53話 秘密の店
地図を見ながら歩いていくと、数分ほどで広場のような場所に到着する。
露店商がちらほらと点在するだけで、市場にしてはあまりにも寂しい限りとはいえ。
「ここが……? 市場にしては寂し過ぎる」
「見えないところに店があって、現地の伝手がないと行けなかったりして」
「ああ、そういう店はあるだろうね」
「というわけで、旅行客なのをアピールするため手を繋ぎましょう」
「二人きりだからって、調子に乗るんじゃない」
今この場にファーナはいない。通信できる端末はあるが、そこから今の状況を見ることはできない。
もしも見えていたなら、すぐさまルニウのことを邪魔していたことは間違いない。
「今は仕事の最中だ」
「いえいえ待ってくださいよ。メリアさんと二人きりとか貴重な時間なんです。むしろ調子に乗るべきでは? 乗れる時に乗る。これが大事ですって」
今のルニウはどこからどう見ても調子に乗っていた。
あからさま過ぎる態度に、何か裏があるのか疑うメリアだったが、しばらく話を聞きながら様子を見ていくうちに、ただ調子に乗っていることが明らかとなる。
「……手を出しな」
「どうぞ」
差し出される手は、海賊をしてたにしては一切荒れた様子のない綺麗なものであり、それは遺伝子調整によって肉体が強化されていることを実感するものだった。
「綺麗なもんだ」
「それだけ両親がお金を注ぎ込んで、遺伝子調整をしたんです。いくら自分の子どもとはいえ、そこまでするのかと思えるほどに」
先程までの様子が嘘のように静かに話していく姿は、それだけルニウにとって、遺伝子調整や両親というものが複雑なものであることに他ならない。
「ところで、そろそろ手を」
「ああ、そうだったね」
とはいえ、手を繋ぐことは大事なのか再び要求してくるので、メリアは改めて差し出される手を握った。
そしてその瞬間、一気に力を込める。
「うっ……!? ちょ、ちょっと、まさか」
「強めに手を握っているだけだが? おふざけが過ぎたら、お仕置きしないといけないだろう?」
「いたたた……しかし単純な力では負けませんよ」
「ん?」
途中でメリアの表情は変わる。
これでも鍛えているので、力にはそこそこ自信があった。強くなければずっと一人で海賊を続けることはできないからだ。
だが、目の前にいるルニウは、そこまで鍛えているようには見えない華奢な体にもかかわらず、同じくらいの力で握り返してきた。
「へぇ……なかなかのもんだね」
「ふ、ふふふ、私は普通の人と比べれば十倍以上の効率で鍛えることができ」
「なら本気でいく」
ミシミシ……
音が聞こえてきそうなほどに力が込められると、さすがに限界が来たのかルニウは降参した。
「うおぁぁ……ま、まいりました。これ以上は、勘弁してください。て、手が!」
「一応、周囲の目を考えてカップルのふりはする。しかし調子に乗ったらお仕置きする。いいね?」
「は、はい。でも、やっぱり暴力はどうかと」
「なら、おふざけは控えるように。他の海賊がやってるような、きっついのを実行する用意があるからね」
宇宙海賊が行う、きついお仕置き。それは想像するだけで恐ろしい。
宇宙空間を使えば、人間を苦しめることなど簡単であるからだ。
「……よくよく考えると、メリアさんて恐ろしいですね」
「そうじゃなきゃ、一人で海賊なんてやってられない」
「それはそうなんですけど。けれども、もう一人じゃないですよ。私がいます。あとファーナも」
「確かに一人じゃないが、一人の方がマシな状況になったら怒る」
「そこは、まあ、その、頑張ります」
微妙な返事に、メリアは目を閉じて軽く頭を振る。
それから市場の中を巡るのだが、露店商が取り扱うのは合法な代物ばかり。
違法な代物を求めてることをそれとなく伝えるも、知らないといって断られる。
「さて、どうしたもんだか。違法な代物を取り扱ってるところなら、普通では聞けない情報を聞けるんだが」
「あの店主、なーんか知ってそうだったんですけどね」
「警察は潜入捜査とかしたりする。それを考えると、信用できない相手に危ない話をするはずもないか」
「そうなると、地道に行きます?」
「一度アンナに連絡を入れる」
人の行き来の邪魔にならないところに移動したあと、メリアは端末を取り出し、別行動中のアンナへと連絡する。
今後どう動くかを相談するためだが、その時、服が引っ張られる。
「そこのお兄さんお姉さん。何か困り事でもある? よければ手伝うよ。ま、タダじゃないけどね」
服を引っ張ったのは、貧しそうな格好をした少女だった。髪は自分で切っているのか不揃いな長さをしており、服は日に焼けているせいか色褪せている。
ルニウは話を聞くために少女に近づこうとするが、メリアは腕で遮ると、すぐさま距離を取る。
「……どうして困っていると思った?」
「そりゃあ、そんな目立つ格好で話し合ってたら、遠くから見ても何かあったと思うよ。現に、どこかに連絡しようとしてたでしょ?」
貧しそうな格好の少女はゆっくりと近づくが、メリアはビームブラスターを取り出す。
周囲を刺激しないようにするため、構えずに手に持ったままでいた。
「それ以上近づくのはやめてもらおう」
