44話 暗闇の中の探索
「ファーナ、仕込みを発動してくれ」
「むむ、出番が来たようです。お任せを」
パンドラ内部に仕掛けたファーナの一部。
潜伏させることでハッキングを容易に行えるようになり、探索や戦闘への手助けとなる。
とはいえ、普通の状況では逆探知されるし、対策も行われてしまう。
今のように混沌とした状況でないと、ハッキングというのは難しい。
「……どうやら既にハッキングを仕掛けてるところがあるらしく、わたしがシステムを利用できるようになるまでかなり時間がかかります」
「わかった」
あとは待つだけだが、それだけでは時間がもったいない。
パンドラ内部での探索を行うわけだが、数分もすると異常に気づく。
戦闘の音がまったく聞こえないのだ。
「アンナ、どう思う?」
「どうと言われても。うーん、戦場となっている部分が遠いのかも。アステル・インダストリー側は戦力を一ヶ所に集めてるとかで」
「なんのために? これだけ広い船だ。色んなところで戦闘になってなきゃおかしい」
「そうなると……罠を仕掛けてる、とか? 引き込んで発動させ、侵入者を一網打尽って具合に」
「そんな都合の良い罠があるとは思えないけどね」
話している間に、エレベーターを見つける。
当然ながら、普通に乗って移動するようなことはしない。
目的の階に到着して扉が開いた瞬間、通路で待ち構えていた敵に攻撃される可能性があるからだ。
そこでメリアは、普通ではない方法でエレベーターを利用することにした。
中に入り、天井に目を向け、上部ハッチからシャフトへと出る。
「このあとどうするの?」
「こうする」
メリアはそう言ってしゃがむと、ケースから粘土のような代物を取り出すと、エレベーターの各所に設置していく。
それは柔らかな爆弾。小分けにしたり、形を変えたりすることで威力を調整できるという代物。
アンナはそれを見て、今いる場所からすぐに降りると、先程の通路へと移動した。
「もう、いきなり爆破だなんて」
「手っ取り早い方法があるなら、それを選ぶまで。さっさと証拠となるものを得て、おさらばしたい」
その後、信管をセットしてからメリアもその場を離れる。
ちょっとした爆発のあと、エレベーターのかごは落下していくが、途中で安全装置が機能したのか落下は止まる。
「三つ下までは行けそうだね」
「向かう先に誰もいないことを願いましょ」
今はまだパンドラ内部には重力が存在する。
もしも体が一気に落ちるようなことがあれば、死なないにしても致命的なダメージとなるのは容易に予想できた。
シャフトの中を二人は慎重に降りていくと、まずは耳を澄ませる。
結構な音が出たので、異常を感知した者が近くに来ているかどうかを確かめたのだ。
一分、二分、三分……自然と呼吸は静かになっていく。
「……巡回とやらはいなさそうだ。扉を開ける」
「なら私は武器を構えておくわ」
扉は固く閉ざされているが、少しばかり手順を踏めば簡単に開く。
通路に出たあと、扉を閉めてから移動していくのだが、不気味なほど静けさに満ちていた。
数分ほどは誰とも遭遇せずにいたが、途中で倒れている人影を発見する。
近づいて確認すると、倒れていたのは傭兵。すでに死んでいるのか、ピクリとも動かない。
パワードスーツを着ており、破損の状況からしてビーム系統の攻撃にやられているようだった。
「アンナ、見覚えは?」
「ないわ。位置的に襲撃側の者でしょうね」
「うん? これは……まだわずかに体温がある」
「あらら、殺した相手が辺りにいるかもしれないし、警戒しないとね」
よっぽど寒いところでもない限り、死んですぐに体温がなくなることはない。
時間と共に失われるのであり、メリアはヘルメットの機能を切り替えて、体温がわずかに残っていることを把握する。
そのあと傭兵の死体を漁り、使えそうな代物としてグレネードをいくつか手に入れる。
「さてと、次は」
「メリア様、報告があります。部分的に監視カメラの画像を確認することができるようになりました」
立ち上がった時、ファーナからの通信が入る。
内容は、次の行動を考える際にとても役立つものだった。
ただし監視カメラ自体の掌握には時間がもう少しかかるとのこと。
「でかした。戦闘はどの程度起きてる?」
「わたしが確認できる範囲では、そこそこ銃撃戦が起きてます。なんだか大きめの通路では、機甲兵が投入されてるほどです」
