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300話 海賊としての終わり

 当初の予想よりも早く怪我が治ったため、アンナからの提案を受けて、メリアは集団で遊びに向かうためのリゾート施設を探すものの、ここで少しばかり計画はつまずく。


 「……十年という月日は長いもんだね。まさか潰れてるとは」

 「あらら、どうしましょ」


 二人は困ったような表情を浮かべていた。

 幼少の頃、貴族の令嬢だった時代に訪れたことのあるリゾート施設へ予約を入れようとしたのだが、なんとも驚くべきことに潰れてしまっていたのだ。

 貴族平民問わず、裕福な者が利用していたところだったが、帝国における大規模な内戦の影響から経営が成り立たなくなったため、少し前に閉鎖しているとのこと。


 「内戦のせいで駄目になるとは」

 「でも、これはこれで嬉しいわ。だってねえ、子どもの頃限定とはいえ、あなたと私の大事な思い出が他の誰かに上書きされることがなくなったもの」

 「……そうかい。昔の思い出に浸るのはいいけど、代わりとなる遊びに行く場所を探すことが先だ」


 こうなってはどうしようもないため、全員呼び集めて話し合うことに。

 大型船トレニアのブリッジに集まったのを確認したあと、メリアは言う。


 「あたしが子どもの頃に行ったリゾート施設は潰れていた。なので、代わりとなる場所に行こうと思うがどこがいい?」

 「メリア様と一緒ならどこでも」

 「色んな惑星を巡る豪華客船の旅!」

 「既視感がないところ」

 「あ、私はそっち側に合わせるから。あえて言うなら、年長者としての余裕ってところかしら?」

 「……意見がバラバラなのは困るね」


 全員が思い思いに語るため、どこに向かうべきか悩む。

 具体的にどこがいいか口にしたのはルニウだけだが、豪華客船の旅となると結構な金額が必要になる。

 そこで星系間通信を利用し、フランケン公爵たるソフィアに相談してみる。


 「はい。どうしましたか?」

 「豪華客船でのんびりしたい。ただし、高級過ぎない程度のものがいい」

 「そこそこの難題です。高級なものであれば、数人分のチケットが手元にあります。公爵であるわたくしへの贈り物として届いた代物ですが。それでよければ差し上げます」


 何かよさげな情報が得られないか、とりあえず聞いてみると、チケットをくれるという。しかも無償で。


 「いいのかい。結構な金額がするだろうに」

 「わたくしは公爵という立場ゆえに、護衛たちから一人での行動が認められていません」

 「あー、まあ、そうなるだろうね」


 ソフィアは十歳という幼い身でありながら、公爵位を相続し、公爵となった。

 元々は貧しい伯爵家の当主であったため、その当時から付き従っている者からすれば、どれだけ警戒しても足りないということはないわけだ。


 「成長すれば、少しはマシになるだろうさ」

 「長い日々を待たないといけません。困ったものです」


 それから少しばかりソフィアの愚痴に付き合ったあと、通信は終わる。

 チケットに関しては、電子的なものではなく旧来の紙で作られた代物ということで、すぐさま受け取りに向かう。

 惑星ドゥールのある星系からフランケン公爵領まで多少の距離があるが、数日もすれば到着する。


 「こちらをどうぞ」

 「わざわざ公爵自身が来なくてもいいとは思うけれどね。横にいる護衛の人なんか、どうにも険しい表情なわけで」

 「ソフィア様、あまり自ら色んなところに出かけるのは、政務の処理が滞るので避けていただきたいのですが……」

