえ、なんだか怖くなってきましたよ」
距離が近いこともあって、さらに数日が過ぎるとホライズン星間連合の領域へと進入する。
色々と厄介な地域にあるからか、警備艦隊があちらこちらに見えているが、他国と通じるワープゲートから巨大なアルケミアが現れても、意外なことに無視したままでいた。
「メリア様、わたしたち無視されてませんか?」
「ここはある程度の無法地帯。警備艦隊の前で戦ったりとかしなければ、わざわざ呼び止めてくることはないよ」
「なぜですか」
「禁制品の輸入や輸出のため」
「それはまた……」
これはなかなか治安のよろしくないところに来てしまったと言いたげなファーナであるが、メリアは操縦席から片手をひらひらと振ってみせる。
「大丈夫。長居はしないし、すぐにここよりは治安の良い隣の星系へと向かう」
「何事もないことを願うしかありません」
「あたしとしても気をつけるさ」
まずは一番近いコロニーへ向かう。居住性よりも生産性を重視した四角い箱のような外観のところだ。
基本的に、一般人は宇宙港を通じてしか惑星を行き来できない。
宇宙から直接大気圏に突入していいのは、許可を得た限られた船のみ。その逆もまた同じ。
しかし、宇宙空間に存在しているコロニーにはそういう規制はない。
なので惑星よりも素性の怪しい者が集まりやすい。
「こちらヒューケラ、中に入りたい」
「許可します」
ヒューケラをコロニーの外郭部分に進入させ、管制の誘導に従って着陸させる。
この辺りは空気がないため、メリアは宇宙服姿のまま降り立つと、人間用のエアロックからコロニー内部に足を踏み入れた。
「さーてと、どこに行ったもんだか」
コロニー内部はいくつもの区画に分けられていた。
どこかが破損して空気が失われても、すぐに隔壁を閉じて損失を減らせるようにするために。
そのせいで宇宙から見たよりも中は狭く感じるが、それでも宇宙港よりは広々としている。
メリアが有人タクシーを利用すると、運転手は気楽そうに話しかけてくる。
「お客さん、どこにします? まともな方か、まともじゃない方とかありますけど。へへっ」
「まともじゃない方」
すると、運転手は何か考え込むような表情になったあと手を差し出した。
「案内料。現金で」
「やれやれ、通常料金とは別かい。ほら」
現金を指定されたので、目の前にある手の上に置くと、すぐに有人タクシーは移動を始めた。
移動の間、運転手は無口なままだった。これは面倒事になるのを避けるためだろう。
やがて目的地らしき建物の前に到着すると、移動分の料金を受け取ってから運転手は小声で言う。
「金だけじゃどうにもならないことはある。それじゃ」
「それはどうも」
去っていくタクシーを見送ったあと、メリアは建物の中に入る。
内部は一般企業のように思えたが、出入りする者が普通ではない。
刺青を見せつけるような格好をした荒くれ者、完全武装の兵士らしき脱走兵、海賊も普通に混ざっている。
そんな者たちの中では、ただの宇宙服姿のメリアはある意味目立つ。
「ご用件は?」
受付にいる女性は一般人のように見えるが、少し視線をずらせば、こっそり武装しているのがわかる。
「綺麗な経歴」
「何をお求めか、私にはわかりかねますが、あちらへどうぞ」
示される先にあるエレベーター。それは乗り込むと自動で別の階層へ移動していく。
受付はわかっていない振りをしていたが、それが演技であることは少しして明らかとなる。
エレベーターの扉が開いた先は、いくつもの店舗や大量の武装した者たちを見ることができた、
「おっと待ちな。全身隠してどこへ行く?」
「ここではないどこか。邪魔だよ」
目の前に立ち塞がる者がいたが、メリアは非殺傷設定にしたビームブラスターを何度か撃ち込むことで、あっという間に無力化した。
「て、てめぇ……いきなり撃つとか、いかれてる」
「安心しな。非殺傷設定にしてあるから。動ける程度には加減した」
「くそっ、覚えてろよ」
ビームブラスターが撃たれた瞬間、周囲の者たちは武器を手に取るが、非殺傷設定であると知ると武器から手を離した。
ぶつくさ文句を言いながら逃げていく者がどこかに消えたあと、メリアは一つの店舗へと入る。
隅にある、目立たない古いところだ。
「おや、いらっしゃい。何か入り用かな?」
「星間連合の国民として、当たり障りのない経歴を一つ。成人女性のを」
「ふむ。ならこっちへ」
今いるところでは他人の目が届くからか、店の奥へと招かれる。
ついていくと、狭い部屋に机と椅子があるだけ。
「悪いけど、顔を見せてもらえるかい。ある程度、不自然にならないよう作る必要があるから」
「わかった」
メリアはヘルメットを外す。
店主はわずかに驚いていたが、すぐに何かを書いていく。
「茶色の髪と目。うん、揃えるのは簡単そうだ。学歴はどうするね?」
「高等学校卒業くらいで」
「ふむふむ。どんな名前にする?」
「名前……」
どのような名を名乗るべきか。
あまり適当にするわけにもいかないが、そうすぐに思いつくものでもない。
考え込んだ末にメリアは呟く。
「メリア・モンターニュ」
「メリアとモンターニュか。それなりにありふれた名前だね。完成したら送ろう」
ヒューケラが停泊している場所を伝えたあと、メリアは料金を支払ってその場を離れる。
貴族でなくなったあの時から既に十年が過ぎている。
当時の友人ですら近くで見ないと気づかない。
ありふれた名前であるため、そのままでも大丈夫だろうという判断から、他の名前ではなく、かつての自分の名前を選んだ。
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