38話 パンドラへ
翌朝、賑やかな通りに面している豪勢なホテルの一室にて、メリアは目を開ける。
枕元には、連絡用の端末が音を出しながら振動しており、それによって目を覚ました形だ。
「どう、起きてるー?」
「……朝っぱらから元気そうだね」
「もしかして夜更かししたの? それはよくないわよ」
「ちっ、誰のせいでそうなったと」
アンナからの連絡に、やや不機嫌そうに答えるメリアだったが、これには理由があった。
昨日の夜、帰ってきたメリアを待ち受けたのは、ファーナとルニウによる鬱陶しいまでの質問攻めだった。
とにかく、アンナとは協力関係になった。いざという時は海賊として行動をする。やり方はこちらの好きなようにできる。
最も重要なそれらのことを話したはいいが、アンナについても質問され続けた結果、寝るのが遅くなってしまったのだ。
「はぁ……で、今日会う場所は?」
「軌道エレベーターから宇宙港へ。そのあとパンドラに。予約はしておいたから」
「わかった。そういえば変装とかは?」
「髪型と目の色変えるだけで良いと思う。なにせメリアはとても綺麗だから」
「……はいはい」
ベッドのすぐそばには、既に起きていたファーナとルニウがしゃがみこみ、端末でのやりとりに耳を傾けている。
そして連絡が終わると、すぐに立ち上がって出かける用意を整えていく。
「アンナという人はずるくないですか? ずるいですよね?」
「ルニウ、くだらないことを言うその口を閉じてろ」
「嫌です。まだ言いたいことが」
「じゃあ船から下りてもらおうか。こっちはクビにすることだってできるんだ。そうなれば二度と会わずに済む」
「んぐぐぐぐ……」
クビにされるかもしれないとあっては、ルニウはこれ以上何かを言うことができなくなってしまう。二度と会えないという言葉も効いていた。
雇う者と雇われる者。そこには明確な力関係が存在する。
しかし、まだ厄介な相手は残っていた。
「メリア様。潜入捜査をするなら連れていくべき者がいます。ハッキングができて可愛くて頑丈で強い、そんな存在が。具体的には目の前に」
「……自画自賛するのは良いとして、連れていくのは駄目だ。ロボットじゃないなら少しは考えたけどね。あたしが向かうのは宇宙にある船だ。出入口は限られており、そこでの検査は厳しい」
「なら、宇宙港に停泊してるヒューケラの中で、ルニウと一緒に待機しておきます」
「何かあれば、あたしの持ってる端末を通じて指示を出す」
目の色は、普通とは違うコンタクトをすることで赤い目に。茶色の髪は、髪を束ねるゴムを使って軽く一つにまとめてから垂らす。
ついでに度のないメガネをかける。
そして昨日とは違う衣服に着替えることで、まったく違う印象の人物となるメリアだった。
一人だけでホテルを出たあと、タクシーによって宇宙港へ。
到着したあとアンナに連絡を入れると、数分後には合流を果たす。
「おお、変われば変わるものね。昨日と比べると、より凛々しさが強くなった感じかしら? できる会社員って感じね」
「変装の一つや二つ、やれなきゃ困る場面というのはある。目と髪の色、あと髪型に服を変えれば、別人と思えるほど印象は大きく変えられる」
軌道エレベーターで宇宙港に向かい、アンナが予約していたという船に乗り込む。
それはマージナル軌道上に存在する巨大な船パンドラへの連絡船であり、中には乗客が数十人ほどいる。
「結構人がいるもんだね」
「だって、今から向かうのはあれだもの」
窓から見える一点を指差すアンナ。
メリアがそちらに目を向けると、確かに巨大な船が存在していた。
外観は非常に単純で、どこか四角い箱に推進機関を取りつけただけのような代物。
しかしその大きさは圧倒的で、ちょっとした要塞に思える。
「元々パンドラは、星系間を航行する資源輸送のための大型船だった。けれど、だいぶ昔アステル・インダストリーの役員の一人が、引退間近だったこの船を購入したの。そして今では、美術館に博物館や動物園をも含んだ巨大な施設に」
「大金を積んでも、普通は買うことができなさそうだが。あそこまで大きい特注の船だと」
金額もさることながら、様々な法律が邪魔をするだろう。
そう考えるメリアに対し、アンナは苦笑混じりに答える。
「そこはほら、アステル・インダストリーの息がかかった議員を動かして法律を作ればいいし。法律ってのは、あとから作れるのよ?」