 「わたくしは公爵ですよ? それに十歳の子どもがしばらくいない程度で回らなくなるなら、そっちの方がおかしいです」

 「フランケン公爵、護衛を困らせてもいいことはありませんよ。そう言いたくなる気持ちは理解できますが」


 やれやれとばかりに、メリアは真面目そうな様子で言う。相手は公爵で自分は伯爵なので、それに合わせた言葉遣いを。

 貴族としての経験はそれほどでもないが、貴族の争いは目にしてきた。

 武力を用いるもの以外に、武力をあえて用いない陰惨なものも。

 世話になったメリアから軽く注意されたことで、チケットを渡したあとソフィアは軽く頭を下げてから立ち去った。


 「さて、どんな豪華客船かだが……ファーナ」

 「検索します」


 チケットに書かれている会社や船の名称を、ファーナは調べる。

 そして一つの事柄が判明した。

 かつてメリアが、公爵となる前のソフィアを帝国の首都星に送り届ける際に利用したのと同じところだったのだ。


 「……因果なもんだ」

 「以前ハッキングしたのと同型船ですね」

 「まあ、遊ぶにはいいか。色々あるだろうし」


 豪華客船は巨大なだけあって、内部にはたくさんの娯楽が存在する。

 出歩く気分ではない場合に備えて、船室の中にいても楽しめものは多く、集団で遊ぶことを考えるなら悪くはない。


 「よーし、場所は決まった。この豪華客船は一週間後に出発するようだから、移動しながら旅行の準備だ」

 「うおおー」

 「楽しみです」


 さすがに、いつもの格好で豪華客船に乗り込むことはできない。

 一般人丸出しな姿では、周囲から浮いてしまう。それでは楽しめない。

 メリアだけ、髪の色や目の色を変える変装をしていたが、それ以外は全員がどこか高級そうな衣服に身を包む。

 そして、豪華客船の停泊している宇宙港に到着したあと、全員でチケットを持って受付に。


 「そのチケットは……皆様、こちらへどうぞ」

 「あら、検査などはしないのですか」

 「皆様がお持ちのチケットですが、する必要がない方々であることの証明書としても機能します」

 「それは嬉しい誤算ですね」


 検査によって余計な時間が取られることなく、船内の大きな一室へと案内される。

 数人が軽く過ごせる部屋で、トイレなどはもちろん完備。

 なんなら内部から移動できる別室にキッチンもあるため、小さな家として利用できるほど。


 「日程としては、一ヶ月かけて複数の星系を移動する。ただし、国から国へ移動するものは、以前海賊の襲撃を受けたことから、今のところ延期となっている」


 室内に備え付けられているやや大型の端末を手に取ったあと、豪華客船の日程についてメリアは話した。

 そしてこのあとは自由行動となるわけだが、部屋を出ようとしたメリアの腕を誰かが掴んで引き戻す。


 「うわっとっと……」

 「メリアさん、どうせなら一度全員で劇場とか見に行きません?」

 「だからといって腕を引っ張るな。見に行くのはいいとして、内容を楽しめるかは知らないが」

 「大丈夫ですって。貴族は教養の一環として見るわけで、そんな貴族との付き合いが大学時代あった私も見ることになりました。なので問題は、ファーナとセフィちゃんだけです」


 せっかくなので船内の劇場へ向かうと、出港前に劇が一度だけ開催されるとのこと。

 あと数分で始まるようなので、空いている席に座ると、座席に設置されているモニターから演目を確認することができた。

 とある貴族のクローンが、自らはクローンと知らされないまま貴族の子どもとして育てられ、十五歳になったある日、自らの生まれを知り、貴族の家同士の争いに翻弄されていく。

