298話 メリアとメアリ
戦場となる小惑星にて戦っている者たちが動きを止めた。
それを眺めていた者たちからすると、次はどうなるのか不安で仕方ない。
生きているのか、死んでいるのか。
大型船トレニアのブリッジでは、ルニウが落ち着かない様子で歩き回っていた。
「ああもう、メリアさんはなんて無茶を。あれじゃ宇宙服の生命維持装置も駄目になってるかも……」
「大丈夫ですよ」
焦っているルニウに対し、セフィが背後から声をかけて呼び止める。
「その根拠は?」
「これです」
セフィは、液体の入った小さな容器を見せつけると軽く揺らした。
その中身は、水と自分の血を混ぜたもの。
「機能が停止する前に、これが入ったものをファーナに注射してもらいました。隠して仕込んでいたわけです」
「……そのことってメリアさんは」
「当然知りません。ファーナには隠すようお願いしたので」
その血を摂取した者を操ることができる。
遺伝子操作の果て、偶然セフィに生まれた能力。
それは戦闘において、いくらか役立つ。
操られる者の意思を無視する形になるが。
「かつて薬物と化していた時よりは、使い勝手が悪いですけど。それでも、摂取した者が生きてるか死んでるかを、離れたまま把握することはできます」
「今も生きてるなら生命維持はギリギリで機能しているか。便利で恐ろしいね。セフィちゃんの血の力は」
「だからこそ、いつ、どのように使うかが大事です。それこそ、お母さんの意思を無視してでも」
「ちなみに、何か命じたりとかは?」
「しています。生きてメアリに勝利するように、というものを」
勝っても死んだら意味がない。
生きて戻ることが求められている。
血を摂取させたあと、そのための命令を出したと言い切るセフィの姿は、十歳の子どもにしては恐ろしいものを感じさせた。
「ぐ……ファーナ!!」
手動で脱出機構を作動させ、なんとか機能停止した機甲兵から抜け出したメリアだが、険しい表情のまま怒鳴っていた。
しかし、返事は来ない。
電磁パルスの影響により、宇宙服の生命維持装置以外はすべて機能しなくなっていたのだ。
なので通信もできない。
「くそっ、電磁パルスの爆発前に注射してくるとは」
宇宙服はそれなりの分厚さがあるとはいえ、中の人間に何かあった時のため宇宙服越しに注射できる代物というのは存在する。
それにより、メリアは背中から何か注射されたことに気づいたわけだが、肝心のファーナとは通信できなくなったせいで、一人で文句を言うしかない。
「……あたしに黙ってあんな仕込みをしているとなると、セフィ辺りが関わってるか」
苛立ちはある。
だが、今はそれどころではない。
メリアは舌打ちしたあとに思考を切り替えると、目の前に集中する。
よろよろといった様子で立ち上がるメアリの姿を見つけることができたため、動かない機甲兵からナイフを抜き取ると、刺しに行く。
機甲兵用の銃を使わないのは、実弾のものでは反動で腕が壊れるし、ビーム関係はそもそも電磁パルスのせいで機能しない。
人間が使えるものとなると、実体のあるナイフくらいしかないわけだ。
「これで……」
「まだだよ」
重力がほぼ存在しない環境というのは、踏ん張ることが難しい。
そのため振り下ろす形になるわけだが、メアリは生体装甲の腕を盾代わりにして受け流してしまう。
ガリガリと何かが削れるような感覚は伝わるものの、それは生体装甲の破片を飛び散らせるだけ。
メアリはナイフを持つ手に攻撃を加えて叩き落とすと、メリアに体当たりを仕掛けた。
「くそ……」
「あー、あー。うん、接触しての通信は機能してるみたいだ。いや、惜しかったね。あと少しで私を殺せたのに」
「まだ終わってない」
「そうかな? 君の乗る機甲兵は動かなくなった。私のパワードスーツは、特殊な代物なおかげで、機能が停止してるけど体を動かす邪魔にはならない。重さの問題は、ここが限りなく無重力に近いから解決してるしね」
