36話 刺激的な娯楽
「見て見て、あの魚は尾が三つに分かれてる。どうやったらああなるのか不思議よね~」
「……確かに不思議だけど、そこまではしゃぐほどではないと思う」
大きな水槽から見える、これまた大きな魚たちの迫力はかなりのもの。
少し場所を変えれば、水中に暮らす小さな生き物を個別に見ることができ、適当に歩くだけでも飽きることがない。
一緒にいるのは、まさか再会するとは思わなかった昔の友人であるアンナ。
彼女と共に水族館を巡るメリアだったが、困ったことにあまり楽しめないでいた。
「あら、お気に召さない様子だけど、こういう落ち着いたところは物足りなかったりする?」
アンナが小首をかしげると、まとめられている栗色の髪の毛がわずかに揺れる。
「悪くはないと思ってるわ。でも、なぜか楽しめないの」
「これまでの日々で、刺激的過ぎる経験をしてきたせいかしら? そうなると、次はあなたに見合うような刺激的な場所に行ってみましょうか」
「……あまり変なところはお断りしたいけれど」
「大丈夫よ。公的に認められたものだから」
水族館を途中で切り上げると、次はエア・カーに乗り込み、都市から少し離れた場所へ。
数分ほど過ぎると、大きなドームが見えてくる。
「アンナ、何かスポーツでも見るの?」
「いいえ。人間が行うそれよりも、もっと刺激的なこと。宇宙で色々あったメリアなら、お気に召すかもしれない」
いったい何を見せられるのかメリアが疑問に思っていると、ドームに入る際、通路の壁にあるディスプレイから映像が流れているのを目にする。
そこには、ロボット同士が戦っている場面が大きく表示されていた。
「ロボットレスリング……」
「うふふ、さすがに知ってるようでなにより」
アンナは近くに設置されている端末を操作し、観戦チケットを購入した。
ロボットレスリングとは、銀河でそれなりに流行っている競技であり、人間では不可能な機械同士による派手な戦いが醍醐味となっている。
ここ惑星マージナルにおいては、色々な国から訪れた人々によるマッチングが行われるため、そこそこの賑わいを見せていた。
「ルールは単純明快。人型であること、三メートル以上の大きさ、火器は持たせずに素手のみ。相手を行動不能にできたら勝利」
購入したのは自由席のチケット。大人二名。
今は旅行客同士による戦いの予定が組まれている。
あまり興味が湧かないメリアだったが、とりあえず見てみることにした。
観客席はアリーナを見下ろす形となっており、宇宙船にも使われるような特殊で頑丈なガラスが、金属の破片などから観客を守るように設置されている。
「あまり人がいないように見えるわ」
「大きな大会とかは既に終わってるから、次の大会が始まるまではどうしても少なくなるのよ」
席の埋まりは二割ほど。
それにしたって少ないんじゃないかと思うものの、メリアはそれ以上口にせず、目の前で始まる人型機械による戦いを眺める。
殴り、蹴り、体当たりや投げ飛ばし。さらに腕や足を引きちぎったり踏み潰すことでの破壊。
まるで重機のようなロボットが激しくぶつかり合う様子は、人によっては興奮することだろう。
しかし、宇宙で実戦を何度も経験したメリアからすれば、これといって楽しめたりはしない。
「……まあ、こんなものか」
金属がぶつかる音の合間に、小さな呟きが漏れる。
これならまだ、帝国の騎士と海賊が乗る機甲兵同士の戦いの方が楽しめた。
それゆえの感想だったが、メリアのその様子を見逃さないでいたアンナは小声で話しかける。
「海賊として活動してきた経験からすると、まだ物足りない?」
「ええ」
「なら、あまり他人には勧められないものを教えてあげる」
アンナは手に持っている端末を、周囲に見られないようこっそりとメリアに見せる。
その画面上では賭けが行われていた。
しかも合法なものではなく、違法なもの。
「……まさか、アンナがそんなに刺激的なものをやってるなんてね」
競技があれば、合法違法問わず賭博もくっついてくるとはいえ、昔の友人が手を出していることには驚くしかない。
もちろん、メリアも他の海賊との付き合い程度ながらも賭博をしたことはあるため、あれこれ言うつもりはなかった。
「だから、あの時メリアの分も支払うことができたってわけなのよ。試合を頑張ってる人には申し訳ないけど、お金を賭ける方がとても興奮するの」
「これまでにいくら稼いだとか聞いてもいい?」
「うふふ……ちょっと耳を貸して」
言われた通りに耳を貸すメリアだったが、数秒後、驚きに満ちた表情でアンナを見つめた。
正規軍が運用する軍艦を一隻は購入できるほどという、予想以上の金額を聞いてしまったために。
「そんなに稼いでるなんて……いくらなんでも賭けすぎ」
