43話 パンドラへの潜入
それは最初、雑多な集まりだった。
他の星系に繋がるワープゲートすべてから出現すると、途中から合流を繰り返し、いくつもの小規模な艦隊が生成される。
まるで示し合わせたようにパンドラへと近づいていく有り様は、複数の勢力がいるとは思えないほど。
「もしもし? メリア、気づいてる?」
「気づいてるよ」
「今すぐあなたの船に向かうから、準備しておいて」
「ああ」
少しして、宇宙服姿のアンナがやって来る。広い範囲が装甲に覆われている戦闘用のものだ。
その手には大きなケースがあったが、中には複数の銃器が入っていた。
「ちょっと場所借りれる? 組み立てるから」
「……そこのテーブルが空いてる。何をする気だい」
「一般人が持てるのって、非殺傷設定にしたビームブラスターだけだけど、抜け道があるわけで」
大きなケースに入っていたのは、片手で扱えるビームブラスターのみ。
しかし、アンナはケース内にあるすべてを取り出すと解体していく。
テーブルには大量のパーツ散らばるものの、その中から特定のものを選んで組み合わせていった。
そうすると、両手で扱うライフルが完成する。
「よし、できた」
「やれやれ、共和国の捜査官ともあろう方が、目の前で法律違反をしてくれるとはね」
「あ、一応他言無用だからね?」
「はいはい、わかってる」
アンナがやったのは、合法な物の中に違法な武器のパーツを仕込むというもの。
民間人が所持できる武器には制限があるが、こうすれば制限を超えた武器を使えるというわけだ。
当然ながら違法であるが、それなりに広まっている手法だったりする。
「そういえば、近づいてる艦隊だけど、どれがどの勢力に所属してると思う?」
「わかるもんかい。しばらくは様子見だよ」
まずは宇宙港を出る。
そしてちょっと推進機関が故障した感じを装い、人型の作業用機械で船外に出て修理を行う。
予備のパーツと入れ換えるだけだが、念には念を入れてかなりゆっくりと。
修理の途中、心配した警察のパトロール船から通信が入るも、見ての通りだと言って誤魔化してしまう。
「へえ、考えたわね。これなら宇宙空間で一ヶ所に待機してもおかしく思われない」
「それでも限度はある。あとは向こうの状況がどうなるか」
宇宙港から少し離れ、パンドラからも距離がある。
傍観者という意味ではこれ以上ない位置だが、自発的な行動には出れない。
適当に修理に悪戦苦闘していると、パンドラに最初に到着する艦隊があった。
ドッキングに手間取っているところからして、無理矢理に乗り込んでいるのだろう。
つまりは、アステル・インダストリーに敵対する勢力。
「メリア様、少しいいですか?」
「手短に」
ファーナからの通信が入る。
内容は、どうしてアステル・インダストリーは敵の侵入を許しているのかというもの。
「惑星の軌道上にあるのだし、助けを求めればどうにでもなると思いますが」
「警察や軍の介入は、船内を調べられる可能性が出てくる。それよりは、自分だけで解決した方がいいんだろうさ」
「ドッキングを許しているのもその一環ですか?」
「おそらくは。惑星の軌道上で撃ち合えば、即座に警察や軍が飛んでくる。だけど、パンドラの内部に引き込んでしまえば、どれだけ銃撃戦をしようがバレることはない」
その巨大さゆえに、複数の艦船がドッキングしようとも怪しまれることはない。装甲の分厚さから、多少の爆発も問題はない。
誰も気づかないうちに、パンドラ内部で面倒事を処理するつもりなのだろう。
そうなれば、敵対的な勢力を逆に弱体化させ、反撃に移ることもできる。
しかし、ファーナにとっての疑問は続く。
「内部には客として民間人とかがいると思いますが、その辺りはどうなります?」
「……さすがにどういう対応で済ませるのかはわからない。星系内での怪しげな動きを察知した瞬間、船内からそれとなく脱出させてくれるとありがたいけれど」
気にはなるものの、どうすることもできない。
他の艦隊もパンドラに近づいた辺りで、ヒューケラの修理を終えると、一度ワープゲート方面へと加速する。
「メリア様、目的地からは遠のいてますが」
