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40話 待つ時間

 「メリアさん!」


 戻ってすぐに、ルニウが嬉しそうに出迎える。何もせずに待つのは退屈だったからか、抱きつきそうな勢いで。

 だが、メリアは軽く避けるとファーナに言う。


 「ファーナ、通信の邪魔にならないよう、こいつは向こうに」

 「わかりました。ほら、あっち行きますよ」

 「こいつって言われた……」


 部品の消耗を抑えるため、船内の重力は弱められており、ルニウはファーナに引っ張られる形で操縦室から出ていった。

 それからメリアは、いつもの宇宙服を着てヘルメットを被り、通信を開く。

 スクリーンには見覚えのある男性が表示される。


 「メリア、遅かったじゃないか」

 「ディエゴ、こちとら仕事の途中だったんだよ。で、うちのファーナじゃ駄目な話ってのは?」

 「……帝国の貴族様がな、秘密裏にメリアを探している」


 ディエゴという男性は、宇宙船の修理以外にも身分証の偽造といった非合法なことを仕事にしている。

 そのため、並大抵のことでは動じない人物であるわけだが、そんな彼がどこか険しい表情を浮かべていた。


 「その貴族はどこのどなただい?」

 「フランケン公爵。お前さんが俺に最低限しか関わらせなかった、美味しい仕事の彼女だよ」


 帝国貴族、それも公爵となる人物に関わる出来事は、相当なお礼を期待できる。

 そんな美味しい仕事にほとんど関われなかったことを、ディエゴはやや恨めしそうに言うも、メリアはまるで気にしないでいた。


 「払うものは払っただろうが」

 「たった十歳の女の子が、公爵だぞ? 手助けした時のお礼を考えると、もう少し深く噛ませてもらいたかったぜ。……まあそれはともかく、どうする? 公爵様に会うつもりなら場を設定してやれるが」

 「そもそも、どんな用件なんだい」

 「ただ会いたいだけだそうだ」

 「……まずは今の仕事が終わってからだ。あたしは忙しいとでも伝えてくれ」


 現在受けている仕事を放っておいたまま、次の仕事を受けることは、自分の評判に関わるため頷くことはできない。

 それはメリアにとって意外と大きな部分を占めており、だからこそ今まで生き残ってきた。

 信頼というものは、後ろ暗い世界でこそ重要であるために。


 「ふーむ、なら向こうにはそう伝えておく。しかし良いのか? 帝国の貴族様だぜ? それも公爵だ。よさげな仕事が待っているかもしれない」

 「今の仕事が優先される。それに、もう少しほとぼりを冷ましてからでないと」

 「あー、フランケン星系では派手にやったみたいだな? 宇宙港の一つがぼろぼろになって、海賊のまとめ役だった奴が死んだ。なぜか色んな海賊が争っていたけど、明確な犯人は不明って感じでな」


