33話 地上の建物
宇宙港や軌道エレベーターといった巨大な施設は、大勢の人々が暮らす地域から離れたところに存在する。
そうでなくては、いざ事故が起きた時に甚大な被害が発生してしまう。
軌道エレベーターの古くなった部品が地表に落下したり、大気圏を突入する宇宙船が墜落したりなど。
「緊急速報をお伝えします。本日未明、第六地区の軌道エレベーターにおいてケーブルが破損。幸いにも死者は出ませんでしたが、しばらくの間機能を停止するため、利用予定だった方は指定された機関へと連絡を……」
エア・カー内部に設置されている液晶画面には、テレビのニュースが流れていた。
それは惑星マージナルにいくつかある軌道エレベーターで事故が起きたというもの。
かなり重大な事故だが、死者が出ていないのは不幸中の幸いといったところだ。
「メリア様、事故が起きたそうです」
「あたしたちが利用してないところで良かったよ」
「なかなかに冷たいコメントです」
エア・カーの中には、後部の座席に三人で座っていた。
真ん中にファーナ、それをメリアとルニウで挟んでいる形になる。
「死者が出てないしね。骨の一本や二本折れてたとしても、今の医療技術なら、数日もあればすぐ治る」
「死なないなら、どうとでもなると?」
「そうだよ。そこら辺は、最近まで学生だったルニウの方が詳しいんじゃないかい」
窓から外を眺めていたルニウだったが、いきなり話を振られたのでやや慌てる。
外の景色は、人が暮らしている地域から離れているからか豊かな自然を見ることができた。
「え、いきなりそう言われても。……まあ、スポーツ系のサークル活動とかで、捻挫したり骨を折ったりとかはたまにありますから、医療ポッドのお世話になる人は結構いますね」
「ふむふむ、そうですか」
人体を治療するための医療ポッドはそれなりに高く、維持費もかかる。
部品の確保がやや面倒なため、地上ではそれなりにあるが、宇宙船の場合は設置してあるところは限られている。
軍艦辺りでは標準装備と言えるものだが、民間の艦船にはあったりなかったりと幅があった。
ちなみにヒューケラやアルケミアには存在しない。
「ピピピ……このまま都市部へと向かいますが、宇宙港に忘れ物などがあれば、引き返すこともできます」
エア・カーは自動運転であり、機械らしさの薄い比較的なめらかな音声による案内が行われる。つまり安物ではない。
運転席には誰も乗っていないが、ハンドルは独自に動いていた。
「忘れ物、ねえ。ないからこのまま都市部へ向かってほしい」
「承知しました。それでは、しばらく直線が続くので、徐々に加速します。シートベルトをしているか、確認をお願いします」
音声が流れたあと、エア・カーは少しずつ加速していく。
自動運転だからこその加速は、事前に備えていなければ、それなりに苦しい。
しかしそのおかげで、数分もしないうちに惑星マージナルの都市部へと到着することができた。
「またのご利用をお待ちしております」
料金を支払ってから降りると、音声が流れたあとエア・カーは去っていく。
「さーてと、まずは宿泊できる場所を」
「メリアさん、待ってください。ちょっと立ち寄りたい建物が」
「どこだい」
「あそこです」
メリアが歩こうとした時、ルニウは呼び止めると、とある建物を指差した。
彼女が示す先にあるのは、きらびやかな電飾の看板が目立つビル。
いわゆるゲームセンターというところだった。
「海賊になってからずっと宇宙にいたので、地上のこういうところは懐かしさを感じて」
地上では様々なものが揃っているが、宇宙にあるものは限られている。
宇宙港ならまだしも、宇宙船の中における娯楽はどうしても限られてしまい、それは電子ゲームも例外ではない。
わかりやすいところでは、ネットワークを利用しないものしかできないのだ。
「……まったく、遊ぶなら自分のお金で」
「もちろんそうしますよ」
「メリア様、わたしは自分のお金がないので、代わりに出してください」
どうやらファーナも行く気であるのか、すぐに便乗してくる。
「却下」
「なぜですか。わたしのご主人様なら、ここはお金を出すべきです」
「あの時、勝手にしてきたくせに、よく回る口だねえ。これは」
メリアはファーナの頬を両手の指でつまむと、上下左右にぐりぐりと動かし、さらには引っ張ったりもする。
「何をするのですか」
「ファーナの頬を弄ってるが。小憎らしいことを言ってくるこの口は、いつになったら落ち着くのかと思ってね」
「ずっとです」
「…………」
「そろそろやひうまがでてきまひゅが」
わずかに増した怒りと共に、さらに強く引っ張るメリアであったが、ファーナからの指摘を受けて手を離す。
都市部には大勢の人々が出歩いており、そんな中、目立つやりとりをしたせいで少し野次馬が集まり始めていたのだ。
「やれやれ、早く行くよ」
「はい」
「わたしの分はどうなりますか?」
「ったく、出すから静かにしな」
悪目立ちする前に、電飾の看板が目立つゲームセンターへと入った。
すると騒音としか表現できない様々な音が聞こえてくるようになり、メリアはわずかに顔をしかめる。
「ゲームセンターというのは、どこもこうなのかい? 忙しい時の修理工場並みだ」
「そうなります。メリアさんのその様子からして、こういうところは初めてだったりしますか?」
「そうなるね。幼い頃は貴族として毎日勉強していた。あとは他の貴族の子と、ダンスや楽器の演奏会とかの経験がある」
「むむむ」
昔のことを語るメリアを見ていくルニウであり、今の姿を上から下まで観察すると、腕を組んでから大きく頷いた。
「普段の口調からはそう思えませんが、黙っているとなんとなく高貴さを感じてきます」
「……で、そんなことを言うためにここへ入ったのか? なら帰るが」
「あ、そうでした。遊ぶために来たんでした」
慌てて店内を進んでいくルニウであり、メリアとファーナはそれを追いかける形で移動する。
建物の内部には、きらびやかな光を放つ機械に溢れ、様々な機械の前で熱中している人々の姿を見ることができる。
それだけならまだしも、怒鳴り合って喧嘩をしている者もいるので、中は混沌としていた。
「……たかがゲームでよくもまあ」
「見たところ、チームに分かれて複数人で対戦するゲームのようです。だからなのでは?」
関わり合いになりたくないので足早に去ると、とある大きな機械の前にルニウはいた。
どうやら待っていたようで、どこかはしゃぎながら手招きをする。
「あ、こっちですこっち。みんなでこれやりませんか?」
「これは……」
「機甲兵の内部ですね」
それは機甲兵の内部を模してあった。
外観は長方形のような個室になっており、中に入った人のことを、外から見えないようにしてある。
「ほぼ本物に見える」
「というか流用しています。これは」
「私も驚きました。帝国では、機甲兵に乗れる者は制限されてますから、模した機械とかも厳しい制限があります。なので、共和国のゲームセンターにこういったものがあるのに驚きです」
帝国においては、機甲兵に乗るための資格が厳密に定められている。
ただし、そういった制限は平民にだけ課され、貴族は必要としない。
帝国は、平民と貴族の間にわかりやすい区別を設けているが、機甲兵に関することはそのうちの一つであった。
「お姉さんたち、帝国の人? 遊ぶなら早くして。遊ばないならどいてほしいな」
その時、割り込む声があった。
聞こえてくる方に顔を向けると、そこには十代前半ほどの少年が立っていた。
「そこまで急いでないから、お先にどうぞ」
メリアはそう言って道を空ける。
少年は軽く会釈してから、長方形の個室に入るのだが、その時普通ではないものが見えた。
彼の両足は義足だったのだ。




