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59話 足を洗うべき時

 ヒューケラに戻ってから一週間。

 その間、船内は少しばかり騒がしくなる。

 共和国を出ていく用意を進めるため買い物をしていくと同時に、共和国で放送されるニュースがほぼ毎日のように船内で流れるからだ。


 「星系間を航行する様々な輸送船ですが、ここ最近、海賊からの襲撃が増えつつあるため、共和国政府は被害の多い地域へ宇宙軍の一部を派遣することを決定しました」


 操縦室のスクリーンに表示される映像には、淡々と原稿を読み上げる男性の姿があったが、すぐにチャンネルが切り替わる。


 「そこのあなた、宇宙船に絶対必要なものが何かわかりますか? そう、それは銀河標準時間を教えてくれる時計です。惑星によって一日の長さが変わるため、色んな惑星に立ち寄るなら一隻に一つは用意したい。今注文すれば三割引きです。お早めにどうぞ」


 それからチャンネルは何度も切り替わるが、これといって見たいものがないからか、メリアは操縦席を出た。


 「ファーナ、緊急ニュースとかがあったら教えてくれ。目が疲れた」

 「任されました」


 人間であるメリアは、どうしても疲れてしまうため休息が必要であるが、人工知能たるファーナはほとんど休息を必要としない。

 動かすハードウェアによっては色々と制約を受けてしまうものの。


 「あ、メリアさん、時間空いてるなら一緒に運動しませんか?」

 「お誘いはありがたいけどね、休むから遠慮しとく」


 ヒューケラ内部には、小さいながらもトレーニングルームがある。

 室内用の機材が少しばかり置いてあるだけとはいえ。

 これまでたまにしか利用しなかったルニウだったが、生体兵器との戦いを経験してからは、このままではいけないと自覚したのか今では精力的に利用していた。


 「あ、利用していて思ったんですけど、新しいのに更新しません? 古いのだと効率が」

 「わかったわかった、注文しておく。収入はあるしね」


 現行の宇宙船には、ほぼ確実に重力発生装置が備えつけられてるとはいえ、それでも無重力な場所での作業は普通にある。

 そうなると、体を定期的に鍛えていないとあっという間に衰えてしまうので、機材を持ち込んでのトレーニングは宇宙船で過ごす者にとって必須だった。


 「ふう……」


 船内の自室に入ったメリアは、ベッドに横になると軽く息を吐いた。

 パンドラの一件から、もう共和国に滞在する気分ではなくなった。

 ただ、次の行き先はまだ決まっていない。


 「ずいぶんと稼げたし、そろそろ危ないことから離れる時が来た……とはいえ」


 海賊というのは危険に満ちている。それに収入がかなり不安定でもある。

 多少は安定している収入を求め、傭兵として雇われたとしても、やはり危険なことには変わりない。ウォレスのようにあっさり死ぬことだってあり得る。

 ならばどうするべきか?

 一番手っ取り早いのは、なんらかの事業を立ち上げて人を雇う側になるというもの。

 元手となるお金は十分にあり、あとは何をするかを考えるだけだが、それはそれで問題があった。

 どういう事業がいいのかという、割と切実なものが。


 「飲食店の経営……はあたしの技能を生かせない」


 まず思い浮かぶのは身近なところ。

 しかしすぐにそれは選択肢から除外される。

 長く海賊として活動していた弊害からか、メリアは戦闘や違法な行為に慣れてはいるが、表の世界でやっていくなら役立つ機会は少ない。

 それからしばらくの間、あーだこーだと悩み続けるも、これといった答えは出ない。


 「うーん……今更になってこういうことで悩むとは」


 ある意味贅沢な悩みに唸っていると、扉が開いてファーナが入ってくる。


 「共和国全域に向けた緊急ニュースが始まりました」

 「そうかい。アンナがどれだけやってくれたか見に行くとしよう。ルニウも呼ぶように」

 「はい」


 操縦室のスクリーン……普段はちょっとした番組を見るために小さく表示されている部分は、今は拡大されていた。

 少しして全員が揃うと、緊急ニュースを見ていく。


 「惑星マージナルにおけるパンドラ事件に新たな情報が入りました。マージナルのスラム地域において、アステル・インダストリーは生体兵器などを犯罪組織に売却しようとしていたのです。その生体兵器はこちらになります」


 画面の一部が切り替わり、見覚えのある異質な存在が表示される。その他に、違法な代物も並べられていた。


 「パンドラ内部から現れた個体と比べて巨大であり、より成長した姿であると推測されます。さらに、違法な武器や薬物も発見されたため、アステル・インダストリーが以前から犯罪組織との取引を行っている疑惑が浮かび上がりました。これを受けて共和国政府は、今日中にもアステル・インダストリーに対して全面的な捜査の強制執行を行うと発表しました」


