41話 襲撃の情報
「起きてください。通信が来ています」
ヒューケラ内部の自室で寝ていたメリアは、自分を呼ぶ声に反応して目を覚ます。
基本的に食事や睡眠を操縦席で済ませることがほとんどなため、自室とはいえ利用する機会は少ないが、ファーナが来てからは普通の部屋として使う機会がやや増えた。
「ん……今起き……」
体を動かそうとした時、違和感に気づく。
何かに押さえられ、思うように動かせないのだ。
メリアが少し視線を動かすと、抱きつくような姿勢で横になっているファーナを見つけることができた。
「おいこら」
「することがないので」
「他の端末に集中すればいいだろ。アルケミアに残っているだろうに」
「目の前に無防備な様子でメリア様が寝ている。これは好機以外のなにものでもありません」
「ふざけたことを抜かすな。そもそも、あたしの許可なくこういうことするんじゃない」
「なら今許可ください」
「誰がやるか」
現在、ヒューケラの内部では重力を弱めてある。
そのせいで、機械の体の重さに気づけなかったわけだが、メリアは無表情のままファーナの顔を両手で挟み込んだ。
「にゃにをふるのでふか」
「スキンシップが鬱陶しい。この言葉の意味は理解できるかい? うん?」
「でもでも、たのひいでひゅよ?」
「あたしが楽しくないんだが。やめろ」
「いやでひゅ」
メリアはファーナの頬をつまむと、ぐにぐにと上下左右に引っ張り、最終的にはぺしぺしと軽く叩いたあと押し退ける。
「ったく、どこの誰がこんな代物を作ったのやら」
「ふふふ、このわたしは特別な人工知能であり、操作しているこの端末も特別。つまり特別な存在というわけです」
「特別、ねえ? こうやって引っ張ったりすると、感触は生身のそれだ。ずいぶん精巧だけど薄気味悪くもある」
話しながら、メリアはファーナの頬を再び引っ張る。
相手が生身の人間ならさすがにしないが、所詮はロボットなので、割と手荒く扱っているのである。
あとは個人的な恨みもいくらか含まれていた。
「あの、何度も頬をひっはるのは」
「数百年も前に、この水準のロボットを作れるのは、どういう組織なんだか」
「そもそもどのくらい国がありますか」
「……セレスティア帝国、帝国から分離独立したセレスティア共和国、そしてホライズン星間連合」
「じゃあ、そのどれかだと思います」
半分狂っているように思える人工知能、巨大で特殊な船、そして妙に精巧で頑丈な少女型のロボット。
これだけの特別な代物を作るとなると、国が関わっていないと不可能に近い。
「だけど謎がある。どうして放浪していたのか。普通に考えると、これだけ性能が高いのを手放すようなことはしないはず」
「手放すしかない状況だったとか?」
「どんな状況だい。大規模な戦争とかなら、さっさと戦場に投入されてなきゃおかしい」
謎は深まるばかりだが、いつまでも考え続けることはできない。
寝ていたせいか既に数時間が過ぎており、ディエゴからの通信が来たからだ。
宇宙服とヘルメットがしっかりと自分の姿を隠していることを確認したあと、メリアは操縦席に移動して通信に出る。
「……メリア、俺はこの件にはこれ以上関わらない。まずはそれだけを言っておく」
「ずいぶんなことを言うじゃないか。何を知った?」
スクリーンに映るディエゴの表情は、どこか疲れたような様子でいた。
それは肉体的な疲労ではなく、精神的な疲労によるものだろう。
つまりはそれだけ厄介な情報を得たわけだ。
メリアが続きを話すよう促すと、軽い舌打ちのあとディエゴは自らが知ったことを口にしていく。
「パンドラという船だが、表向きには色々なものが入った複合施設となっている。だが、裏では違法な代物を売買している。オークションという形で。取り扱うのは違法な代物」
「なかなかの悪事だね。けれど、似たようなことはバスーラの宇宙港でも普通に起きてるだろう? 盗品の売買とかさ。あそこで商売してるのに何を恐れてる?」
「……パンドラは近いうちに襲撃を受けるそうだ」
「どこから?」
「スキャンダルを表沙汰にすることで、船の所有者であるアステル・インダストリーの弱体化を目論む共和国の企業。共和国で混乱を起こすことで、共和国経済に食い込むことを考える帝国の企業。その他にも、雇い主が不明な傭兵や海賊がちらほら動いてる」
