49話 自暴自棄な者との戦い
「いやはや、やられたね。あの時、民間人がいる中だろうと、勘に従い撃ってしまえばよかった」
「ここまできたら、無駄な争いでしかない。武器を下ろしてほしい」
一応、説得ができないか試すメリアだったが、それは無駄な努力に終わる。
「そう言うなよ。船内でショットガンをしこたま食らったせいで死にかけてな? クライアントから支給された試作品で治療したものの、肉体を治療するものではなく、一時的に延命するだけの代物だった」
「……一定時間後には死ぬってわけかい」
「ああ、悲しいことに、どうあっても俺は死ぬわけだ。そうなると、一人は寂しい」
「自殺するなら、さっさと銃を咥えて引き金を引けばいいだろうに。こんなデカブツを落とすよりも」
パンドラを落下させることについてメリアが嫌悪感を隠さずに言うと、ウォレスは何が面白いのか大声で笑う。
「おいおい、勘違いはいけないな。パンドラを落下させようとしてるのは、襲撃側の誰かさんだ。もしも惑星に落ちれば、共和国には大きな混乱が起きるわけで」
「どうして止めない?」
当然ともいえる疑問をぶつけるも、返ってくるのは軽いため息だった。
「気づいた時、止めようとしたんだが、ちょっとやばい生き物と遭遇してな。撃退したものの部下が全員やられてしまった。一人じゃ船をどうすることもできないから、せめて脱出だけでもしたところ……これ以上ない状況で良い相手と出会えた」
「気持ち悪い声で言うな」
「まあいいじゃないか。俺にとっては残りわずかな時間だ。落ちていく船の上で楽しくやろうぜ」
さらにビームが放たれるが、メリアはまたもや回避する。しかし、先程よりも精度が上がっているのか、装甲の一部が溶解していた。
「くそったれ。人様を巻き込むな」
状況は非常に悪い。
遠距離から攻撃できる武器は、弾切れのせいで使えない。使える武器は近距離のものぐらいしかない。
ビームの刃を形成するナイフと、突き刺すことも想定された盾。これだけだ
逆に、相手は一方的にこちらを撃つことができるため、まずは近づかなくてはならないが、しばらくは距離を保ったまま避け続けるしかなかった。
「おいおい、逃げてばかりでは倒せないぞ?」
「だったら撃つのやめろ。今すぐ殺してやるから」
「物騒だな。まあ、撃って避けての繰り返しじゃ退屈だし、少しお喋りをしようか」
そのお喋りの目的は、集中力を乱すためのものだろう。
とはいえ、乱れるのは相手も同じこと。個人差はあるとしても。
メリアは挑発的に尋ねた。
「はん、何を聞かせてくれるんだい?」
「そうさなあ……なぜ海賊のような存在が、色んな国でそこそこ活動できているのか、とか」
「……面白そうだね」
まったくそう思っていない様子でメリアは言う。
「不思議に思わないか? 宇宙の広い範囲を領域としている銀河の各国。ちょいと本腰を入れれば、海賊なんぞ簡単に討伐できるのに」
「で、その答えは?」
「気が早いな。答えは、需要があるからだ」
「需要……?」
それはまさかの答えであり、さすがに困惑してしまう。
その隙を狙ってかビームが放たれるも、事前に備えていたメリアは今度は余裕を持って回避する。
船のシールドを容易に貫通する高出力のビーム。
戦闘ができるように改造してあるとはいえ、作業用機械の装甲では気休めにもならない。
「いかんな。一発くらいは当たってほしいが。射撃に自信がなくなってしまう」
「勝手に無くしてろ」
「つれないな。さっきの続きだが、海賊は国にとって需要がある。それはなぜかというと、汚れ仕事や鉄砲玉といったあれこれをさせることができるのと、色んなところを荒らしてくれるからだ」
「荒らしてくれる、だと? 何を言って」
最後まで言い終える前に、ウォレスは続きを口にする。
「大昔にあった共和国の独立戦争以外は、小競り合いがありながらも数百年近く大きい戦争は起きず、おおむね平和といってよかった。だが、そうなると、とある意見が出てくる。軍備を縮小するというものが」
「人件費に、装備の維持や更新。金がかかって仕方ないだろうね」
「それぞれの国に、軍縮を嫌がる派閥はあるが、そういう派閥が海賊を支援したりする。海賊のための宇宙港が最たるものだ。帝国、共和国、星間連合すべてにある、あれだよ、あれ。お嬢さんも利用したことがあるだろう?」
非公式な宇宙港。それは国の支援あってのものと聞いて、メリアは無言で顔をしかめる。
それもどれか一国ではなく、すべての国が関わっているときた。
何を言っても罵詈雑言が飛び出そうになるため、口を閉じ続けた。
「軍縮を避けるためには“敵”が必要だ。だが、国同士の争いはさすがに避けたい。そうなると……海賊という手頃な脅威は、軍備を維持する理由としては十分なわけだ」