 共和国随一の大企業たるアステル・インダストリーが犯罪組織と大規模な取引を行っていたという事実は、とうとう誤魔化しのきかない事態へと至る。

 それは毎日のように放送され、さらには内部告発も出始めるという始末。

 海賊を支援することによる他企業への妨害から始まり、人間のクローンを許可を得ずに利用した人体実験、さらには遺伝子操作した生物を帝国へ秘密裏に輸出していたことが告発によって明らかになる。


 「……海賊なんかよりもよっぽど悪党だね。大企業様ってのは」


 連日放送されるアステル・インダストリーの悪行に、メリアは肩をすくめつつ苦笑する。

 海賊として活動しており、様々な違法行為に手を染めたことがあるため、清廉潔白な身ではない自覚がある。

 それに比べて大企業というのは恐ろしい。

 アステル・インダストリーと比べれば、海賊をしているくらいならまだ綺麗な部類と言えてしまう。


 「メリア様、こう考えることもできるのではありませんか? これだけの悪行を行えるからこそ、ここまでの大企業になった、と」

 「……それはそれで、ろくでもない世の中だ。あたしとしては否定したいね」


 それじゃ真面目にやってる奴が報われない。

 メリアがそんなため息をつくと、ファーナは背後から抱きついた。

 力強くぎゅっとするのではなく、軽く包むような感じで。


 「悪行はこうして表に出てました。アンナという依頼人がきっかけとはいえ。それなりの世の中だと思います」

 「……確かにね。表に出てきたら、きちんと叩かれる。世の中がそこまで腐ってないならマシであるわけか」


 そう言いながら、ファーナを引き剥がそうとするメリアだったが、そう簡単には離れないので自然と言葉は荒くなる。


 「離れろ」

 「もう少し待ってください」

 「ルニウ、引き剥がすの手伝え」

 「わかりました」


 二人がかりで引き剥がしたあとは、今後についての話し合いが行われる。


 「アステル・インダストリーはさらなる痛手を受けた。旅行する気分じゃなくなったし、これ以上は滞在する理由はない。次はどこに向かうかだが」

 「はい、行きたい場所があります。三つの国のうち、帝国と共和国には行きました。そうなると、残るのはあと一つ、ホライズン星間連合へ向かうべきではありませんか?」


 ファーナは手をあげて行きたい場所を言う。

 ルニウの方を見れば、行ったことがない国に行きたいのか、同意するような様子でいた。

 メリア自身は特に決めていないこともあって、賛成多数でホライズン星間連合へと向かうことが決まる。


 「ちょうどいい機会だ。星間連合に到着したら、海賊から足を洗おうかと思ってる。意見があるなら言ってほしい」

 「海賊以外の仕事をするということですか?」

 「ああ、そうだよ。いつまでも海賊を続けることはできない」

 「どんな仕事をする予定ですか」


 ファーナからの質問に対し、メリアは困り顔のまま無言で頭を振った。まだ決まっていないのだ。

 その時、ルニウが横から意見を出す。


 「一つ良いのを思いつきました」

 「嫌な予感がするが、言ってみな」

 「教えるんですよ。戦い方や、船の操縦、あと勉強とか。大雑把に言うと家庭教師の亜種みたいな感じで」

 「教える、ねえ? 教師となってお金を取るってのは、アイデアとしては悪くない。ただ、稼ぐには向かないから無し」

 「そんなあ」


 何かを教えるとしても、無名なままでは稼げない。

 名のある格闘家が格闘技を教える。有名なスポーツ選手がスポーツを教える。

 まず、ある程度名の知れた人物でないと、そもそも教えてもらおうとする人が来ない。


 「……いっそ、私やメリアさんの美しさで人を集めるのは?」

 「論外。そういうので集まった奴に何か教える気分にはならない」

 「そうなると、どういう仕事がいいんでしょうねえ。海賊から足を洗うとして……あっ!」


 閃いたとばかりに何度も頷くルニウ。

 これは行けるとでも言いたそうな表情になるも、周囲からは冷ややかな視線が来るだけ。


 「とりあえず、聞くだけ聞こうか」

 「ふっふっふっ……ここは逆転の発想ですよ。海賊から足を洗うために、海賊としての経験を活用しましょう!」

 「で、どう活用する?」

 「メリアさんって、色々やってきましたよね? 宇宙船や作業用機械の操縦に、あとは潜入任務とかですけど」

 「まあ、そうだね」

 「色んな作業をこなせて、さらに変装とかで別人になれるわけですから、なんでも屋をやりましょう!」


 探偵の真似事、宇宙船の操縦設定、ペットの散歩、買い物の代行、ありとあらゆることを仕事にすることができる。なんでも屋ならば。

 そんなルニウの言葉に、メリアは少しばかり耳を傾けた。


 「……試しにやる価値はある、か」

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