それはなんとも物騒な話だった。
パンドラ自体、ちょっとした要塞と呼べるほどの大きさがあるため、もし複数の武装した勢力が入り込めば熾烈な争いが起きるだろう。
そうなると、船の外側での争いは既に始まっていると考えてよかった。
「この動きは俺個人でも掴めた。つまりアステル・インダストリーという大企業様も把握しているはず」
「……なるほど。非常に面倒なことが、知らないうちに進んでるわけだ」
「面倒事に巻き込まれたくないから、もう切るぞ。傍受される可能性がないとも言えない」
ディエゴからの通信は一方的に切断される。
残されたメリアは、腕を組んで考え込む。
アンナは、ずいぶんと間が悪い時に捜査を始めてしまった。そして彼女に協力する自分も、巻き込まれてしまうことだろう。
一応、見捨てるという手段もあるにはあるが、その前にまずは話し合う必要があった。
端末から連絡を入れるとすぐに出る。
「はーい。どうしたの?」
「ちょっと話し合いたい事態が起きた」
「今どこにいるの? 私は宇宙港だけど」
「……自分の船」
「なら、今から向かうから、どこに停めてるか教えて」
「第二ブロックの端、船名はヒューケラ」
「はいはーい。私が来るまでに、隠しておきたいものは隠しておいてね」
連絡が済んだあと、メリアは軽く息を吐いてからファーナとルニウを呼ぶ。
「このあとアンナが来る。話し合いが済むまでの間、隠れておくように」
「盗み聞きするのはありですか?」
「……いちいち説明するのも面倒だから許可する。ただし、バレないようにね」
「あのー、私も同席したりとかは」
「駄目だ。向こうは、ルニウが海賊の下っ端だったことを知ってる。余計な質問を防ぐため、隠れておくように」
言い含めたあと、話し合うための部屋を用意する。
共和国の捜査官に、あまり船内をうろうろされても困るためだ。
ヒューケラは小型船ながらも個室がある。
メリアの部屋と、今まで物置代わりだったところをルニウの部屋にしたものが。
その中で、私物のあまりないメリアの部屋が選ばれた。
「お邪魔しまーす」
「……こっちだよ」
アンナは数分ほどでやって来ると、物珍しそうに船名を見渡す。
「中古で買った船だ。見ていて楽しいものはないよ」
「これがメリアの船なんだな~って」
「今はそういう話よりも大事なことがある」
「そうね」
小型船の部屋の中、お互い向かい合うように座ると、メリアはディエゴから得た情報をアンナにすべて知らせる。
様々な勢力がパンドラを襲撃しようとしているというものを。
ただし、どういうところから得た情報なのかは伏せた上で。
「……襲撃、ねえ。せっかく違法なオークション会場をこの目で見て、あとは証拠をどうにかして得るだけなのに」
「ずいぶんな進展があったようでなにより」
「でもね、撮影とかして確かな証拠を手に入れないと、アステル・インダストリーは余裕で逃げおおせてしまうのよ」
「いっそ、襲撃によって内部が混乱しているところを狙うとか」
それはなんとなく口にした適当な意見であり、それゆえにアンナは即座に否定する。
「いつ襲撃が来るかわからないのに、狙えるわけないでしょ。二日や三日ならともかく、毎日ずっとパンドラに入り浸るのも、それはそれで怪しいし」
「なら、諦めてしまうのは? 色んなところが襲撃するなら、アステル・インダストリーの違法行為は表沙汰になるはず」
「それもそれで不安があるのよね。共和国一の大企業が、襲撃への備えをしないはずがない。もし、襲撃をすべて撃退してしまったら、証拠どころではないわ」
何をするにしても、どこかしらに問題は残る。
ならどうするべきか。
「うーん……何かあるなら、その兆候を見逃さないようにする? それで、襲撃があったらすぐに私たちもどさくさ紛れに潜入し、証拠を入手したらさっさと脱出」
「……敵ばかりな場所に突っ込むようにしか聞こえないんだが」
「手に負える事態になることを願いましょ。できることには限りがあるからね」
ひとまずの方針は決まるが、どこか不安が残るものとなる。
武装や医療品の類いをその間に準備していこうにも、現在の立場は一般人であり、今いるところは共和国管轄の正式な宇宙港。
海賊の宇宙港とは違い、用意できるものには限度があった。