「……襲撃側も念入りに用意してきたね」
パンドラの内部は広い。通路も一般的な宇宙船と比べて大きく、機甲兵のような兵器を運用するにはちょうどいい場所なわけだ。
「進展したらまた連絡をします」
「早めに頼むよ」
通信が終わると、メリアの肩が叩かれる。
「ねえ、どこと通信してたの?」
「あたしの味方さ。今はパンドラにハッキングをしてもらってる。とはいえ、襲撃側にもハッキングをしている奴がいるようで、予想よりは遅れているけど」
「人が悪いわね~。協力関係にあるんだし、教えてくれてもよかったんじゃない?」
「今回限りの関係だろうに。あまり手の内を見せてもね」
一人は共和国の特別犯罪捜査官、一人は宇宙を荒らす海賊。
本来なら手を組むはずがない者同士。
メリアはやや冷たく言い切るが、アンナは肩をすくめるだけで済ませた。
「友達でしょ?」
「追う者と追われる者だってのに?」
「あの時、私と一緒に色々と巡ったわ。断ることだってできた」
「捜査官だなんてわかっていなかったからだよ」
「でもそれって、捜査官ではない私となら色々巡ってもいいということに他ならないけど」
「……少し懐かしかっただけだよ。まさかこの広い宇宙で再会するとは思わなかった」
「ふーん……ま、そういうことにしてあげる」
笑みを浮かべるアンナと、顔をしかめるメリア。二人の反応は対照的だったが、すぐにそれどころではなくなる。
ビシュッ!
「なっ……!?」
突如目の前を閃光が貫く。
それはビーム系統の攻撃であり、幸いにも命中はしなかったため、二人は即座に閃光が飛んできた方向へ攻撃を行う。
「牽制、その後あそこの曲がり角へ!」
「ええ!」
通路の真ん中で撃ち合うのは非常によろしくない。自分たちは姿を晒しているのに、相手の姿は見えないからだ。
なので牽制のための射撃をしつつ曲がり角に向かうと、通路の壁を盾にして銃撃戦へと移行した。
「さっきの傭兵をやったのは、あいつか?」
「おそらくは。戦う? 逃げる?」
ビームの放たれる数はそれほどでもないため、予想される相手は一人のみ。
今ならどうとでも動くことができるが、メリアは数秒ほど考え込んでから、通信を切り替えて呟く。
「ファーナ、監視カメラの映像はどうなってる? 確認できそうか?」
「少々お待ちを。……確認できましたが、既に破壊されてるのも多く、一部しかわかりません」
「人数はわかるか?」
「一人、です。しかし、明らかに人間ではない姿をしています。クマのような存在が、ライフルを構えて射撃を」
「アステル・インダストリーの悪事に関わってそうだ。ちょうどいい、捕まえて色々聞き出せる」
メリアは情報をアンナに共有したあと、先程の傭兵から手に入れたグレネードを手に持つ。
「アンナ、今からこれ投げるから相手の注意を引き付けて」
「危ないけど、わかったわ。だけど、届くの?」
「届かせる」
撃ってきている相手との間に、これといった障害物はなく、邪魔をするのは距離だけ。
アンナが身を出して撃ち合う間に、力の限りグレネードを投げる。
一つ、二つと投げたあと、三つ目は転がした。
やがて何度も爆発が起き、こちらへの射撃は途切れるので、メリアは一気に駆け出した。
「何者なのか、姿を見せてもらおうか」
まっすぐな通路を全力疾走することで、数秒もすると攻撃してきた者の姿を目にすることができるが、ファーナが通信で言った通りそれはクマだった。
茶色い毛皮の大きなクマ。
それが物騒な文明の利器である銃を持っている姿というのは、わかっていても驚いてしまう。
「これは……また……」
「メリア!」
「ああ、わかってる!」
一瞬、動きの止まるメリアだったが、アンナから声をかけられることで、すぐにビームブラスターを構える。
設定は非殺傷ながらも、生身の人間に何発も当てればさすがに危険なことになるが、相手がクマなのでエネルギーが切れるまで撃ち続けた。
「ぐ……おぉ……」
「さて、殺しはしないよ。代わりに話を聞かせてもらおうか。茶色いクマさん?」
全身が痺れて動けなくなったクマは、ゆっくりと床に倒れる。その際の振動は足を通じて伝わった。
よく見ると、バックパックなどを装備しているため、倒れたクマは人間と同等の知識と知性を持っていることがわかる。