 そんなあらすじを目にしたメリアは、わずかに顔をしかめた。


 「はぁ……」

 「ため息をつきたくなるのはわかるわ。まあ、どういう劇になるのかお手並み拝見ってところね」

 「アンナは……いや、いいか」

 「ちょっと、何か気になること言うじゃないの」

 「なんでもない。アンナは、思ったよりは変わってないなと考えただけ」

 「そう」


 少しすると照明は暗くなっていき、劇が始まる。

 豪華客船内部でやるだけあって、役者の演技は思わず感嘆するほどには上手く、物語自体の流れはまずまずといったところ。

 全体的な評価としては、見に行って損はない。


 「メリアさん」

 「うん?」


 劇場から出たあと、ルニウが声をかけてくる。

 周囲には人が多いので、一度人が少ないところまで移動すると、恐る恐るといった様子で尋ねてきた。


 「劇を見て思ったんですけど、もしメリアさんが海賊にならず、貴族の家同士の争いに翻弄されているという状況だったなら、いったいどうなってたんでしょうね」

 「さあね。ただ、どうあっても武力を用いる争いをしていた。これだけは確実だとは思う」


 強くなければ、海賊として生き残ることはできなかった。

 そして厄介なことに、貴族という存在も強さを求められる。

 個人としてのものか、集団を率いる者としてかは別としても。


 「結局、戦いからは逃れられない?」

 「いいや。今のあたしは戦いから縁遠い。ここしばらく何もなかっただろう?」

 「旅行の準備で忙しかったくらいですね」

 「ま、これからだ。あたしの人生は」


 メリアは笑みを浮かべると、歩いていく。

 その先にはファーナたちが集まっていた。


 「次は別々に行動したい」

 「カジノですね?」

 「ギャンブルと家族、どちらが大事だと思いますか?」

 「ずっといるわけじゃない。こういうお高いところのは滅多に来れないんだ。なんなら、社会勉強の一環としてセフィも来るか」

 「メリア様、さすがにそれはどうかと」

 「では、少しだけ」


 メリアと共にカジノに向かうことをセフィが受け入れたため、ファーナはわずかに驚くと、ルニウとアンナを見た。


 「二人とも、見ていたなら止めてください」

 「まあ、子どもが入ることは断られるから」

 「行けても、スロットマシンぐらいよ。あの子はそれを後ろから見るだけ。なのでそこまで心配いらないわ」

 「そうですか」


 二人の言葉通り、スタッフらしき人物となにやら話をするメリアであり、やがてスロットマシンに向かい、セフィは操作せず眺めていた。

 なお、小さな勝ちと負けを繰り返した結果、時間だけを無駄に消費して終わりとなる。

 お金は減っていないがなんとも不満そうな表情のメリアと、そこまで面白く感じていないセフィが戻ってくる。


 「メリア様、どうでしたか?」

 「無駄に疲れた」

 「勝ってる時にやめればよかったのに。お母さんが無駄に粘るから」


 ちょっとした指摘を受けつつも、その後は全員で船内を軽く巡る。

 広く、大勢の人々がいるため、これが宇宙船の内部とは思えないほどだが、放送が始まるとここが宇宙船の中なのを実感することに。


 「お集まりの皆様にお伝えします。当船はこれより一時間後に出港しますので、皆様は一度それぞれのお部屋にお戻りください」


 その放送をきっかけに、人々が一気に移動する中、メリアだけはのんびり歩いていた。

 ファーナも付き従っており、ルニウたちは一足先に部屋に戻っている。


 「メリア様」

 「どうした」

 「キスしてもいいですか? 色々平和になったので」

 「平和か」


 帝国、共和国、星間連合、それらの国にいた海賊たちは、組織としての終わりを迎えた。

 個人として活動する者はいるだろうが、以前ほど一般人に被害を与えることはないだろう。

 そしてそれは、海賊としてのメリアの終わりを意味している。


 「……いいよ」

 「え!?」

 「断ると思っていたなら聞くな」

 「今までのメリア様なら断っていたのに」

 「以前よりは、マシな宇宙になった。なら、少しは気を抜いたって問題ない」

 「むむむ、なんか釈然としませんね」

 「で、どうする?」

 「今です、今」

 「それならそこの階段に」


 ファーナが何段か上がると、メリアは白い髪をした少女型の端末の頭部を両手で掴み、自らに軽く引き寄せる。

 時間にして一秒か二秒が経ったあと、お互いの顔が離れた。


 「もっと大人なやつを」

 「贅沢言うな」


 メリアはそう言うと、ファーナの手を握って歩く。


 「手を握って歩くのって、いいですよね」

 「そうかい」

 「旅行が終わったらどうしますか?」

 「なんでも屋の拡大に、伯爵家の領地となった惑星の管理、あとはリラや彼女が面倒見てる子どもたちへの対応もあるか。人工島の建設はもうしばらくかかりそうだ」


 端末を見ながら呟いた。

 その画面上には、様々なデータが表示されており、旅行の最中でも近況を知ることはできる。


 「なかなかに大変です」

 「だからこそ、未来に満ちている。海賊としてのメリアはもう終わり。これからは、モンターニュ伯爵としての日々が始まる」


 海賊としての終わり。

 しかしそれは、メリアという存在の終わりではなく始まりでもある。

 色々あった日々だが、こうして無事に生きている。

 始まりは、ファーナという狂った人工知能との出会いから。

 廃棄された船の中にいた存在ながらも、しがない海賊を翻弄してきた。

 その当時を思い出すと、メリアはわずかに苦笑する。


 「何か面白いことが?」

 「ああ。まあ、とりあえず言えることは、ファーナと出会えてよかったよ」

 「告白ならもっと早くにしてください」

 「馬鹿、これは告白じゃない」


 部屋に戻るまで言い合うものの、それもすぐに終わる。

 やがて船は出港し、メリアは窓の代わりに外を映し出すモニターを眺める。頬杖をつきながら。


 「……さようなら、そしてこんにちは」


 その視線は、より正確には画面上に反射する自分の顔に向けられていた。

 メリアという海賊は、この日を境に完全に消息を断つ。

 代わりに、メリアという貴族が帝国の歴史に名前をポツポツと残すようになるのだが、それはまた別のお話。

ついに最終回となりましたが、ここまで長く付き合っていただきありがとうございます。

感想や評価をいただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
メアリとは違い、メリアは3人を、繋がりを大事に抱えて生きるのね。放り投げても戻って来るけども(笑)。とても楽しかったです。ありがとう、お疲れ様でした。
気の強い女海賊がヤベー変態レズ達をあしらいながら ムカつく相手に噛み付いたり、因縁に決着をつける良かった…
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