「……帝国の貴族もあれだが、共和国の企業もそれに匹敵しそうだね」
つまりは、どっちもろくでもないということである。
そこまでする意味はなんなのか。
軽く考えていくと、禁制品のことが思い浮かぶ。
「……取引のための隠れ蓑?」
「おそらくは。表向きには、物好きな役員の道楽ということになってるけど」
「だから色々詰め込んでるわけか」
普通なら一緒にはしないものを一緒にしている。
それは、様々な物資をパンドラの内部に運び入れ、中にこっそり違法な代物を混ぜても気づかれないようにするため。
そこまで考えたところで、メリアの頭の中に疑問が浮かぶ。
「そもそも、どうやって知った? どこから情報を?」
「それは言えないわ。色々な意味で」
メリアは海賊。周囲には乗客がいる。
そういう観点から、アンナは情報をどうやって得たかを口にはしなかった。
やがて乗っている船はパンドラにドッキングする。
ぞろぞろと出ていく乗客に合わせてメリアたちも移動するが、少し歩くとやや広い空間に出る。
そこでは武装した警備員による検査が行われており、大丈夫と判断された者だけが先に進むことができた。
「申し訳ありません。こちらのドリンクは、この場で飲み干すか、廃棄するかしてもらわないと入場許可を出せません」
「パンドラは広いのに、喉が渇いた時とかはどうすれば?」
「その際は、内部に食べ物や飲み物を販売しているところがありますので、そこでお求めください」
少しずつ並ぶ人は減っていき、とうとうメリアとアンナの番がやってくる。
「機械の類いはすべて提出してください。異常がなければすぐに返却します」
「どうぞ」
「私は定期的に来てるのに、いつも面倒な検査をしなきゃいけない。どうにかならないの?」
「申し訳ありません、アンナ様。なにぶん、これは規則ですので」
これといった異常が確認されなかったため、預けた機械の類いはすべて返却され、二人に対してパンドラへの入場許可が出される。
最初は無機質な通路だったが、それは少しして豪勢な内装へと変化した。
「へえ……これが船の中とは、ずいぶんと金をかけてるね」
「パンドラの中は五つの階層に分かれてて、私たちが今いるのは真ん中の三層目。飲食するスペースやトイレとかあるわ。四層が美術館兼博物館で、五層が動物園よ」
「残りはパンドラの船員や貨物室とかのスペースかい」
「そうなるわね。さて、どこから巡る?」
どこから巡ると言われたところで、メリアにとってこのパンドラという船は初めて訪れた場所。
とりあえず、四層から順番に見ていこうと提案したところ、アンナがとある方向を見ているのに気づく。
「どうした?」
「ちょっと気になる集団がね」
彼女の視線の先にあるものをメリアも見てみると、武装した怪しげな集団が下の階層に移動しているのを目にすることができた。
全容は不明だが、数十人程度はいた。
それは警備員ではない。かといって共和国の兵士でもない。
「傭兵……?」
「あるいは海賊かも。区別する意味合いなんてほぼないから些細なことだけど。それよりも装備がね」
「ああ。パワードスーツとは物々しいね」
それは装甲に覆われた宇宙服とは違い、機械を着込んでいるように見えた。
宇宙船という狭い空間では、大型の兵器は運用がしにくい。無理に運用すると船自体が壊れてしまうために。
そこでいくつか出てきたアイデアの一つが、歩兵そのものを強化するというもの。
パワードスーツは、歩兵に装甲を付与し、強力な火器を運用できるようにする代物だが、それゆえに幅広い勢力で運用できるので、軍隊以外が利用することも多い。
「こうなると、戦闘になるのはできるだけ避けた方がよさそうだね。武器を相手から現地調達できたとしても」
「さすがに生身で相手するのはきついわね」
「というか、アンナは戦えるのかい」
「まあ、それなりには? 本職には負けるけど」
話しながらエレベーターで四層に上がると、珍しい調度品や、機械で厳重に守られた絵画などを目にすることができた。
「じゃ、ここでお別れ。時間になったら連絡するから、あとは適当に巡ってて~」
「……適当に楽しむことにするよ」
潜入捜査してるとは思えないくらい、気楽そうに手を振るアンナを見送ったあと、メリアはメガネに軽く触れて位置を直す。
あくまでも注意を逸らす囮役としてだが、多少は頑張ろうという思いを込めて。