「賭けに勝てば勝つほど、より大きく賭けられるようになる。そうなると、どこまでいけるのか試したくなるってものでしょう?」
「そのやり方で負けた時どうするの」
「大丈夫よ。なんだかんだ勝ち続けてるから」
それのどこが大丈夫なのかと言いたくなるものの、視界の端に見覚えのある姿を発見したため、アンナに一度断りを入れてからメリアはその場を離れる。
視界の中には、白い髪と水色の髪が見え隠れしていたが、彼女が近づくと少し距離を取ろうとするため、メリアは正体を確信して小走りになる。
「おいこら、そこの二人」
「……追いつかれましたか」
「ええと、その、これはメリアさんが心配で仕方なく」
ちゃっかり観客席に入り込んでいたファーナとルニウの二人。
追いつく頃には外の通路に出ており、アンナからは見えなくなる。
「へえ? 心配だからってストーカーみたいなことをするとはね」
「メリア様の昔の知り合いとか、とても気になります」
「そうですそうです。今のメリアさんを知らない頃の人なんでしょ? 追いかけるしかないじゃないですか」
「…………」
悪びれもせずにいる二人に対し、メリアは無言で睨みつけるも、あまり効果はなかった。
「昔の付き合いを優先するのが悪いです」
「そうですよ。なんで普段見せないような笑みを浮かべたりするんですか」
「はあ……調子に乗るんじゃない。まずファーナは、あたしの宇宙服の生命維持装置をハッキングしてきたことがあるだろうに」
「そうしないと逃げそうだったので、あれは必要な行動です」
堂々と言い返してくることに、怒りから顔の一部がピクピクと震えるメリアだが、ここはぐっと我慢して次の言葉を口にする。
「そしてルニウ。お前は一度敵対して、あたしに銃口を向けた。仕事がないと言うから雇っているのであって、いつでもクビにできるが」
「クビにするよりは、美しくて凄いメリアさんに殺してもらう方がいいです」
「……ああもう、まともな奴がいないとか、勘弁してほしい」
これ以上はやってられないとばかりに頭を振るものの、そうしたところで目の前にいる二人が変わるわけでもない。
今日の夜には戻るから、それまでおとなしく待っているように。
そう言い含めてから追い返したあと、観客席の方へ戻ろうとするが、遠くの物陰からアンナの顔が見え隠れしていた。
「みーちゃった。ふうん、あの子たちが、メリアの今の知り合いなのねえ」
「……色々あったから、一緒にいるだけ」
面倒なことになったと叫びたくなるのを抑え、メリアはできる限り冷静さを保つ。
焦りはさらなる質問に繋がり、嘘を考えるのもそれはそれで大変なのである。
「水色の髪の子は年齢が二十前後で、髪の色からして遺伝子調整を受けた人、白い髪の子は十代半ばに見えるけど、よく見るとロボット。ううーん……これは実に気になるわね?」
「……あまり詮索はしないでくれると嬉しいわ」
「やれやれ、メリアにそうお願いされてはしょうがない。これ以上は詮索しないことにします」
ひとまず窮地を脱したが、問題は残っている。
今はまだまだ明るい時間帯。
それはつまり、もうしばらくアンナと一緒に過ごす必要があるということ。
アンナが普通に違法な賭博を行う人物であることが判明したので、面倒な出来事に巻き込まれる心配をする必要が出てきた。
「さて、次はどこに行きましょうか」
「観戦しなくていいの? まだ続いてると思うけど」
「メリアが出ていった直後、故障からの行動不能が双方のロボットに発生して引き分けになった。だからもういいの」
「そう。どこに行くかは、アンナにお任せするわ」
ドームから出て、エア・カーに乗り込み、都市を目指す。
数分ほどで到着するとはいえ、それはつまり数分ほど話す時間ができるということでもある。
「メリア、夜は空いてる?」
「空いてない。というか、その言い方だと火遊びに誘ってるように思えるのだけど」
「実は誘ってる、と言ったら……?」
肩が触れ合う程度に近づくと、ゆっくりと体重をかけて密着し、囁くような声を出す。
「その手のホテルはしっかりとあるの。予約しなくても行けるところが。よければ一晩だけでも」
アンナが最後まで言い終える前に、メリアは彼女の左腕を強く掴む。
そして指輪をしてある左手の薬指を見ると、険しい表情を向けた。
「ふざけないで。私にとっても、結婚した夫にとっても、失礼なことだとは思わないの?」
「あら、海賊やってたにしてはウブね」
「アンナ……!」
それがどうしたと言わんばかりの態度に、メリアは苛立ちに満ちた表情を浮かべるも、アンナは空いてる右手で小さな端末を操作する。
数秒後には文字が打ち込まれた画面を見せてきた。
そこにはこう書かれていた。
“盗聴や盗撮の心配がない場所で、海賊としてのあなたと秘密裏の話がしたい”




