54話 ゴミの山
秘密の店があった建物を出たあと、スラムの中を歩き続ける。
三十分ほど歩いた辺りで少女は一度立ち止まるため、メリアとルニウもそのまま立ち止まった。
「ふーん、結構歩いたのに疲れてないとか、二人とも普通の旅行客じゃなさそう」
「体力が大事な稼業をしてるから、これくらいなら問題ない」
「右に同じく。結局のところ、何をするにも体力が必要なので」
海賊というのは、体力がないとどうしようもない。
宇宙船という密室での暮らし、時折発生する戦闘、異常がないかの確認と整備、何をするにしても体力が必要であるゆえに。
「そもそもそういう……お前こそ、普通の子どもには思えない」
少女のことをどう呼ぶべきか一瞬だけ悩むメリア。
それを見た少女は、何かに気づいた様子で手を打った。
「あー、そういえば名前言ってなかったね。ヌーヌだよ。よろしく」
「変な名前だ」
「ひどいなあ。まあ、ここを出たら新しい名前にするつもりだからいいけど」
「スラムを出る、か。当てはあるのか?」
「それなりに。だからお金が欲しい。コツコツと貯めて、都市か宇宙で暮らすんだ」
スラムでの貧しい暮らしから抜け出すため、ヌーヌと名乗った少女は将来の計画を語る。
まずは裏の業者を使って身分証を偽造し、そのあと学がなくてもできる泊まり込みの仕事をする。
そこでさらなるお金を貯めたあと、資格などを取得し、より稼げる仕事を目指すというもの。
綿密というほどではない。しかし、スラムの子どもが考えるにしては、だいぶしっかりしていた。
「歩いて歩いて歩いて、とにかくお金の話が見つかるまで歩き続ける。あともう少しで目標に届くから、手伝ったお礼は弾んでほしいなあ」
「それくらいなら問題ない」
安請け合いするメリアに、ルニウはこっそりと話しかける。
「……いいんですか? あまり詳しくないですけど、偽造したのって、そこそこ費用がかかったような」
「アンナに用意させるから、あたしの懐は痛まない」
「ああ、そういうことですか……」
それからすぐに移動が再開されると、周囲の景色に変化が見え始める。
スラム街は、建物が密集しているところが点在し、それ以外のところは人の暮らす小さな建物やテントばかり。
そういった部分を抜けると、スクラップの山が出迎える。
金属の廃材に、用途がわからなくなるほど壊れた機械。
それはさながら、金属の迷路と呼んでも違和感のないところだった。
「ゴミ山へようこそ。スラムに来る物好きな旅行客でも、滅多に来ないところだから気をつけて。ゴミ漁りしてるスラムの住人に襲われるかも」
「その時は返り討ちにするから心配ない」
「そうそう。武器になりそうな物が辺りに転がってるし」
ルニウは、近くにあるゴミの塊から金属の棒を引き抜く。
元は建物の一部を構成していたのだろうが、今では錆びが浮かぶ廃材でしかない。
「ちょっと振りにくいですが、素手よりはマシということで」
「ルニウ、襲ってくる者は確実に武器を持っているだろうから、油断はしないように」
「わかってますって。周囲にあるスクラップからは、武器にできそうな代物がごろごろ。いやー、怖いもんです」
あまり本気で怖がっていないルニウの様子を見て、ヌーヌはメリアの方に視線を向ける。
言動が気になるが大丈夫なのかというものを。
メリアはため息混じりに肩をすくめるだけで済ませた。
こういう奴だから気にしても仕方ない、とでも言いたげに。
「それで、ヌーヌ。コンテナがありそうなのはどこになる?」
「こっち。途中でゴミ山を登ったりするから、服が破けても文句は聞かないよ」
よく来ているのか、ヌーヌは慣れた様子で歩いていく。
途中で壁のように広がるゴミ山を登り、足元に注意しつつ進むと、スクラップによる迷路からさらに別の光景が現れる。
大きさの異なる大量のコンテナが積み上げられており、広大なコンテナの山がそこにはあった。
「お兄さんとお姉さんの探し物は、この中のどれかにあるかも」
「……この中から探す、か」
「ちょっとばかしきついですね。どれだけの時間がかかるのか想像できません」
数百どころか数千もあるコンテナ。
その中から探すというのは、あまりにも無謀に思える。時間をかければ不可能ではないが、それは現実的ではない。
そこでメリアは通信端末を取り出す。
「ルニウ、ヌーヌの近くについてやれ。少し連絡するから離れる」
「わかりました。何かあったら叫びます」
「そこまでしなくていい」
アンナに連絡するため二人から離れたあと、メリアは周囲を警戒しつつ返事を待った。
「はいはーい。こちらアンナ」
「現地の協力者を得て、コンテナが大量にある場所に到着した。しかし、あまりにも多すぎるせいで、普通に探すのは効率が悪い」
