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37話 寂れたホテルにて

 大勢の人々が行き交う都市は、夕焼けに染まりながらも少しずつ暗くなっていく。

 だが、道路の照明や店舗の看板などがきらびやかな光を放つため、場所によっては昼間よりも眩しさを感じる。

 しかし、あまり光が届かない区画というのも存在する。

 人通りの多い表はきらびやかであるが、裏は薄暗く寂れており、人の姿がほとんどない。


 「ここは……」

 「開発から取り残され、寂れてしまったところよ。あと数年もすれば、目を向けられるかもね」


 狭い路地を歩く女性の姿が二つあった。

 暗くなってもサングラスをしたままのメリアと、手を握って先導するように急ぐアンナ。

 二人が向かう先にあるのは、古くぼろぼろな建物。

 屋内に入れば、外観よりは綺麗な内装が出迎えるが、ややいかがわしい雰囲気に満ちている。


 「二人で一泊。大きな声が外に響かないような部屋をお願い」

 「ではこちらの鍵をどうぞ」


 料金を支払って鍵を受け取ったあとは、エレベーターに乗って五階へ。

 壊れかけの照明が点滅する通路を進んだ一番奥に、目的の部屋はあった。


 「安くおんぼろな部屋ね。いくらか綺麗にしてあるとはいえ」

 「だからこそ、誰も気に留めない場所になっているの。おかげで、盗聴とかの心配をせずに済むから」

 「それで、秘密裏に話したいことって?」


 やや分厚い扉が閉まったあと、メリアはソファーに腰を下ろし、さりげなく手持ちのカバンの中に手を入れる。

 中には非殺傷設定にしたビームブラスターが入っており、いざという時には撃つつもりだった。

 エア・カーという密室で、わざわざ文字だけによるやりとりを行う。

 そこまでするということは、いったいどんな厄介事がやってくるのか。

 警戒するに越したことはないというわけだ。


 「まずは、あなたの知り合いである水色の髪の女性について話しましょうか。彼女はルニウ・フォルネカ。帝国で活動していた海賊の一員。立場としては新入りで下っ端」

 「……へえ。海賊の下っ端を覚えてるなんて、アンナは情報に精通しているところで働いているのかしら」

 「ちなみに、彼女が活動していたフランケン公爵領は、海賊をまとめていた者が死亡した関係から、公爵家の艦隊が海賊の残党を討伐している途中にある」


 カバンの中にあるビームブラスターに手が触れる。引き金に指がかけられ、即座に撃つ用意が整う。


 「まあまあ、そんなに警戒しないで。そんな人物と一緒にいるってことは、あなたはまだ現役の海賊なんでしょ? それを見込んでちょっと非合法なことをお願いしたいの」

 「その前に話すことがあるはずだけど」

 「おっとっと、お互いに正体を明かさないといけないか。なら改めて自己紹介を」


 アンナは栗色をした自らの髪の毛を指先で軽く弄ったあと、軽く咳払いをする。


 「んん……セレスティア共和国特別犯罪捜査官アンナ・フローリン。所属は、今は共和国宇宙軍。広大な領域での活動、他からの支援の関係、その辺りの事情からそうなっているわ」

 「特別犯罪捜査官という立場の人が、海賊に対して非合法なことを頼みたいだなんて。どんな厄介事なのやら」


 メリアがため息混じりにそう言うと、アンナは笑みを浮かべたまま、メリアのサングラスを勝手に取ってしまう。

 そして頭の天辺から足の爪先までを、じっくりと眺めていく。


 「……なに?」

 「相手があなただから頼むの。海賊であるかどうかは、正直どうでもいいかな? なぜなら、あなたは人の視線を釘付けにできるほど美しいからね」

 「そう。お褒めの言葉ありがとう、とでも言うべきかしら」

 「ふふふふ、その言葉遣いは演技でしょ? 昔の友人の前なんだし、素のままでも良いとは思わない? 所々に、なんとか演技をしている部分が読み取れるもの」


 特別犯罪捜査官だからなのか、それとも昔の友人であるからか、アンナはメリアが演技をしていることを見破った。

 そう言われては、わざわざ面倒な演技をし続ける必要性を感じないため、メリアはいつも通りな様子となる。

 ソファーに肘をつき、頬杖をしたまま口を開く。

 かつて貴族のお嬢様だった人物とは思えないような格好である。


 「あー、やれやれだね。もう十年以上経ってるなら、お互い、昔のようなガキじゃないわけだ」

 「あらら、すっかり変わっちゃってる。私は悲しいわ。両親からは、淑女としてあなたをお手本にするよう言われたこともあったのに」

 「はいはい、それは悪うございましたね」

 「ま、もう貴族じゃないんだし、気にしても仕方ないけれど」


 アンナは気楽な感じで大きなベッドに腰かけると、自分の頭に付けていたアクセサリーを外す。

 すると、まとめられていた栗色の髪は下に流れ落ち、先端がベッドの上にいくらか広がった。


 「シャワーはどちらから先に入る?」

 「それよりもまず、用件が先だろうに。……あたしに何をさせたい?」

 「そうねえ……一言で言うと、潜入捜査」

 「どこへ? なんのために?」

 「惑星マージナルの軌道上に存在する、巨大な船。名前はパンドラ。登録されている所有者は、アステル・インダストリーという企業。その船には色々なコレクションが展示されており……さらには取り扱うだけで犯罪となるような、禁制品の取引が行われてるという情報がある」