「お兄さん、そんなに警戒しなくて大丈夫だよ。何かするつもりなら、服を引っ張る時にしてるから。例えば、スリとか。確かめてみてよ」
そう言われては確かめるしかないので、メリアは持ち物が無くなってないか確認する。
そのあとはルニウの持ち物についても確認し、何も盗まれていないことを把握してから、ようやく少女への警戒を緩めた。
「確かに、全部無事なようだ。……それで、目的は?」
「そりゃあ、お金だよお金。旅行客のお二人さんは、お金持ってそうだもん。困り事があるなら、お金と引き換えに手助けしちゃうからさ」
「それなら一つ頼みたいことがある」
「よしきた」
「非合法な代物を取り扱ってる店に行きたい」
メリアがそう言うと、少女はにやりと笑い、無言で手招きをする。
ついていくこと数十秒、金属や木材の廃材から作られた建物の中に入る。
内部には人の気配がなく、闇に満ちていた。壁の隙間から入り込む日光だけが、唯一の明かりだった。
「ここは……」
「工事途中で放棄された建物。解体されないまま、何十年も経ってる」
「崩れる危険性は?」
「勝手に住み着いてる人とかが、チマチマと改築したりしてるから大丈夫」
最初は薄暗かったものの、少しすると地下へ続く階段の前に出る。
わずかな照明に照らされるそれは、あまり足を踏み入れたくない。
「お兄さん、非合法な代物が欲しいんでしょ? 薄気味悪い通路だろうと歩かないと」
「……行くしかないか」
「いやあ、不気味ですね。メリアさん、怖いので腕組んでいいですか?」
「ルニウ、嘘つくな。それと腕を組んだら怒る」
「うーん、残念」
一階、二階と下りていき、地下三階に位置する扉が開けられる。
すると一気に明るくなり、眩しさに思わず目を細めるメリアだったが、そのあと驚きのあまり目を大きくする。
横流しされた軍の備品、一般人の購入には制限がかけられている薬物、単純作業を行わせるロボット、合法か非合法かを問わず、様々な物が置いてあった。
「じゃじゃーん。ちょっと表では取り扱えない物が、ここなら買えちゃう。というわけでお駄賃」
「ああ、はいはい」
貨幣のうち安いのを少し渡すと、少女は満足そうに自分の財布へと入れるが、そのあと店主のいるカウンターに向かう。
「おっさん、お客連れてきたから、お金」
「待てやクソガキ。その客はまだ買い物してないんだが? 何か買うまで払う金はない」
「ちっ……というわけで、そこのお二人さんが何か買わないと、この頑固親父からお金をもらえない。何か買ってよ」
そう言われては買わないわけにもいかない。
こういう秘密の店ともなれば、表では聞けない情報を取り扱っているだろうから、買い物客になったなら、何か話してくれるだろう。
その考えから、横流しされた軍の備品を購入したあと、メリアは店主に話を振る。
「まさかこんなところに、普通では取り扱わない物でも売ってる店があるとは驚いた」
「よく言う。わざわざ探してたんだろうに」
「そういえば、軌道上のパンドラが落下しそうだった時、店主はどうしていた?」
「そりゃ、逃げる用意をしてたさ。都市に落ちるかもしれない、あるいは離れたところに落ちるかもしれない。どうなるにしても、スラムはひどいことになるわけだ」
もし地上に被害が出たとしても、スラムは復旧を後回しにされる。
そうなった時、さらなる騒動が発生し、より大きな被害へと繋がっていたことは、想像に難くない。
「マージナルという惑星にとって、パンドラは厄介な代物になったな」
「これが星の裏側の出来事だったらまだしも、思いっきり頭上なわけだ。落下を防ごうと集まった船長の方々には感謝するしかない」
「ちなみに、あの時パンドラの周囲にいて、小さい船ながら牽引していた」
メリアがそう言うと、店主は軽く笑う。
「なーるほど。なら改めて感謝しようかね」
「いや、感謝の言葉の代わりに聞きたいことがある」
「……そっちが本命で? まあいいさ。ものによっては金がかかるが」
「いくらか前に、パンドラからここのスラムに運び込まれたコンテナがあるらしいんだが、何か知らないか?」
コンテナについての質問をすると、辺りは沈黙に満ちていく。
地下で秘密の店を経営している店主は、どこか険しい表情になると首を横に振る。
「あいにくだが、俺は知らん。知ってても言えない」
「アステル・インダストリーが関わっているから?」
「パンドラの一件で少し痛手を受けたとはいえ、共和国最大の企業だ。表の奴らはもちろん、裏の者だって敵に回したくない相手だ」
「なら知ってそうな人物に心当たりは?」
「あんた、いったい何者……いや、聞かないでおこう。知ってそうな奴ならそこにいる」
店主が示す先に視線を移すと、そこには先程の少女がいる。
嫌な予感がしたメリアが店主の方を見ると、首を横に振られるだけ。
つまり彼女以外の心当たりはないということ。
「お兄さんお姉さん。探し物があるなら手伝うよ。もちろん、お金はいただくけどさ。その様子からしたら、大層な代物みたいだし、結構高くなるけど良いよね?」
「……ああ。払うものは払おう」
「よーし、ついてきて」
一足先に店を出ていく少女からやや遅れて、メリアとルニウは彼女の後ろをついていく。
本当に知っているのかという疑問を抱えながら。




