50話 落下の阻止
「ご無事ですか?」
「なんとかね」
最後の最後で厄介な相手と戦うことになったが、どうにか返り討ちにできたため、メリアは大きく息を吐いてから力を抜いた。
「ふう……パンドラの状況は?」
「落下まで残り三十分ほど。推進機関の損傷は拡大していますが、出力の増大を相殺しきれない感じです」
周囲を見れば、どこもかしこも船ばかり。
軌道上にある宇宙港ならありふれた光景だが、そうではない場所で見る機会というのは滅多にない。
時間がいくらか経ったからか、中型の船も牽引に加わっていた。
だが、パンドラ自体が巨大であるため、その推進機関はこれまた巨大なもの。
戦っている間に、出力は最大に達しようとしていた。
「止められないか」
「時間稼ぎはできています。レーダーに大型船の反応があるため、ギリギリのところで間に合うかと」
「なら、もう一踏ん張りといこうか」
「……待ってください。パンドラ内部から何かが出てきています」
ファーナの報告を受け、メリアは警戒したまま示された方向を見る。
そこはウォレスが出てきた道なのだろうが、奇妙な生物が這い出てくる。
頭部は爬虫類を思わせる形状をしており、全体的に色は黒い。硬質で滑らかな表皮は、所々がひび割れていた。
二本の足と四本の腕があるが、驚くことに足と腕を使って走るため、みるみるとメリアに迫ってきていた。
「虫と獣とトカゲ……? あとは何だ!?」
それは色々な生物が混ざった結果生まれた存在に見えた。
そしてウォレスの言葉を思い出す。
「やばい生き物ってのはあれか! 生身のまま宇宙空間をで活動できるとか、もうこの時点で厄介そうな感じがぷんぷんする」
「逃げ切れますか?」
「難しいね。向こうのが早い」
特殊な走り方で迫る、謎の生物。
バーニアを吹かして浮かび上がっても、その勢いのまま飛びかかってきたら追いつかれるだろう。
ならどうするべきか。
メリアは人型の作業用機械の中で盛大に息を吐いたあと、ビームナイフと盾を構えて迎え撃つ。
「恨みはないけど、状況が状況だ」
距離が近づくと、その生物が苦しんでいるのがわかるようになる。
宇宙というのは、生物が生存するには向かない空間。
行動はできても目に見えて弱っていき、メリアのところに到着する頃には倒れてしまう。
あとはそのままトドメを刺すだけ。
一呼吸置いたあと、ビームの刃が振り下ろされる。
激しい戦いになるかと思われたが、実に呆気ない決着だった。
「ファーナ……終わったから戻る」
「お疲れ様でした」
いくら遺伝子操作といえども、何をどうすればあのような生物ができるのか。
アルクトスとは別系統の商品、特に兵器としての側面が強い種類ときた。
異形の存在といえども、勝手に生み出されたという部分はどこか自分に重なる部分があるため、メリアはヘルメットの中で不機嫌そうな表情となる。
「アンナに代わってくれ」
「少々お待ちください」
少しすると、聞こえてくる音声はファーナからアンナのものに変化する。
「はいはい、こちらアンナ」
「あの異形の生物だが、警察に回収させたい。ただし、企業と繋がっていない、まともな奴に連絡を入れてほしい。あれはアステル・インダストリーに作られただろうから」
「自分で回収するのが一番だけど?」
「そしたら警察と長く付き合うことになる。事情聴取やらなにやらで。それは避けたい」
「ならしょうがない。メリアの船の通信機能を使わせてもらうから」
ヒューケラからの通信を受け、近くにいる警察の船がやって来ると、パンドラ表面に漂う謎の生物を回収していく。
それを見届けたあと、メリアは弾薬を補給してから推進機関への攻撃を再開し、パンドラがマージナルへと落下することを引き延ばそうとする。
だが、最大出力に達した推進機関から噴射されるエネルギーは凄まじく、並大抵の機体や船では近づくことさえできなくなる。
実体弾を放ったところで、命中する前に消失してしまうのだ。
「ちっ、これじゃお手上げだね」