「さすがにそのまま乗りつけるわけにもいかないからね。一度外装を変更する」
ずっと同じ船に乗っていると、敵対的な海賊に船の外観を覚えられることがある。
基本的にそういう者は返り討ちにしてしまうメリアだが、相手するのが面倒な時は船の外装を変えて見た目を誤魔化すこともあった。
「ファーナ、レーダーの範囲内に船は?」
「存在しません」
「よし、今のうちに済ませよう」
貨物室から、予備のパーツの一部を取り出すと、船体の各所に差し込んで組み立てていく。
作業自体は十数分ほどで済むが、ヒューケラの外観は大きく変わる。
ややずんぐりとした感じになり、ダミーのエンジンが二つほど増えた。
結果として、おんぼろさが増している。
「……もう少しマシな見た目の方が」
「微妙な見た目だからこそ、誰も注意を払おうとしない。まあそれはとにかく、お喋りは終わりだ。今からパンドラへ向かう」
改めてパンドラへと向かうメリアだったが、到着する頃には、何十隻もの船がパンドラへドッキングを果たしていた。
すべてが小型船だが、だからといって気を抜くことはできない。
なにせ、自分たちの戦力はごくわずかで、手持ちの武装も貧弱な限り。
敵対的な集団と遭遇してしまったなら、かなりの不利を覚悟しなくてはいけない。
「アンナ、準備は?」
「できてるわ。それじゃ、パーティー会場に行きましょうか」
「……歓迎を受けたくないパーティーだね」
ドッキングは他の船から離れてる部分を選び、妨害のないまま完了する。
そしてメリアは武器や道具などが入ったケースを持ち、アンナと共に突入するが、内部は電源が落ちているのか真っ暗だった。
呼吸できる空気があるため、生命維持機能は生きているようだが、それ以外は駄目になっている可能性が高い。
幸いにも、今いる通路には戦闘の痕跡がないことから、次の行動を話す余裕がある。
「あたしらが来るまでに、だいぶ派手にやりあってるようだね。……そっちのヘルメットに暗視機能は?」
「あるわ」
「それじゃあ、音を立てず慎重に進もうか」
かつて乗った豪華客船ほどではないものの、パンドラの通路にはフロアガイドがあった。
見つけたのはスタッフ用のもの。
それを確認すると、今いるのは上層部分であることが判明する。
「この状況で証拠になるようなものは……」
「下層部分にあると思うわ。具体的には、オークション会場がある辺りに」
「なら動くエレベーターを探すとして」
メリアは最後まで言葉を言う前に口を閉じると、アンナの肩を無言で叩いて遠くを指差す。
その先は曲がり角となっており、奥からライトの光が見え隠れしていた。
相手の規模が不明なため、急いで隠れる場所を探し、近くのスタッフ用トイレに入ると息を潜める。
そうしていると、話し声が聞こえてきた。
「まさか協力することになるとはな」
「それはこっちのセリフだっての。まあ、敵対するよりはいい」
「ははっ、皆さん緊張し過ぎでしょう。危険な役回りは別の方々がやってくれて、自分たちはこうして巡回組となっている。今はそれを喜びましょうよ」
軽く耳を傾けるだけでも得るものはあった。
複数の勢力は現在協力関係にある。
それはメリアたちからすれば厄介な限り。
「アステル・インダストリーが、パンドラ内部に抱え込んだスキャンダルの塊。どんなものがあるんだろうな?」
「確か、禁制品の取引。実物と会場がどこかにあるはず」
「違反な代物がたくさんあるんでしょうねえ。表沙汰にするだけで、アステル・インダストリーが大きな痛手を受けるような物が」
話し声と足音から、相手は三人。
奇襲を仕掛ければどうにかなるだろうが、ここは戦闘を選ばずにやり過ごす。話し声が遠ざかるのをメリアは待った。
そして外に出ても大丈夫か確認したあと、軽く息を吐いた。
「ふう……協力関係、か」
「これはまずいかもね」
「なら帰るかい? 今ならまだ間に合うが」
「それはできないわ。せめて一つでも証拠を得ないと」
やるべきことは、禁制品を取り扱っているという確実な証拠を得ること。
そのためには、現在の船内の状況を知る必要がある。
通路を移動している最中、メリアは宇宙服の通信機能を使い、こっそりとファーナに連絡を取った。




