299話 けりをつけたあと
数日後。
惑星ドゥールの宇宙港においてメリアは治療を受けていた。
最新の設備はないものの、少しグシャグシャになった腕を治す分には一昔前の設備でも事足りるため、今は病室で安静にしているわけだ。
「次のニュースをお伝えします。数日前、メアリ・ファリアス・セレスティア氏が亡くなられた件についてですが……」
することがないのでニュースを見ていたが、メアリの死に関するものが放送されていた。
内容は比較的短い。
メアリが死んだ直後、フルイドを経由して情報が伝えられ、その肉体は司法解剖されることとなった。
なお、亡骸を輸送していた艦船については行方不明となっているということも話される。
「意外と……大騒ぎにはなってないね」
大昔を生きていた若き皇帝。
彼女が現代に復活したあと、何者かによって殺された。
普通ならもっと深刻そうな感じのニュースになると思っていたメリアだったが、意外にも芸能人が死んだ時と同じ程度な扱いに、やや首をかしげる。
この疑問に対して答える者はいた。
セフィである。
「お母さん、それはやっぱり、内戦を引き起こした人物なのが大きいのでは?」
治療が終わるまでの間、特に何もないので身の回りの世話や看病などをしていたセフィだが、カットされている果物を食べながら語っていく。
「帝国を二分する争いとなった内戦は、当然ながら大勢が亡くなりました。敵味方のどちらも」
親皇帝派と反皇帝派に分かれて戦ったが、これは親メアリ派と反メアリ派と言い換えてもいい。
一部の貴族は、どちらにも味方しない中立を選んだが、帝国全体からすればごくわずか。
宇宙以外に、惑星の地表も戦場になった。
それゆえに大勢が内戦と関わることとなり、帝国を二分する争いの原因となったメアリのことを快く思わない者は多い。平民貴族問わず。
「だから、皇族でありながら、それなりの取り扱いというわけか。あたしが殺したとはいえ、なんとも寂しい終わりだ」
「お母さんが死んでいた場合は、もっと寂しい終わりになりますよ」
「……まあね。ニュースとして放送され、形ばかりとはいえ追悼の言葉が流れてる時点で、あいつは腐っても皇族ってわけだ」
ニュース番組をこれ以上見る気はないため、メリアはさっさとチャンネルを変える。
両腕はギプスで固定されているため、動きにくそうにしながらも体を起こすと、ベッドから降りた。
「やれやれ、いつになったら腕と肩は動かせるようになるのやら」
「無理に動かそうとしなければ、一ヶ月以内には治るのでは? 人類が宇宙に進出する前の水準の医療では、骨が砕けた時とかはかなり長い時間がかかるというのを見ました。医療関係の雑誌で」
「ひとまず技術の発展に感謝しとこう。機甲兵用の武器を人間が使うと、ろくでもないことになる」
固定された自分の腕に視線を向けたメリアは、軽いため息をついた。
「果物が食べたい」
「既に全部食べてしまいました。なのでないです」
「…………」
最近セフィは図々しくなってきたなという感想が浮かんでくるが、それを口にしたりしない程度の自制心はある。
メリアは無言で頭を振ると、ファーナを呼び出して果物を持ってくるよう指示を出す。
「え? もう無くなりました?」
「セフィが全部食べた」
「ルニウみたいなことしますね。あとで宇宙港の店舗に行って買ってきます」
「いやちょっと待ってくださいよ。それ明らかに私を馬鹿にする意味合いの……」
どうもファーナはルニウと一緒に行動していたようで、通信越しに文句が聞こえてくる。
とはいえ、メリアは何か言うこともなく無視した。
医者から、来客が来ているという連絡が入ってくるので、ひとまずそちらを優先することにしたのだ。
「失礼します。メリア・モンターニュさん。パウロ・ハンプトンさんが面会を求めていますが、どうされますか?」
「こちらへ通してください」
どういう用件か聞くことはしない。
わざわざ足を運んできたということは、通信で話すのは避けたい話題というのが予想できる。
少しして部屋の扉が開くと、見覚えのある男性が入ってくる。
「なかなかの大怪我のようですが、詳しくは聞きません」
「わざわざ、軌道上のここに来た用件は?」
「惑星ドゥールを所有しているモンターニュ伯爵にお尋ねしたいことがありまして」
海洋学者のパウロ・ハンプトン。
彼は惑星ドゥールに暮らす数少ない人間であり、研究者たちを取り纏める立場でもある。