「なるほどなるほど。ちょっと待っててね」
端末越しに、いくつもの紙が擦れるような音が聞こえたあと、アンナの声が再び聞こえてくる。
「パンドラから運び込まれたコンテナの色は赤。型番と大きさは文字で送る。誰に聞かれてるか、わからないからね~」
「助かるよ」
用は済んだので通信を切ろうとするメリアだったが、その直前で手を止めた。
「そういえば、アンナは今どこで何をしてる?」
「面倒な仕事。パンドラの一件で調べることが増えちゃって」
「パンドラから運び込まれた代物が他にないか追跡を?」
「ご名答。スラムや都市の住人から情報を得るために足を運んで、集めた紙やら記録媒体やらを解析して……もう大変よ」
「ま、頑張ってくれとしか言い様がないね。それじゃ」
今度こそ通信を切り、メリアは待たせていた二人のところに戻る。
「赤いコンテナから見ていく」
「ほいほーい。じゃあ、一番近いあそこから」
「赤いコンテナと一口に言っても、多すぎません?」
「なら他のコンテナも見るかい」
「スキャンできる装置があれば手っ取り早いんですけども」
「スキャンか……」
メリアの脳裏に浮かぶのは、船で留守番しているファーナ。
あの人型をした端末なら、一面に広がるコンテナから中身のあるものだけを見つけ出すことは容易であるはず。
しかし、頭を振ってその考えを振り払う。
スラムに入れるには目立ち過ぎる。
人型のロボットは、一目でロボットであるとわかるようにしないといけないため、ぶかぶかな服を着せたりして正体を誤魔化すことができない。
「ここは宇宙じゃない。惑星の地上で、よりによってスラムの中だ」
「あーあ、地道に探すのってしんどいんですよね。ほどほどに頑張ります」
コンテナの山は、どうやって積み上げたのか謎であったが、それは探索途中に判明する。
低空を飛行しながら航空機がやって来ると、コンテナの上に持ってきたコンテナを置き、すぐに去ってしまう。
それは何度も目にすることができた。
「そういうことか。ここはゴミ捨て場になってる」
「そうだよ。色んな企業がスラムに捨てていく。普通に処分すると面倒だったりするものを。あとはまあ……あそこ見て」
ヌーヌは地面に伏せながらとある場所を指差した。
その先には先程とは違う航空機が存在し、何人もの武装した者たちが降下していく。
どこかの特殊部隊のように見えるが、スラムにいる理由はわからない。
「あれは?」
「どっかのお金持ちが雇った傭兵。何かの取引をしに来たのか、取引を邪魔しに来たんだと思う。秘密裏に行動してるからなのか、たまに死ぬ人が出ても回収する人はいない」
「ということは、あそこにいるのを襲ってしまえば、色々調達できたり……?」
ヌーヌの説明を聞いて、ルニウはウズウズとした様子で呟く。
普通に考えて、現在の装備ではただの自殺行為でしかない。
まともな武器はなく、私服姿であるからだ。
「ルニウ、遠回しな自殺は殴ってでも止めるが」
「まあまあ待ってくださいよ。ここは私の優れた頭脳を使ってどうにかしてみせますから」
「……何をするつもりなのか聞くだけ聞こう」
「まずスクラップの山から素材を集めて爆弾を作ります。次に私が囮になります。丸腰で私服姿、そして美人なので注目するはず。向こうは殺さずに捕まえようとするでしょう」
なかなかに自信満々なので、ヌーヌはメリアに小声で話しかける。
「あのお姉さんみたいな人、初めて見るよ。一緒にいるお兄さんって、大変だったりしない?」
「……それなりに。とりあえず今はあいつの話を聞こう」
自分より圧倒的に年下の子どもから心配されたメリアは、なんともいえない表情で答えた。
「そして囮になった私が、爆弾を仕掛けたコンテナの前まで行きます。追っ手が範囲内に入ったら起爆し、そのあと武器を持ったメリアさんと共に、混乱する相手を仕留めていくわけです。どうですか?」
「…………」
「やるんですか、やらないんですか、どっちですか」
「まともに戦うよりは、勝ち目がある。しかしやる意味があるかどうか」
メリアが決定を渋っていると、ルニウは何か言いたいのか手招きをする。
「武器、弾薬、アーマー、あと携帯食料や薬品とか。そういったものを手に入れることができます! ……もし謎の生物のような存在がいた場合、今のままでは危険ですから」
「わかったわかった。それなら仕掛けることにしよう」
遺伝子操作によって生み出された謎の生物。
あの時は宇宙空間だったので勝手に衰弱していき簡単に仕留めることができたが、今は空気のある地上。
似たような、兵器として生み出された生物がいないとも言い切れないため、傭兵から装備を奪い取ることに同意するメリアだった。