 メリアたちが去ったあとの状況を軽く話したあと、ディエゴはわずかな笑みを浮かべる。


 「あんなに派手なのは、今までのお前のやり口には思えない。……あのロボットちゃんが関係しているな?」

 「さあね。あまり首突っ込むと痛い目にあうかもしれないよ」

 「ご忠告どうも」


 あとはこのまま通信を切るだけだが、メリアは途中でスイッチに手を伸ばすのを止めると、スクリーンに映るディエゴを見る。


 「そうだ。せっかくだし頼み事がある。情報が欲しい」

 「情報の種類によっては、通常料金の他に追加料金がかかる。何を知りたいんだ?」

 「共和国の大企業、アステル・インダストリーが所有するパンドラという船について。表向きのものだけじゃなく、裏についても調べてくれ」

 「……おいおい、よりによって共和国一の企業とか。まあ新技術辺りの情報じゃないし、そこまでセキュリティは厳しくないだろう。数時間後には連絡する。少し待っててくれ」

 「ああ」


 このあと通信は切れる。

 アンナとの予定は早めに切り上げたため、午後からはほぼ自由である。

 とはいえ、ディエゴからパンドラについての情報を受け取ることも考えると、あまり遠くに出歩くことは避けたい。

 そうなると、自分の船であるヒューケラで過ごすしかないわけだが、これがこれで重大な問題があった。


 「メリアさん、出かけないなら私と遊びませんか?」

 「しない。遊びたいなら、マージナルの地上にあるゲームセンターにでも行けばいい」

 「一人で遊ぶのってつまらないですよ」

 「ファーナ、一緒に行ってやりな」

 「お断りします。わたしは優秀な人工知能なので、あっという間にすべてクリアしてしまいますから」


 ファーナは腰に手を当てると、わざとらしく自信満々に言い切る。

 さらには小憎らしい表情をも浮かべているが、メリアは一瞥するだけで済ませると、何も言わずに通り過ぎようとした。


 「お待ちください。無視するのはどうかと思います。そこは何か言うべきです」

 「……なんで意味のないことに付き合わないといけない。というか今のはわざとか」

 「でもそういう意味のないことこそが、人間にとっては楽しいことだったりします。例えるなら、ルニウがゲームセンターで遊ぶように」

 「いやいや、あの時はファーナも遊ぶ気だったでしょ。メリアさんからお金もらってたし」

 「二人とも、うるさい。あたしは外に出る」


 言い合う二人にそう言ったあと、メリアはヒューケラのエアロックから宇宙空間へと出る。

 そこは完全な無重力。

 しっかりと命綱がついていることを確認したあと、軽くジャンプをしてから船体の合間に漂う。

 宇宙港の中とはいえ、重力が働かないくらい外側なので、船体をデブリへの盾にしているわけだ。


 「ふう……一人の時と比べて、騒がしいったらありゃしない」


 今まで一人だった。

 しかし今では、常に誰かがいて騒がしい。

 内心鬱陶しく思っているものの、心のどこかで受け入れている自分がいる。

 そんなことをぼんやりと考えている途中、メリアは盛大にため息をつく。


 「……これが歳を取るってやつか」


 考えを振り払うために惑星の方を見る。

 まばらに広がる白い雲、広大な海の青さ、大地に広がる植物の緑、そして砂漠となった地面。

 人類が生存可能な惑星というのは、軌道上から見ればとても大きい。

 だが、広大過ぎる宇宙においては、そんな惑星ですらちっぽけなものに過ぎない。

 帝国や共和国は、地図の上では広大な範囲を領域としているが、実際に利用できている空間はほんのわずか。


 「メリア様、危ないですよ」

 「たまにはこうするのも悪くない。危険については理解してるよ」


 宇宙服の通信機能を通じてファーナが話しかけてくるも、メリアはそう言うとそのまま漂い続ける。


 「戻らないなら、わたしもご一緒します。それで、ぎゅっとしがみついたりとか」

 「一人の時間が欲しいんだが?」

 「一人というのは寂しいですよ?」

 「……それは実体験からかい。出会った時、あたしのことを数百年ぶりの人間だと言ったが」

 「どうでしょう? ご想像にお任せします」


 しばらくの間、沈黙に包まれる。

 それは、数分が過ぎてメリアがヒューケラの中に戻るまで続いた。




 「さあてと、そろそろ次の行動に……」


 メリアが自らの船にいる間、パンドラに残ったアンナは、船内にある飲食するスペースで食事の最中だった。

 船内の店は、地上の店と比べると少々割高だが、これはそういうものだと思って受け入れるしかない。


 「警備員さん、少しよろしいかしら?」

 「どうかしましたか?」

 「友達を連れてきたものの、先に帰っちゃって。だから、ここの“秘密の場所”に足を運びたいと思ってるの」

 「はて、そのような場所はパンドラにありましたでしょうか……?」


 近くの警備員に声をかけたあと、アンナは自らの端末の画面を見せる。

 そこの映るのは、ロボットレスリングの会場でメリアに見せた、違法な賭博の画面であった。

 警備員はそれを見ても何も言わずにいたが、画面が切り替わり、これまでにどれだけの金額を動かしてきたかの履歴が表示された瞬間、大きく頷いてみせた。


 「会員の方でしたか。これはとんだ失礼を。今すぐご案内いたします」


 目立たないよう、スタッフ用の通路を進んでいくことになり、途中からエレベーターで三層から一層へと移動する。

 そうやって到着した先は、何やら談笑する人々に満ちている広い空間だった。

 いくつもの座席が並ぶ先には、ちょっとしたステージが存在し、今はオークションが開催されていた。

 警備係なのか、パワードスーツを着込んだ傭兵たちが目立たないところに立っているが、そこまでやる気に溢れているわけではないのか、雑談していたりする。


 「皆様、こちらをご覧ください」


 マイクを持った司会者らしき男性が示す先に、大きな檻が運ばれてくる。

 車輪の付いた台座に乗っているその檻の中には、クマが座っていた。

 これといって特殊な部位が生えたりはしていない、普通の茶色いクマである。


 「アルクトス、皆様にご挨拶を」

 「……する意味があるのか」

 「君の今後の待遇に関わる可能性がある」

 「はぁ……お越しの皆様、自分はアルクトス。どんな生き物かは見ての通り」


 クマが喋ったことにより、辺りはざわめきに満ちる。

 アンナも驚いた一人であるが、そのあとやや険しい表情となってしまう。

 目の前にいるのは、違法な手段で生み出された存在であるために。


 「こちらのアルクトスは、一般的なクマの遺伝子を弄ることにより、人間に匹敵する知性と言葉を獲得するに至りました。当然、銀河の各国では違法なのですが、ここにいる皆様にとっては些細なことでしょう!」


 遺伝子の操作、それは生命の本質に関わる重大な技術であり、利用には厳しい規制が存在する。

 人間以外の生物に行うことは、特別な目的や条件がある場合を除き禁止されているわけだ。

 もし遺伝子を操作した生物を売買していることが明らかになれば、関わった者たちは法的な責任を問われる。

 だが、だからこそ儲かるという側面も存在する。

 なにせ、このオークション会場のように、お金持ちを相手に商売できるからである。


 「世にも珍しいペット。誰かお求めの方はいますか!」


 司会者が大きな声で言うと、会場にいる客たちが次々と値段を口にしていく。

 それはどんどん増えていき、やがて一人の男性が落札してしまう。


 「準備がありますので、受け渡しは数日後となります。他に気になることがあれば、近くのスタッフにお尋ねください」

 「……終わったか。そろそろ戻らないとね」


 アンナはオークション会場に長居することなく、その場を立ち去る。

 記録を撮ることも考えたが、少し目を凝らせば監視カメラがあちこちにあるのが見えるため、目の前の違法な売買についてはそのままにするしかなかった。

 無理に撮れば、即座に周囲の傭兵たちが武力を行使してくるだろうからだ。

 これは録音に関しても同様。


 「お客様、お手持ちの機器を確認させてもらいます。念のために全身をスキャンしますが、体内に金属がある場合はさらに細かな確認があります」

 「ええ、大丈夫よ。どうぞ」


 入る時は何もなかったが、出る時に色々と確認される。周囲に武装した傭兵が立ち塞がる形で。


 「問題はないようなので、お通しします」

 「それじゃあね」


 それゆえに、どのような手段であれオークション会場を記録することは不可能であった。

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