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51話 終わっていない事件

 パンドラの落下を阻止してから数日後。

 共和国全域を対象とした放送には、アンナとアルクトスが出ており、遺伝子操作による違法な生物の作成がアステル・インダストリーによって行われていると証言した。

 そしてその日のうちに、アステル・インダストリーによる会見も行われる。

 内容は、役員の一人が勝手にしたこととはいえ、そのような事態が起きていることを見過ごしていた自分たちに全面的な非があるというもの。

 さらに、パンドラ事件のせいで発生した損害すべてに金銭的な賠償を行うことも語られる。


 「メリア、あなたはどう思う?」

 「……なんであたしの船に来てる」


 メリアの所有する小型船ヒューケラ。

 そこにアンナが訪れると、アステル・インダストリーの対応について質問してきた。

 しかし、メリアは無視すると、追い払うように手をひらひらと振った。


 「しっしっ、来るなら報酬を持ってきてからにしろ」

 「そう言わないでよ。私たち、お友達でしょ?」

 「それは昔の話で、今は再会してからそれほど経ってないから、昔ほどの仲じゃない。そもそも仕事はどうした仕事は」

 「共和国政府が動いたから、私の出番はしばらくないわ。そういう“立場”なの」

 「……なら詳しくは聞かない。でかい組織ともなれば、色々あるだろうしね」


 いくつもの星系を領域内に抱える共和国。

 当然ながら内部は一枚岩ではなく、いくつもの派閥や勢力が混在する。

 星系ごと、あるいは惑星ごとに分かれていた。

 アンナはそういった派閥のどれかに所属しているということになる。


 「それで、さっきの質問の続きだけど」

 「会見についてなら、よくもまああんなことを白々しく言えるものだなと、驚くばかりだよ」

 「ふむふむ、そう思う理由は?」

 「……アンナもあの謎の生物を見ただろ。生み出して育てるとなると、あそこまで大きくなるまでの間に、どれだけの物資が必要なのやら。しかも、パンドラ内部ではオークション会場もあった。アルクトスのように遺伝子を弄った生物を売買するわけだ。上の方が知らないなんてあり得ない」


 つまり、アステル・インダストリーがどれだけ謝罪をしようとも、それは所詮トカゲの尻尾切りでしかない。

 非を認めれば、評判の悪化や売上の低下などがあるものの、共和国経済における影響力がしばらく減るだけ。

 非を認めずに警察などの介入が行われるよりは、さっさと認める方が企業としての傷は浅く済む。

 経済に深く食い込んでいるため、完全に解体されない限り、いくらでも巻き返しが図れるのである。


 「それでね? メリアに、美味しい仕事の話があるんだけど」

 「アンナからの仕事は受けたくない」

 「ええ~、そう言わずにさ」

 「十分に手伝っただろ。帰れ」

 「そこまで嫌なら仕方ない」


 これ以上は協力しないぞという強固な意思を受け、アンナは仕方なさそうに引き下がる。

 そしてどんな報酬がいいかという話題に移った。


 「じゃあ、報酬についてだけど、どんな方向性のものがいい? まずは一番わかりやすいお金。次に共和国の市民権。あとは……こちらで把握してる犯罪記録の抹消とかも」

 「捕まった覚えはないよ」

 「頑固な刑事さん曰く、あなたは違法な人工知能を所持している疑いがあるもの」


 そう言うと、近くに控えているファーナへと視線が向けられる。

 アンナは自らの栗色をした髪の毛を指先で弄ると、柔らかな笑みを浮かべた。


 「凄いと思うわ。一切の制限がないなんて。普通は、ハッキングとかの違法な行為ができないよう、強い制限がかけられてるのに」

 「……その頑固な刑事さんは、どこぞの誰かさんみたいに栗色の髪の毛をしてそうだ」

 「ねえ、メリア。普通ではない人工知能をどこで手に入れたか教えてくれないかしら?」


 甘く媚びた声による質問。

 もしもアンナのことを知らない人物が耳にすれば、思わず気が緩んでしまうような声。

 だが、ここにいる全員が、彼女が共和国の特別犯罪捜査官であることを知っている。直接的か間接的かを問わず。


 「どうしてそんなことを聞きたがる? 海賊向けの裏の市場で、どこかから流れてきたのを買っただけだよ」

 「嘘はよくないわ。裏で出回っているのは、性能が低いものばかり。それも単一の目的にしか使えない。制限が無くされていても、それじゃあね」


 アンナは立場が立場であるからか、後ろ暗い者の集まる裏社会についても詳しいようで、メリアの説明にわざとらしく肩をすくめてみせる。


 「汎用性に満ちていて高性能。それでいて違法なことを普通に行える。なんて恐ろしいんでしょう。この事を上が知ったら、私では逆らうことのできない命令を出されてしまうかも」