姿勢が崩れたメリアの胴体を、メアリは殴る。
機能しないパワードスーツとはいえ、素手ではなく金属で殴っているのと同じなため、宇宙服越しでも内部の人間にダメージはある。
一発、二発、三発。
続けるうちに抵抗は弱くなっていく。
「がはっ」
「本当は素手で殴ってみたかった。けれど我慢する。ここは宇宙空間だから」
やがて馬乗りになると、メリアの頭部を守るヘルメットに、両手を組んだ上で力強く振り下ろす。
宇宙空間において宇宙服を壊してしまえば、呼吸ができず相手は確実に死ぬ。
それゆえの攻撃だが、メリアは両腕を盾にして頭部を守った。
「はっ、無重力なおかげで踏ん張れてないよ。その程度のへなちょこな攻撃じゃ、破壊できるもんか」
馬乗りになられても、無重力なおかげで体を浮かせることは容易。
おかげで色々と衝撃を和らげることができる。
もし、頭部が地面についた状態で拳を叩きつけられたなら、ヘルメットは破壊されていただろう。
「ふん!」
メリアはお返しとばかりに殴り返す。
威力はそこまでないとはいえ、衝撃によって姿勢を崩すことはできる。
馬乗りの状態から脱すると、すぐさま落ちているナイフのところへと向かう。
だが、メアリは逃がすつもりはないのか、掴みかかってくる。
「ちっ、面倒だね」
「それはこっちの言葉だよ。素手同士なら私が有利だけど、武器を持たれると危ない」
「そうかい」
お互い、相手の打撃を警戒しているので掴み合ったまま。
そのせいで動くに動けない。
だからなのか、メアリは通信越しに話しかけてくる。
「少し、面白い話をしよう」
「……注意を逸らそうとしても意味ないが」
「どうかな? やってみないとわからない」
どこか含みのある笑みだった。
「さてさて、帝国において地味に重要なものがある。いや、必須と言ってもいいかもしれない。それはなんだと思う?」
「…………」
「無言はよくないな。貴族としての教育を受けた君ならわかるだろう?」
「……整った外見」
舌打ち混じりにメリアが言うと、嬉しそうな声が返ってくる。
「そう。実は、整った外見がないとお話にならない。例えるなら、美しい平民と醜い貴族、どちらがより他者の助けを得られるだろうか? もちろん美しい方だ。なにせ、人は余っている。余るほどに作れるからだけど」
「貴族の方は、権力でどうにかするという手段があるが」
「その場合、他の貴族からすれば攻撃する絶好の機会。醜い者が調子に乗るんじゃない、ってね」
馬鹿馬鹿しそうにしつつも、どこか楽しげな様子のメアリであり、それは皇帝として色々見てきたのが影響しているのだろう。
貴族ではわからない、皇帝でしか見ることのできないあれこれ。
それはかなりドロドロしているのだけは間違いない。
「美醜というのは実に大きい影響を与える。だからこそ、遺伝子調整に頼らずに美しい者を輩出する貴族は特別な意味を持つ。持たせたと言い換えてもいいけど」
「そのために犠牲になる者は多いが」
貴族は大量の子どもを作る。技術の発展がそれを可能にした。
そして最も優れた者だけが当主になれるのだが、その優れた部分には外見も含まれる。
醜い者は当主になれない。
「皇帝だとか、貴族だとか、そんな階級を維持するためには必要なコストさ。だから、醜い外見の貴族でもそれなりに生きていける。平民たちが溜飲を下げるための駒として、だけど」
「……つくづく、ろくでもない国だ」
「はははは。そうは言うけど、美しい者にとっては良い国だよ? 私が皇帝になれたのは、この美しさがあるからこそ。そしてそんな美しい私のクローンである君は、当然のように美しい」
「何が言いたい?」
「私に感謝してほしいな。美しい外見を持って、この世に生を受けることができたんだから」
なんとも上からな物言いであるが、事実メアリという女性は美しい。
とはいえ、それを認めるのは癪なので、メリアは無言のままでいた。