そんな彼が口にするのは、人口がほとんどないドゥールに引っ越したいという者がいるため、それを受け入れるかどうかというもの。
「ふーん? どこからそういう話が?」
「リラという女性から。アンナという人物がメッセンジャーとなった」
「へぇ……そいつはまた興味深い」
「近いうちに訪れるだろうから、その時、細かな部分を話し合ってほしい」
「わかった」
「ああ、それと、大企業による惑星の開発が進んでいるが、何か注文があるなら早い方がいい。時間が経てば経つほど要望が通りにくくなるから」
パウロは言うだけ言うと、軽く会釈してから去っていった。
それからさらに数日後。
アンナとリラがやって来る。
二人は、ギプスを装着しているメリアの姿を見て驚いた様子でいたが、長くは続かない。
現代の医療技術はかなり発達しているため、こうして治療を受けている時点で大丈夫だろうと判断したのだ。
「あなた、無事に勝ったのね。まあそれは横に置いておくとして」
「置いておくのか……それで本題は?」
「こちらのリラさんが、面倒見てる子どもたちと共にこちらに移りたいとのこと」
「リラ、フランケン公爵への案内状は持たせたはずだが」
公爵相手に面倒を見てもらえたわけだが、それがどうしてここに移る気になったのか。
メリアがリラの顔を見ると、少し険しい表情が返される。
「興味本位で見に来る人とかがね……。動画撮影してネットに投稿しようと考える者が多いけど、そういった者から姿を隠していると、まともに出歩けない。公爵の指示を受けた者が運んでくる物資を使って、ただただ毎日を過ごすだけ。これはさすがにちょっと、あの子たちのためにもならない。そう考えた」
「まともな仕事はないよ。住んでる人は少なくて、色んな研究者ばかり。勝手に動画撮影するようなのはいないとはいえ、遺伝子を弄られた子どもたちのことについては、色々聞かれるだろうね」
「それでも構わない。ほとんどの子は、長くは生きられないから」
「そっちがそれでいいなら、こっちも受け入れよう」
普通ではない子どもたち。
遺伝子調整により動物の耳や尻尾を生やされているため、どうしても悪目立ちする。
それならいっそ、人がいないところに引っ越せば色々と解決するわけだ。
「まだドゥールは開発途中だから、数十人が過ごせるくらいの広い人工島ができたら知らせる」
「あら、そこまで広い場所をくれるなんて」
「軌道エレベーターの建設に比べれば、ほとんどの建築物が些細なものだよ」
「それもそうね。それじゃ、こっちの用事は済んだから、そろそろ出る」
リラは出ていったが、アンナは残った。
何か用事があるようだが、それはすぐに判明する。
「さて、色んなことにけりをつけたメリア・モンターニュさん」
「……なんだい、改まって。気色悪い」
「怪我が治ったらみんなで遊びに行くわよー。約束したでしょ?」
「確かにしたけれどね。今言うことか?」
「今だからこそよ。動くに動けないで暇してるでしょ?」
「まあ、そうだけども」
「私はクーデター騒ぎのせいで職場がまともに機能してないせいで、どうにも宙ぶらりんな立場でね。簡単に言うと暇」
「まったく面倒な。自分の分は自分で払え」
「はいはい、わかってるわかってる。そっちは色々とお金を使ったあとだろうし。それじゃ、しばらくここに滞在するわ」
「…………」
帰れと言いたいところだが、その場合は怪我が治った辺りで勝手にやって来るだろう。
メリアはやれやれといった様子で頭を振ると、アンナに病室から出ていくよう促した。
うるさいと治るものも治らないと言った上で。
これにより静かな時間が訪れるも、今度はセフィが期待に満ちた視線を送ってくる。
「遊びたいのか」
「だいぶ。そういう遊びに行く施設とは無縁でしたから」
「ちょうどいいか。義理とはいえ親子になってからそこそこ経ってる。遊びに出かけることも必要ではある」
「子どもが遊ぶ分は全額親の負担でお願いします」
「なんというか、図々しくなったね。いいけれども」
厄介な出来事は終わった。
あとは平穏な日々だけ。
細かい問題はあるが、帝国の内戦や星間連合における巨大な犯罪組織との攻防に比べれば、すべてが些細なものと言える。
腕と肩については、一日が過ぎるたび実感できる速度で回復していくため、一週間ほどでギプスは外されることとなった。




