52話 スラム街での情報収集
マージナルはそれほど人口が多くない惑星である。
宇宙港の地上の施設の近くに、都市が点在し、そこから離れたところに農業プラントや各種工場がある。
人口をすべて合わせれば、なんとか十億人に届く程度。昔はもっと人口が少なかったが、開発が進むことで移住者が増えていった。
地上の大部分に人の手が入っていない自然豊かな惑星だが、これはあえて開発に制限がかけられているのが大きい。
これまで宇宙では多くの惑星が発見されたが、居住可能な惑星というのはほんのわずか。
それゆえに、できる限り環境を保全することが求められている。
無節操な開発によって、居住可能な惑星が減ってしまうのを避けるために。
「メリアさん、次はあっち行ってみましょう、あっちの屋台に」
「……遊びに来たんじゃないんだけどね」
マージナルの都市には、大なり小なりスラム街が存在する。壁や武装した警察により、きらびやかな都市から隔離されるような形で。
そんなスラム街に、メリアとルニウの二人は訪れていた。
ファーナは船で留守番、アンナは来ているが別行動を取っている。
「わかってますよ。でも、黙って歩き続けても変に思われるじゃないですか。だからここは、仲がいいカップルが遊びに来たという感じを」
「……そうかい」
ルニウに腕を引っ張られながら歩くメリアは、色々言いたいのを我慢し、されるがままとなる。
今のメリアは男装をしていた。
フード付きのジャケット、頑丈で厚めなズボン、手袋、そして一番目立つのが、口元だけを覆うガスマスク。
長い茶色の髪の毛は、軽くまとめてからフードを被ることで誤魔化し、ガスマスクはある種の仮面代わりとなる。
ガスマスクにはその他の役割があった。
変声機を仕込んであるため、メリアが言葉を発すると男性の声に変換してくれるのだ。
「そうですよ。ここまで気合い入った格好は、むしろ動き回ることが求められてるのでは?」
「で、その間にアンナはこっそり動く、と」
そんなごちゃごちゃとした服装とは対照的に、ルニウは普段使いする私服を着ていた。まるで友人と遊びに向かうようなラフな代物で、水色の髪にはちょっとしたアクセサリーもつけていた。
「いらっしゃい」
「そこのメニューにある、刻んだ肉と野菜をパンで挟んだようなものを二人分」
「はいよ」
話している間に屋台に到着する。
メニューに貼ってある写真から適当に二人分の食べ物を注文すると、無発酵の薄いパンに、炒めた肉や野菜を挟んだものが出てくる。
「お客さん、見ない顔だね」
「ここには初めて来た」
「他の星からの旅行客かい。わざわざこんなところにまで来るとは、物好きだねえ」
屋台の店主はそう言うと、少し離れたところを見た。メリアも釣られて見てみると、この場から浮いた格好をした集団がいた。
お金を持っていそうな男女と、護衛らしき者たちである。
「この辺りはまだ安全だけど、奥に行くならああいう護衛がいないと、面倒が起きやすい」
「ご忠告どうも」
「いいよいいよ。こっちも、物好きな旅行客相手に商売やってるから。何かあれば、人が減って稼げなくなる。それは避けたい」
わざわざスラム街を訪れる物好きな旅行客。
今のメリアたちはそう見られていた。
そう見られていることを前提に行動する必要があるわけだが、ルニウはそれがどうしたばかりに色々なところに寄り道をしていく。
「次はあの店に入ってみませんか?」
「却下。まずは手元のこれを食べてから」
「おっと、そうでした」
人の少ない一角に移動したあと、屋台で買った食べ物を口にする。
値段に見合った味であり、お腹を満たす分には問題はない。
「メリアさん、探し物の情報はどう集めます?」
「…………」
ルニウが話しかけるも、外してあるガスマスクをメリアは無言で叩く。
これは、変声機のあるガスマスクをしてある時に話しかけろという意味だ。
数分後、屋台で買った物を食べ終えたあと、改めてルニウは話しかける。
「それで、どうします? 私たちって割と目立つわけですが」
「……まあ、とりあえず物好きな旅行客として振る舞い、それとなく情報を集めるしかない」
周囲には大勢の人が行き交うが、手当たり次第に聞いて回ったところで、これといった情報は手に入らない。
そこで二人が向かうのは、現地の住民向けの酒場だった。
店は全体が金属の廃材で作られており、歩くだけで足音が響く。
入った瞬間、鋭い視線が四方八方から飛んでくるが、怯むルニウとは対照的にメリアは堂々とカウンターまで歩いていく。
