46話 解き放たれるもの
パンドラ内部でアラームが鳴り響く少し前。
メリアたちから遠く離れた場所では、激しい戦闘が行われていた。
それはアステル・インダストリーに雇われた傭兵と、敵対する企業が送り込んだ傭兵同士の争い。
暗闇に満ちた通路を挟んだ銃撃戦となっている。
「ウォレス隊長、敵は尽きる気配がありません」
「ふむ、そろそろやばいかもしれないな。まあ、泣き言を口にする前に体を動かしてほしいもんだが」
十数名の傭兵たちを率いるのは、ウォレスと呼ばれる傭兵。彼は、パンドラに訪れたメリアへ声をかけた人物でもあった。
今の状況は、はっきり言って劣勢な限り。
所詮は雑多な傭兵がほとんどを占めており、質に期待できない分、数の差は露骨に戦闘へ影響していた。
「隊長! 機甲兵が!」
「どけ」
それだけならまだしも、襲撃してきた者たちは用意周到だったようで機甲兵をも投入してくる始末。
しかし、ウォレスはパワードスーツの膂力を駆使し、ビームを放てる大型の火器を持つと、通路に出て正面から撃っていく。
当然ながら、いくつもの銃弾がウォレスへと命中するが、パワードスーツを貫通することはできないでいた。
「共和国製の量産品か」
危機的状況にもかかわらず、いつも通りな様子で呟いたあと、彼が持つ火器からは光の束が放たれる。
一射、腕が壊れて武器が落ちる。
二射、足が壊れることで床を転がる。
三射、胴体を貫くことで搭乗者を仕留める。
一気に状況を変えようとした機甲兵は、ウォレスの手によって破壊されてしまう。
「これでしばらくは撃ち合うだけになるから休めるぞ」
「た、隊長」
「どうした?」
「他の区画から、苦戦しているとの報告が」
「……まったく不甲斐ない。クライアントももう少しマシな戦力を……」
この場は自分がいることから守りきれるが、他の区画はそうもいかない。
ウォレスはそんな状況に対し、パワードスーツの中でため息をついたあと、通信機を用いて指示を出していく。
「各ブロックの者たちは、無理にその場に留まる必要はない。予備のガードロボで足止めしつつ、レーザータレットを重点的に置いた場所まで下がれ」
「わかりました」
「民間人を集めたフロアにいる奴らは、念のために通路すべてを破壊して埋めろ。そろそろクライアントが用意したやばい代物を投入するから、ドッキングしてある連絡船から脱出させておけ」
「はっ」
いくらかの指示を出したあとは、大型のビーム兵器を持ったまま一点を見る。
そこには修理途中のロボットが存在していた。
盾と小さな機銃が装着されており、円筒に車輪を付けたような形状をしていた。
「ガードロボは動かせそうか?」
「はい」
「なら、通路を進ませろ。俺はその後ろから撃っていく」
ウォレスはガードロボと共に通路を進む。
実弾やビームによる攻撃が雨のように放たれるが、ガードロボは盾と自らの機体によって攻撃を防ぎ、ウォレスによる反撃で蹴散らしてしまう。
しかしその代償は大きく、ほんの数十秒ほどでロボットは爆発を起こして完全に壊れた。
「障害の排除を確認。おい、例のあれを保管庫から出せ」
「よろしいのですか? 概要を見た限り、敵味方問わずに犠牲が出そうですが」
「文句はアステル・インダストリーに言ってくれ。実験も兼ねてる」
「……では、キメラを解放します」
傭兵の一人が、頑丈そうなケースを開けて中の機材を操作していく。
少しすると、パンドラ全域にアラームが鳴り響き、暗い船内に明かりが戻っていく。
「最後の仕上げに、ドッキング可能なところに仕込んだ爆弾を起動させろ。あとはジャミングを少々だ。以後、通信は不可能となるので、事前に打ち合わせた通りに動くように」
そう話したあと、数分もしないうちに通信機からはノイズしか聞こえなくなる。
「なんだ……? 何が起きている……?」
パンドラ内部の広い空間。
位置的には下層部であるそこには、数十名の兵士がいた。
彼らはアステル・インダストリーの弱体化を目論む共和国の企業から送り込まれた者たちであり、今まさに証拠となりそうな生物が集められているところを制圧したばかりであった。
「ジャミングにより通信は遮断されました。それと……目の前にあるコンテナが開こうとしています」
「遺伝子操作された生物の中でも、猛獣を元にした存在が出てくるかもしれん。全員備えろ」
部隊長の言葉を受け、通路を見張る者以外は大きなコンテナへと銃を向ける。
周囲には檻が存在し、中には普通ではない動物たちが入っていた。