海賊による被害は、多くても一度に数十人程度。
それは銀河各国の数百億もの人口からすれば、誤差の範囲内。
回数が増えて被害が増大したなら、軍が重い腰を上げて討伐に出ればいい。
犠牲者の気持ちを考えないなら、ある意味上手く世の中は回っていると言えた。
「強くなってきたら適度に叩き潰し、弱くなればこっそりと支援をする。国を脅かさない程度の“ちょうどいい脅威”としてコントロールされている海賊たち。ちょいとやんちゃが過ぎると、パンドラを落下させたりするわけだが」
「ふん、くそったれな話だ。被害を受ける者は大量だってのに」
「そうは言うが、そんな世の中だからこそ恩恵を受けてきた部分もある。違うか?」
「……否定はしない」
失敗作として処分されようとしていた。
そんな時、海賊の襲撃のおかげで生き延びることができた事実がある。
それはメリアにとって今でも顔をしかめたくなるような記憶であり、そんな過去を思い出したことで舌打ちをした。
「おっと、色々あったようだな? そうなると、俺の過去も話そうか」
「聞きたくないね。お前はここで死ぬんだから」
「生かして捕らえるという道もあるぞ? 死ぬまでの間に、知ってることを教えてやれる」
「で、おとなしく武器を捨てて捕まってくれるのかい?」
「それは……無理だな」
「さっさと死ね」
ずっとパンドラの上にはいられない。
今は惑星への落下を先延ばしにしているだけであり、まだ推進機関をどうにかできていないのだ。
時間的な猶予はあるとはいえ、さっさと決着をつけてしまいたいメリアだったが、それを見越しているのか、ウォレスはビームの発射間隔をずらしてきた。
連射してきたと思えば、間を空けて撃ったりする。
このままでは埒が明かないので、ファーナに通信をする。
「あたしの支援はできるか?」
「ヒューケラを動かせば……あ、狙いがこっちに来ました」
一対一の邪魔をされたくないのか、ヒューケラが大きく動こうとした瞬間、ビーム兵器の狙いが変わる。
さっきは運良くわずかな損傷で済んだが、今度もそうなるとは限らない。
「……ヒューケラはそのまま、パンドラとは逆方向へ加速し続けろ」
「こうなったら、わたしを投入しますか? メリア様の命を狙う不届き者は、さっさとぶち殺すべきです」
「それはそれで、ファーナのことが記録に撮られる可能性があるから避けたい」
今は惑星マージナルの一大事。
結果がどのようなことになるとしても、既に報道機関は地上と宇宙の両方に人を送っているだろう。
そうなると、ファーナの端末である、高性能な少女型のロボットを撮影される可能性が出てくるがそれは避けたい。
噂が生まれ、尾ひれがつく。
それはやがて、メリアを探す人々が出てくることに繋がり、色々な意味で勘弁してほしい状況になるのが目に見えている。
「なら、貨物室に動かせそうな機械は……なんてことですか、部品以外は何もありません。メリア様、もっと普段から色々買っておくべきです。わたしが動かせる代物を」
「今それを言ってる場合か」
会話している間にも、定期的にビームは放たれる。
割と無茶な回避を続けていた影響か、メリアの乗る作業用機械の動きが少しばかり鈍くなる。
これはまずいので、さすがにファーナを投入することを考えるものの、その時ふと気づく。
とうとうエネルギーが尽きたのか、ウォレスはビーム兵器を捨て去ってしまう。
宇宙を漂う兵器を見て、一気に接近していくメリアであり、左手にはビームナイフを、右手にはシールドを構えた。
「やっと仕留める機会が来た」
「はは、わざわざ通信して、自ら仕掛けてくるとはお優しいことだ」
片方は、宇宙における作業用機械を海賊稼業に耐えられるよう改造したもの。
もう片方は、人が乗る小型の兵器として最初から設計された機甲兵。
どちらも同じ人型をしているが、本体の性能だけを見れば、だいぶ開きがあった。
ただ、持っている武装の差は大きく、近接武器に加えて盾を持つメリアが終始押していた。
やがて、ビームナイフが相手の胴体に突き刺さる。
「……ぐっ、ビームで肉が焼ける感覚は慣れないな。こんな終わりか。仕事を失敗した末に死ぬ、とは」
「あたしの邪魔をしなきゃ、死ななかったかもしれない」
「傭兵にそれを言うか。経験豊富だとか格好つけて、偉ぶってみせても、所詮は雇われたゴロツキでしかない。雇い主に逆らうなんてのは、とてもとても……」
動力部分が破損したのか、機甲兵はバチバチと激しい火花を出していく。
それは少しして大きな爆発へと繋がり、先程までウォレスが立っていた場所は、損傷したパンドラの装甲以外は何も残っていなかった。