「旅行客の兄ちゃん。ここはあんたのような奴が来るところじゃないぞ」
早速、ガラの悪い男性が立ち塞がるが、メリアは一瞥してガスマスク越しにため息をつくと、無視して進もうとする。
「てめえ、舐めてるのか?」
「酒を飲みに来た。喧嘩のためじゃない。あんたはよくここに来ているのか?」
「ああ。可愛い子分たちと定期的にな」
その言葉のあと、数人の男性が椅子から立ち上がると、包囲するように動いた。
「早く帰りな。怪我したくなかったら」
「喧嘩のためじゃないと言っただろう。あんたは何人も従えているようだし、そんな人物と少し話がしたい。奢らせてくれないか?」
「……少しは物を知っているようだな」
ガラの悪い男性が軽く手を振ると、包囲していた者たちは離れていく。
そのままカウンター席に座ると、メリアはメニューを見ながら話をする。
「ここしばらくの間で何か変わったことは?」
「いきなりな質問だな。軌道上のでかい船が落ちそうになったことよりも変わったことなんてないが」
パンドラの落下という事態に比べれば、だいたいのことは些細なものに過ぎないという意見に、メリアは同意するように頷く。
「確かに。あの時のことは放送されていたが、恐ろしい限りだった」
「アステル・インダストリーという大企業様が羨ましいもんだ。あれだけの事態があって、違法なことが表に出てきた。しかし法に反したことをしたってのに、なんだかんだで処分される奴は少ししかいない」
「それは……お金を持っているからだろう」
「大企業様は、スラムの奴らよりも悪いことしてるぜ。これは別の大企業の話なんだが、スラムの奴らと一緒に盗みやったくせに、そこの社員様だけ罪には問われず、スラムの奴だけ捕まった」
「警察も、清廉潔白ではないわけだ」
「金持ちは悪いことして稼いでも、見逃してもらえるからさらに金持ちになる。貧乏人が同じことしたらあっという間に刑務所だってのに。あー、くそったれな話だ」
愚痴を聞き続けることになるメリアだったが、それにより相手が心を開いてくれるなら問題はない。
そう考えて話を合わせていたが、途中で話題が変わる。具体的には、ルニウのことについて。
「それにしても、兄ちゃんはよく彼女を連れてスラムに来る気になったな」
「彼女ですって。へへへ」
ガラの悪い男性が何気なく口にした言葉。
それを受け、ルニウは笑みを浮かべながらメリアを肘で小突いた。
メリアは無言のまま苛立っていたが、違うと答えたなら、それはそれでどういう関係か説明することになる。
なので、カップルと思われることは一番当たり障りないのだが、調子に乗るルニウの様子は鬱陶しかったりする。
「ねねね、私たちってどういう感じに見えます?」
「お、おう。変わった格好をした気難しい彼氏と、そんな彼氏にべったりな彼女ってところか……?」
「どうせなら、そこに可愛らしいという言葉を付け足してくださいよ。実はですね、精一杯おめかししたんです」
「そ、そうか」
「そうなんですよ。この人、ガスマスクしてるでしょ? だからそれを中和できるよう、私は髪の毛に付けるアクセサリーにもこだわってて」
今まで静かにしていたルニウが、突然ノリノリで話しかけてくるせいか、ガラの悪い男性は対応が後手に回っていた。
これはルニウの顔が綺麗に整っているのも影響している。
冷たくあしらうには、美人過ぎたのだ。
「……ルニウ、彼が困ってる」
「ええっ!? せっかく色々話そうと思ったのに」
「他の客の迷惑にもなる。その辺で終わるように」
「はあい。わっかりました」
酒を口に含むと、わざとらしく肩を寄せる。
そんなルニウの仕草に、さらに苛立ちを増していくメリアだが、盛大なため息と共にメニューを閉じた。
「飲む気分にはなれない。酒場以外に人が多いところを教えてくれ」
「まあ、気分は理解できる。酒場以外となると、色々取り扱ってる市場になるな。合法なものから非合法なものまで、なんでもある。ほら、地図だ」
「そうか。教えてくれてありがとう。謝礼として、酒以外にこれも」
今回スラムに入るにあたり、現物のものと電子、二種類のお金を用意していた。
現物のお金である紙幣をガラの悪い男性の目の前に置いたあと、メリアは酒場から出ていく。
ルニウも慌てて追いかけるので、その場に残されるガラの悪い男性は呟いた。
「……物好きな旅行客の中でも、ずいぶんな変わり者が来たな」