それゆえの警戒だったが、コンテナが開いても誰も動かない。
なぜなら、中には何も入っていなかったのである。
「……空っぽ、のようです。一応、何かないか調べてみます」
「待てっ! 中に何かが……!」
探索のために入る者がいたが、部隊長は引き留めようとした。一瞬、コンテナの奥の空間が揺らめくのを目にしたためだ。
それはまるで光学迷彩が機能した時と同じような揺らめき。
その揺らめきは、コンテナの中に入った兵士へと近づき……一瞬で丸呑みにしてしまう。
「い、今、大きな赤い口が現れて……」
「全員、コンテナへ向けて発砲しろっ!!」
実弾とビームの混じる弾幕が、コンテナの中へと叩き込まれる。
その勢いは凄まじく、コンテナそのものを破壊してしまうほど。
攻撃を中止する命令が出されたあと、生き残っている全員が扉の近くへと移動し、外に出ようとした。
「は、早く外へ!」
「焦るな! 詰まったりしたら逆に時間が」
言葉は最後まで出なかった。
突如、扉の近くにグレネードが投げ込まれたからだ。
気づいた頃には爆発し、大勢の兵士に犠牲が出る。
無事な者はわずかに残っているものの、その顔色には焦りが浮かんでいた。
「なんだ……あれは……」
「ば、化物……」
扉の上。
より正確には壁に、謎の生物が存在していた。
二本の足と四本の腕を持ち、人間を丸呑みにできるような巨大な体躯を支えている。
腕は足の代わりとしても機能しているようで、合計六本の支えが壁に張り付くことを可能としていた。
表皮は硬質な何かに覆われており、銃撃を受けた箇所はひび割れていた。
「うわあああ!」
「無闇に撃ってもあの生物には当たらんぞ!」
謎の生物は巨体の割には俊敏であり、一気に床へ飛び降りると、落ちている銃を拾い上げる。
そして使い方をわかっているかのように引き金を引いた。
一人、また一人と兵士は数を減らしていき、最後に残るのは部隊長のみ。
「カハァ……」
「くそ、通信が生きていれば、この生物の映像を船に送信できるというのに。……だが、ただでは終わらん」
足を撃たれ、もはや満足に動くこともできない。どうあってもこの命は尽きるだろう。
ならばせめて一撃だけでも与えようと、謎の生物による生暖かい息を受けながら、隠し持ったグレネードを爆発させる。
これでパンドラへ襲撃した集団の一つは全滅するが、謎の生物も大きなダメージを受けたのか、しばらくの間じっとしたまま動かないでいた。
ドォォン……!
「な、なに!?」
小型船であるヒューケラの中で留守番をしていたルニウだったが、突然起きた爆発のせいで船が揺れるため、慌てて操縦席のスクリーンを起動する。
前後左右に上下、すべての方向を見ることができるものの、停泊している時でないと全部をまともに見ることはできない。
「パンドラのあちこちで爆発……それも船がドッキングしている部分ばかり……」
明らかに普通ではない状況であり、異常に気づいたのか他の船はパンドラからわずかに離れ始めていた。
それと同時に、ファーナがやって来る。
「大変なことが起きました。ジャミングが行われているのか、内部にいるメリア様との連絡が取れなくなっています」
「え……それってかなりまずい気が」
巨大な宇宙船、孤立無援の状況、そうなると求められるのは外側にいる者の行動である。
「ルニウ、わたしがハッキングを再開するために、パンドラへケーブルを繋いでくれますか?」
「ま、任せて」
一人では、できることは限られている。
しかし、人工知能たるファーナは違う。様々なことを行える。
ルニウは貨物室に向かうと、待機状態にある人型の作業用機械に乗り込み、ファーナからの指示を受けてヒューケラとパンドラを繋ぐ作業を開始した。
普通は合わない規格を、いささか非合法なやり方で強引に接続していく。
そうすることで、無線でなく有線によるハッキングが可能となり、ジャミングの影響を無視することができるようになる。
「ルニウ、もう大丈夫です。あとはメリア様の居場所ですが……破壊されている監視カメラが増えていて、船内の状況を確認できません」
「私が助けに行くべきだったり?」
「いえ、ここで待つべきです。せめて通信ができれば色々と解決するのですが」
ドッキング部分が破壊されている影響で、パンドラの中に入るには宇宙空間を経由しなくてはいけない。
それはあまりにも隙の大きい行動であり、周囲をうろつく宇宙船を考えると、操縦席で待ち続けるしかなかった。