「無言とは悲しいね。子どもの頃、色んな男女が言い寄ってきただろう? 個人的な好意、貴族としての繋がりを求めて、他にも色々あるだろうが、とにかく他人の方から積極的に近づいてきた。しかし、醜い者は大変だよ。必死に交友関係を作り、維持し、努力を重ねても、あっという間になくなる」
「……ああ、この目で見てきた。自分が楽に生きられる方の貴族であることも、幼い頃に自覚していた」
子どもというのは、大人以上に残酷な部分がある。
貴族は平民以上に美醜を意識するため、醜い者よりも美しい者の方に集まる。
それだけならまだしも、比較するのだ。
当人たちがいる前で。
「醜いオリジナルと、美しいクローン。人々はどちらを選ぶだろうか?」
「…………」
「ふふ、無理に答えなくていいよ」
メアリはそう言うと、先程よりも強い力を出し、メリアを持ち上げて地面に叩きつける。
「私の話に付き合ってくれてありがとう。おかげで、ほんの少しだけど機能が戻り始めた」
「うぐ……」
「お礼として、苦しまないようトドメを」
「舐めるんじゃ、ない」
叩きつけられた衝撃はかなりのもの。
ただ、その際にメアリとはわずかながらも距離ができた。
再び掴まれると危ないため、メリアはその場から走り出す。
目指す先は、機能停止して置物になっている機甲兵。
「む、逃がさないよ」
ほぼ無重力な小惑星の上で競争が始まる。
片方を武器を手に入れるため、もう片方はそれを防ぐため、それぞれが走るのだ。
宇宙服自体に、宇宙空間で移動するための小型の推進機関が存在する。
機甲兵と比べて圧倒的に弱いバーニアだが、走るだけよりは加速する。
当然ながら、メアリの方も似たような移動手段を持っているが、一秒ほどの差でメリアが機甲兵用のハンドガンを手にした。
「そっちから近づいてくれて、ありがとさん」
「うっ、この位置では」
腕が壊れるため、撃てるのは一度だけ。
生身の肉体ではまともに狙いをつけるのは難しい。
しかし、それを解決する方法があった。
それは超至近距離での射撃。
銃口が相手に触れるほどに近づいた瞬間、メリアは引き金を引いた。
ドン!
圧倒的な衝撃が、腕と肩を破壊していく。
その代わり、機能がほぼ停止している生体装甲を貫通し、メアリの胴体の一部を大きく欠けさせた。
「ふん……これで、あたしの、勝ちだ」
「こんな終わりとはね……惜しかった。あと少しで、私は」
腹部を押さえながらメアリは苦しげな声を出していたが、それもやがて聞こえなくなる。
そしてその段階になって、通信機能を含めた様々なものが復旧しているのに気づくと、メリアは盛大に息を吐いた。
「とりあえず、面倒事はこれですべて終わった……」
使い物にならない腕と肩の痛みに顔をしかめていると、メアリの乗っていた大型船から小型船がやって来る。
そしてそのまま死体や装備を回収すると、どこかへ飛び去っていってしまう。
「メリア様、無事ですか?」
「一応、生きてはいる」
「それでは戻りましょう。治療をしないといけません」
「ファーナ……あたしに隠れて機体に手を加えていたね?」
その言葉を受けたファーナだが、素知らぬ振りをしてメリアを回収してしまうと、トレニアの格納庫へ運ぶ。
「おいこら、無視するんじゃない」
「なんのことやら、わたしにはさっぱり」
「ほー、いい度胸だ。セフィに話を聞けば解決する」
「より勝利の確率を高めるためです。そうでないと、負けるかもしれませんから」
「……そうかい」
メアリというオリジナルに勝利するため。
そう言われては、大きく否定することはできない。
勝敗の差はわずかだった。
それゆえにメリアは、もう一度息を吐くと、軽く舌打ちをした。
「やれやれ、それなら仕方ない」
忌々しいあいつに勝てた。
それなら多少むかついても我慢しよう。
そう考えながら、格納庫からブリッジへと移動していく。
そして少し遅れる形で、メリアたちの乗る大型船トレニアもその場を離れた。