 禁制品と一口にいっても、非常に幅広い種類が存在する。

 違法な薬物はもちろんのこと、横流しされた軍の兵器、盗難された美術品、さらには遺伝子改造によって違法に生み出された新種の生物なども。

 表では出回らないような代物が、あちこちから集まっては拡散していくのである。


 「……禁制品ね。この広い宇宙では、撲滅は難しいと思うが。いたちごっこにしかならない」

 「どうせ汚れるからって部屋を掃除しないでいるよりも、定期的にこまめな掃除をしておく方が、あまり労力をかけずに綺麗な状態を維持できるわ」

 「なるほど、確かに定期的な掃除は大事だ。でも、あたしが協力しなくとも上手くやれそうに思えるけどね」


 メリアは潜入捜査にあまり乗り気ではないことを伝える。

 そもそもの話、惑星マージナルにはのんびりするために訪れた。

 急な仕事を受けたなら、せっかくの休みが台無しになってしまう。


 「いいえ、メリアが必要なの。もっと言うと、メリアの美しさなんだけど」

 「……嫌な予感がしてきた」

 「私がパンドラで証拠集めのために色々な工作をする間、人の目を惹き付けてほしいかなーって。違法な取引の確証がないと上は動けないから」

 「つまり、あたしは適当に楽しんでおけばいいと?」

 「そうなのよ。ただ、私がなんらかのミスをした場合は武力での支援をお願い」

 「海賊として?」

 「そう。宇宙の鼻つまみ者である海賊が何しても、私が怪しまれることにはならないから」

 「とんだ捜査官がいるもんだ。……そもそも、共和国から手伝ってもらうことはできないのかい」

 「捜査してる対象の警戒心が強くてね。大きい組織が動けばすぐ気づいてしまうの。そうなれば何もかも隠されてしまう」


 アンナが現在捜査対象としているのは、アステル・インダストリーという共和国随一の大企業。

 どれくらいの大企業かというと、傘下の企業を加えれば共和国経済の何割かを担っているほど。

 宇宙船から身近な家電製品、さらには工事で使われる車両など、様々な機械を取り扱っているのが特徴だった。

 近年は、医薬品関係にも進出しているという。

 そんな大企業が保有しているパンドラという船には、何年も前から個人として通うことで常連となり、まだ捜査官であることには気づかれていないと説明するアンナだった。


 「だからって、あたしのような素人を使うのもどうかと思うけどね」

 「ただの素人じゃない。実力ある素人よ。あと、アステル・インダストリーって企業連合のトップなわけ。ここまで言えば、もうわかると思うけど?」

 「……企業連合が相手じゃ、動くに動けないか」


 企業連合というのは、セレスティア共和国における有力な企業の集まりである。

 なので加わっていない企業もたくさん存在するが、企業連合だけで共和国経済の八割を抑えているので差は圧倒的である。

 企業連合にとって都合の良い議員を増やし、そうではない議員を減らすことで、多大な影響力を保持し続ける。

 そんなことを可能とする圧倒的な資金力を背景に、共和国を実質的に支配している組織でもあった。

 そのトップともなれば、政府に色々と働きかけて捜査の妨害をすることなど、赤子の手をひねるようなもの。


 「よくもまあ消されなかったもんだ」

 「今のところは、私はただの常連でしかないもの。本格的な捜査に移れば、だいぶ危険になる」

 「……アンナの手伝いはする。しないと言ったら、どんな情報をばらまかれるかわかったものじゃないしね。ただし、こっちでやることに注文は無しだよ。海賊として行動する場合だけど」

 「まあ、色んな伝手があるでしょうし、多少のことは黙認しましょう。あ、一般人に被害は出さないようにね?」

 「わかってるよ」


 とりあえず協力することが決まったあと、メリアは部屋から出ようとするが、その時、背後から声がかけられる。


 「帰るの?」

 「待たせてる相手がいる。帰りが遅いと、向こうからやって来るかもしれない」

 「あらあら、それなら引き留めるわけにもいかないか。それじゃあ、明日どこに遊びに行くか連絡するから寝坊しないでね」


 そう言うと、さっさと浴室に向かうアンナであり、やがてシャワーの音が聞こえてくるため、メリアは軽く息を吐いたあと部屋を出る。

 遊びに行くというのは建前とはいえ、それを耳にするだろうファーナとルニウの反応を考えると、どうしても気分は重いものになるのだった。

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