一応、既に破壊されている部分は安全地帯となっているので近づくことはできるが、さすがに改造した作業用機械で向かいたくはない。
軍用の機甲兵でも勘弁願いたいほど。
次にどうするかメリアが思案していると、ファーナからの通信が入る。
「メリア様、広域通信です。“パンドラ周辺の船に告げる。これより防衛衛星の射程に入るため、パンドラ後方の推進機関を攻撃する。巻き添えを防ぐため、後方にいる者たちは避難するように”とのことですが」
人が居住している惑星の軌道上には、防衛するための兵器が多少なりとも存在している。
かつて見かけた、帝国の有人惑星であるヴォルムスの防衛ステーションほどではないにしろ、マージナルの軌道上には防衛衛星が存在した。
基本的にはビームやミサイルといった兵装だが、一部には大型のレールガンを搭載している物もあるにはあった。
「ならお言葉に甘えよう。今戻る」
ヒューケラの貨物室に到着したあと、メリアはエアロックを通って操縦席へ移動する。
「ルニウ、交代だ」
「わかりました」
もはや個人にできることはない。あとはどうなるかを見物するだけ。
やがて避難が済むと、防衛衛星のレールガンがパンドラの後方へと発射される。
その威力と速度は、一撃で推進機関を破壊し、砲弾が放たれるたびに噴射されるエネルギーは減っていく。
それが続いていくと、ついにパンドラの加速は止まり、牽引している多数の船の力によって逆方向へ移動するようになる。
最終的には、推進機関すべてが破壊されたことで、惑星への落下という危機を脱することができたのだった。
「いや~、一時はどうなるかと思ったけど、無事に終わって良かった良かった。証拠となるクマさんもいることだし、このあと忙しくなるわ」
「実験台とかは勘弁願いたい」
喋るクマのアルクトスは、今後の自分がどうなるのかやや不安そうにする。
遺伝子操作により生まれた命。研究しようとする者がいても不思議ではない。
「大丈夫よ。監視付きで、定期的に身体検査があるだろうけど」
「それくらいなら我慢するとも」
アルクトスの話が済んだあとは、メリアが話しかける。
「それじゃ、報酬の話にしようか」
「ええとね……私の一存じゃ決められないから、何日か待っててくれる?」
「はぁ、しょうがないね」
「あなたの船に警察や記者が近づかないよう、こちらで手を回しておくわ。だから、あまり出歩かないでよ?」
「わかってる」
一度、マージナルの宇宙港に停泊する。
共和国の特別な捜査官という権限をアンナが堂々と利用することで、エアロックから直接内部に移動できる場所を押さえた形だ。
アンナはアルクトスと共に去っていくが、宇宙でクマを見かける人々のことを考えると、メリアはやれやれといった様子で頭を振る。
「宇宙港でクマを見かけるのは、運が良いのか悪いのか」
小さな呟きのあと、出歩かずに時間を潰すため、宇宙港が配信しているテレビを見る。
危機が去ったあとのマージナルでは、緊急放送が行われており、パンドラの落下を遅らせた船長たちに対する、地上の人々による感謝の言葉などを聞くことができた。
「ふふっ」
「メリアさん、笑ってますけど嬉しいですか?」
「自分が関わった出来事で、こうして感謝の言葉を聞いたら、さすがにね。あたしやファーナだけでなく、ルニウも当事者の一人だよ」
「あまり活躍してないので、素直に受け取るのは少し気が引ける感じが」
「なんだ。働きたいならそう言えばいい。作業用機械のメンテナンスと、船の外装の解除などをやってもらおうか」
「あ、さっきの言葉はやっぱり無しで。大変な出来事のあとなので、のんびりしたいといいますか」
今回の一連の出来事はパンドラ事件と呼ばれ、共和国の広い範囲に伝わる。
星系内ならともかく、国全体というのはそれなりに珍しいことであるが、これは大企業であるアステル・インダストリーが大きく関わっているということを警察や共和国政府が正式に発表したため。
大勢の人々にとって身近な企業がまさかそんなことを、という驚きから一気に広まったのである。




