34話 旧友との出会い
この話の途中から、以前投稿したのとは異なるシナリオになります。
「あの若さで両方とも義足とはね」
メリアはサングラスの位置を直しつつ呟いた。
幼い子どもが、足を失って義足でいるということ。
それはどれだけ大きな出来事であるのか。
歩くこと、走ること、立ち上がることも難しい。
「……どんな形であれ人生は変わる、か」
幼い頃の出来事は、今後に大きく影響する。
なにせ、自分がそうであったために。
何も知らない貴族の令嬢から、生き残るためとはいえ荒くれ者ばかりな海賊となった。
昔を思い返すうちに、自然と苦笑してしまう。
「メリア様、何か思い悩んでおられるなら、わたしが受け止めてあげます」
「ふう……相手を選ぶ権利というものがある」
「そうは言いますが、わたし以外に何か秘密を吐き出せる相手がいるのですか? 海賊相手に正体を隠し続けてきたのに」
「やれやれ、うるさいね」
ファーナとの軽いやりとりのあと、少しだけ疑問に思った。
両足が義足の幼い少年が一人で遊んでいる。
不便な肉体となっている子どもは、親や保護者といった大人の目が必要なはずなのに、肝心の大人はどこにも見えない。
これはさすがに問題があるだろうに。
そんな考えが浮かぶメリアだったが、ルーニが話しかけてくるため意識はそちらに向かう。
「メリアさん、今遊んでる人の内容を見れるみたいです」
近くには、現在遊んでいる者の戦闘状況を見ることのできる機械が壁際に設置してあった。
今は先程の少年一人しか遊んでいないため、彼の実力だけを確認することができた。
「ええと、どうやらオンラインで、惑星上にいる他のプレイヤーと戦ってるみたいですけど……え、自分以外すべて敵になってます」
「へえ、そういうルールでやってるとはね。あの若さで頑張ってるとでも言おうか」
画面には、限りなく現実に近い風景と機甲兵が描写されている。それは没入感を高めるためだろう。
一度に出撃できるのは六機。
つまり一対五という状況なわけだが、驚くことにたった一機にもかかわらず、数で上回る相手に互角以上の戦いを演じていた。
「あの少年はこのゲームの実力者ってところか。立ち回りや牽制の上手さは、さすがと言える」
「多分、相手の方も彼と同じくらい上手なはずなんですよね。そうでないと、マッチング的な問題があるわけで」
「なら、機体の差もありそうだ」
六機の形状には違いがある。
その中でもっとも目立つのは、孤軍奮闘している四つ足の機体。上半身が人、下半身が馬、それらが合わさっている
他が二本足であるため、かなりはっきりとした違いだった。
「機甲兵であんな形状のは見たことがない」
「それはゲームだから、だと思いますよ」
現実で作るとなると費用がかかる。実用化するために何度も試行錯誤を繰り返すからだ。
だが、ゲームの中ならどんな形のを作ろうともお金はかからない。遊ぶための金額はかかるとはいえ。
「さて、あたしは適当に中を見て回る。遊び終わったら連絡するように」
「はい」
「メリア様、お金を渡すのを忘れてますよ。お金がないと遊べません」
「……くれぐれも無駄遣いはしないように」
今は旅行客を演じているため、手元にあるお金はかなりのもの。残りは船の中に残してある。
三割ほどをファーナに渡したあと、メリアはゲームセンターの中をゆっくりと歩いていく。
だが、騒がし過ぎるので数分ほどで外に出た。
都市の中も騒がしくはあるが、騒がしさの種類が違う。
「うーん……耳が」
耳をほじりながら周囲を軽く見渡せば、旅行客が多く歩いているのが見える。
一人だけの者、若いカップル、さらには両親や子どもと一緒に行動する夫婦という団体の姿も。
旅行客向けのお店はたくさん存在し、一部の店ではベンチやテーブルが外に用意されているところもあった。
惑星マージナルには共和国以外から訪れた人々が大勢いるわけだが、見た目だけではどこの出身かはわからない。
「どこもかしこも人ばかり。老若男女、色々いるわけだ。ふう……眩しい」
メリアは適当な店からドリンクを購入すると、空いているベンチに座る。
ぼんやりとしながら空を見上げたあと、小さく息を吐いた。
それは久しく訪れていない平穏。
何も知らない子どもの頃は、そう珍しくもなかった。
しかし生まれの秘密を知り、海賊になってからは、惑星に降り立つ機会は少なくなる。
ぼんやりと空を見上げることは皆無といってよかった。
「……あの、少しよろしいですか?」
「うん?」