 「……で、あたしの前でそんな臭い演技をする理由は?」

 「とある場所に潜入捜査をしてもらいたいの。受けてくれるなら、普通ではない人工知能のことを黙ったままにしてあげる」


 まるで自分の代わりに買い物に行くことを頼むような気軽さに、メリアは顔をしかめると、ビームブラスターを構えた。


 「これ以上のおふざけは我慢できない。ルニウも構えろ」

 「ええと、はい」

 「あらあら、私にそういうことをすると、あとが怖いわよ?」

 「そうは言っても、私にとってはあなたは他人ですし。メリアさんが殺せと指示するなら、殺してみせます」


 なかなかに物騒なことを、ルニウは平然とした様子で言いのける。

 構えている銃口は一切ブレずにいるため、嘘偽りない本心であることは確実。

 あまりにも迷いがないので、命じたメリア本人ですらやや呆れ顔になっていた。


 「おいこら、脅すにしてもいきなり殺すことを口にするのはやめろ。交渉にならないだろうが」

 「交渉?」

 「アンナは臭い演技をしてきた。わざわざ、あたしたちの目の前で。それで察しろ」

 「わかるわけないじゃないですか。私は海賊としての経験浅いんですよ」

 「……ああ、そうだったね」


 もう交渉どころではないが、メリアは改めてアンナの方を見る。


 「何が目的か聞かないことには答えを出せない」

 「パンドラ事件は完全には終わってない、と言ったら?」

 「そう思う根拠を聞きたいね」

 「惑星マージナルは、共和国以外からの旅行客が多く、色んな人々でごちゃごちゃしている。そしてそれは、悪事を覆い隠すのにぴったり」

 「まあ、軌道上に浮かべていたパンドラの中がああだったから、すぐ近くの惑星にも何かあると考えるのはわかる」


 惑星の軌道上という、目と鼻の先で行われていた悪事。

 そうなると、惑星の方にも何かあると考えるのはおかしくはない。

 捜査官としては普通な疑問に、メリアはブラスターを下ろす。その動きにルニウも続いた。


 「ただ、どうしてあたしに頼むのかがわからない」

 「それはね……どこかの貴族、どこかの企業、そういったところと繋がっていない、独立した海賊だから」

 「そんなに人手がないのかい。共和国特別犯罪捜査官ってのは」

 「人手自体はそこそこ。だけど、大抵はどこかと繋がってるから、細かく動きたい時は私一人しかないのよね~。でも、今はメリアがいるから、頼らせてもらうってわけ」


 それが当然だとでもいうような態度に、近くで黙って見ていたファーナとルニウはむっとした表情になる。

 そんな様子を受け、メリアは軽く頭を振ってから顔を上げた。


 「まず、どこに向かうのか」

 「マージナルにいくつか存在するスラム街」


 光あるところに闇もある。

 各地からの旅行客により賑わい、発展しているマージナルだが、警察の目が届かない場所が存在した。

 基本的には貧しい人々が過密になるほど集まっているだけだが、それゆえに人々に紛れて何かをする際は目眩ましとなる。


 「裏の市場で出回ってるようなものが取引されてるけど、規模としては小規模だからあまり注意を向けられてなかった」

 「しかし、今回の事件をきっかけに、地上の方にも注意が向いたと」

 「そうそう。それで、パンドラからスラム街に持ち込まれたコンテナがあることを突き止めたわけ。数週間前に、車両が一台入るくらいの大きさのコンテナがね?」


 そのコンテナがどこにあるのか、中身はどのような代物であるのか。

 そういったことを調査してほしいというのが、アンナの頼みだった。


 「アンナ」

 「なあに?」

 「……アンナは政府直属だったりするのかい」

 「そういうことを聞いちゃう? 言えるのは、独立性が高いとだけ」


 アンナは口元に指を当てると、わずかな笑みを浮かべる。


 「まあいいさ。追加の報酬は期待できるんだろうね?」

 「それはもちろん」

 「準備のために色々なものを用意する。その費用もそっち持ちで」

 「任せて。というか、一通り必要そうなものを持ってきたから。変装の道具に、衣装に、他にも色々」


 ずいぶんと準備がいいことにメリアはやや白い目を向けたあと、やれやれとばかりに軽く息を吐いた。

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