どれだけの時間が過ぎたのだろう。
ドリンクに入っている氷が溶けていないことから、あまり時間は経っていない。
どこか気を抜いていたメリアに対し、呼びかける声があった。
声の主は、同年代らしき若い女性。
栗色の髪の毛は軽くまとめられ、着ている衣服や身につけているアクセサリーなどから上流階級であるように思える。
「どうしました? 私に何か用ですか?」
表向きには普通の旅行客を演じているため、他人に対しては普段よりも丁寧な対応をするメリア。
栗毛の女性はそんな対応を受けて少し考え込み、やがて何かを確信したように頷くと、メリアがしているサングラスへと視線を向けた。
「そのサングラスを取ってもらえないかしら? ほんの数秒でいいから」
「は、はぁ……」
ずいぶんといきなりなお願いではあるが、強硬に拒否することでもないため、メリアは困惑しつつもサングラスを外す。
それから数秒ほどの沈黙のあと、栗毛の女性は両手を叩いて笑みを浮かべた。
「やっぱり! あなたメリアでしょ? メリアよね?」
「え、ええと……どちら様ですか……?」
「私のこと覚えてない? それもしょうがないか。なにせ、最後に会ったのは十年以上も前ですからね。アンナ。アンナ・フローリンよ。どう? 思い出した? メリア・モンターニュさん」
「アンナ……」
メリアは名前を呟いたあと、どこか驚いたような表情となる。
昔、何も知らないまま貴族の令嬢として過ごしていた頃は、他の貴族の子と交友関係があった。
とはいえ、生まれが生まれなのであまり多いわけでもない。
かつて自分を引き取ったモンターニュ家は、借金のせいで他の貴族との関係が少ない。これがかなり影響している。
目の前にいるアンナと名乗った栗毛の女性は、当時における数少ない友人であるわけだ。
「……驚いた。まさかこんな偶然があるなんて」
貴族でなくなってから十年以上が過ぎている。
なのにこの広い宇宙で昔を知っている者と再会するというのは、どれほど珍しいことであるのか。
メリアが驚いていると、アンナという女性は手を掴んで優しく握り込む。
「それはこっちのセリフよ。あなたが宇宙船の事故で亡くなったと耳にした時、どれだけ悲しかったことか」
「そんな大袈裟な」
「宇宙船の事故は、大抵の場合ひどいことになります。昔、勉強してきたでしょ?」
「……ええ。そうね」
宇宙というのは広大で、それゆえに人が活動できる範囲は狭く、過酷な環境でもあった。
空気がなく、有害な宇宙線に満ちており、そして海賊などの荒くれ者たちが活動している。
宇宙船というのは、過酷な星の海を突き進むために必須の密室であり、どのような事故であれ乗員の命に関わる。
「しかし不思議ね。モンターニュ家が当時出した発表では、あなたは事故で亡くなってしまった。けれど実際はこうして生きている。どうせ貴族の政争絡みってところだろうけど」
「それは……」
失敗作として処分されることになっていた。
そこから色々あって海賊として過ごしている。
それらを馬鹿正直に言えるはずもなく、メリアが次の言葉に迷っていると、所持している携帯端末から音が鳴る。
「ごめんなさい。知り合いから連絡が」
「どうぞどうぞ。でもあまり長く待たせないでね?」
サングラスをしてから一度アンナから離れる。
そして端末を弄ると、聞き慣れた声が聞こえてくる。
「メリア様、今どちらですか?」
「ゲームセンターから出て、少し歩いた店の前のベンチにいる」
「気が済むまで遊んだので今から合流します」
「いや、もう少し待っていてほしい。昔の知り合いに会ってね」
「ええっ!? メリア様の昔の知り合い!? 急いで向かいます!」
「来るな」
通信が切れた瞬間、メリアはアンナのところに急ぐ。
このままでは非常に面倒で鬱陶しいことになることが予想できてしまったため、この場を離れるつもりだった。
「アンナ。会えてよかったわ。用事があるからそろそろお別れ……」
「待ってちょうだい。ここには旅行に来たのでしょう?」
「え、ええ、そうだけど」
「なら、今日くらいは私と一緒に色々と巡りましょ。あとは、あなたがこれまでどうしてきたかを知りたいの」
「そうね……こんな偶然、次はないかもしれない。そうさせてもらいましょうか」
遠くにファーナとルニウの姿がわずかに見える。
だが、メリアは懐かしい過去の友人との交流を優先し、アンナと共に人混みの中へと姿を消した。
それはいくらか感傷的な気分だったのも影響していた。




