297話 動揺を誘う手段
「こんな時だが、聞きたいことがある」
「なにかな?」
お互い、少しずつ近づきながら撃ち合うも、決定的な一撃は決まらないまま。
そんな時に通信を入れたことにより、メアリはどこか楽しげな声でいた。自分が優位というのもあるだろう。
「かつて皇帝だったんだろ。どのくらいの相手とやった? つまりは経験人数だが」
「意外な質問が来たね。うーん、なんと答えたものか……人を殺した経験なら数えきれないほどあるんだけどね。いわゆる童貞を捨てたのは十歳の時。暗殺者をビームブラスターで返り討ちにして殺したのが一番最初の経験。男女の関係となると、これがなかなか難しい。わかるだろ? まず平民は論外。貴族の場合でも有力な者でないといけない。だからまあ、経験はゼロだね」
「そうかい」
それなりにペラペラと話しているメアリだったが、厄介なことに集中力があまり落ちてないのか、かすめるものは増えても決定的な一撃だけは的確に避けていく。
機関銃は効果がほとんどなかったため、あえて威力を重視したライフルを持ってきたメリアだが、威力と引き換えに連射はできない。
機甲兵の両手にライフルを持たせて撃つことも考えたが、実弾のものは反動が大きいため、一度撃ち切ってしまうと投げ捨てる。
そしてビームを放つものを両手に持った。
「おっと、さっきよりも射撃が激しくなってきた。けれどこれが長続きしない。エネルギー量には限りがあるから。携行できる銃器の場合、実弾の方が長く撃てるわけで。船とかの場合は、ビームの方が実弾よりも長持ちするか」
「ちっ、ペラペラ喋ってる割によくもまあ避けるもんだ」
ビームなら反動はほとんどないため、両手で撃っていくことができる。
だが、パワードスーツの一種である生体装甲は、人が乗る機甲兵よりも小型なのでかなり機敏に動ける。
実弾なら多少当たっても問題ないが、ビームの場合は直撃してしまうと危険なため、当のメアリは回避を優先しているというのも大きい。
そのおかげで、メリアは攻撃に集中することができているが、一向に当たらない状況に険しい表情を浮かべる。
「皇帝なのにここまで動けるとはね」
「なにせ、私は多彩な才能を持つ天才だから。教科書にもそう書かれていただろう?」
「若くして亡くなったため、やや誇張しているのではないかという言説もあるが」
言い合う二人だが、その間にも戦闘は行われる。
片方が撃ち、片方が避ける。
それを繰り返しているだけだが、いつまでも続くことはない。
そのうち弾薬やエネルギーがなくなり、遅かれ早かれ終わりを迎えるからだ。
そうなれば、あとは近接武器を用いた戦闘となる。
「メリア様、ライフルのエネルギー残量は残り半分です」
「……一発くらいは直撃させたいところだが。ファーナ、そっちの戦いはどうなってる?」
「互角です。そのせいでお互いに他の行動が取れません」
「ならいい」
勝つ必要はない。押さえ込めているならそれで十分。
とはいえ、こちらはそうもいかない。
近接戦闘になる前に、もう少し痛手を与えたいところだが、その望みは叶いそうにない。
ビームを放つたびに、エネルギーの残量は減っていき、そのたびに相手は距離を詰めてくる。
それどころか、さっきメリアがやったように話しかけてくる始末。
「さて、私だけが話すのもフェアじゃない。今度は君の経験も聞かせてほしいな」
すぐに通信を切ろうとするが、向こうのレフィという人工知能が何かしているのか、切ることができない。
ファーナからの報告がないのを見るに、会話のリソースを回せないくらい余裕がないようだ。
つまり、このまま相手の話を聞くしかない。
止めるには殺す必要があるが、さっきから致命的なものは避けられているため、黙らせるのは難しいだろう。
「ちっ……」
「舌打ちとは悲しいね。さっきは私の経験人数を聞いたけれど、君の経験人数はどのくらいなんだい?」
「殺しの経験は多数。やった相手はいない。これで満足か?」
「やれやれ、つまらない答えだ」
「ふん。期待に応えられなくて悪うございました」
「いや、待った。異性の関係はなくても同性はどうだろう? ちなみに私は貴族の令嬢三人と寝たことがある。あ、これは比喩的な意味の方だから」
「…………」
まさかの質問にメリアは返事できなかった。
驚きのあまり、顔を歪めるだけが精一杯。
なんとか攻撃の手を緩めずにいたが、どうしても集中は乱れ、射撃の狙いは甘くなる。
「おおっと、いきなり静かになるということは、もしかして数えきれないほどの同性を食い散らかした?」
「んなわけあるか!」
ここぞとばかりに畳み掛けてくるメアリであったが、舌打ち混じりにメリアが否定すると、通信越しに笑い声が聞こえてくるようになる。
「はははは、わかりやすく動揺してるね? 私を動揺させるつもりが、自分がそうなるとは、なんて不甲斐ない」
「…………」
「何か言い返しなよ。せっかくの戦いで、二人きりだ。お互い、人工知能という連れ合いはいるけど」
「どういう理由で令嬢たちと寝た?」
「気紛れ。まあ皇帝という権力がどの程度か確かめる意味合いもある」
「確かめなくても、理解できてるだろうに」
かつてメアリが皇帝だった大昔の時代、帝国は超大国として存在していた。
一応、巨大な帝国に対抗するため星間連合が生まれたが、当時の帝国なら軽く踏み潰すことができるくらいには国力差は圧倒的。
そんな帝国において皇帝という存在は絶対的なもの。
生まれたばかりの赤子ではわからずとも、育っていくうちに嫌でも理解できてしまう。
「まあね。例えば、皇帝として即位した十歳の時だけど、既に結婚している二十代の相手を呼びつけた。周囲には秘密にするよう伝えて。まさか十歳の子どもが、皇帝として権力を振りかざすとは思ってなかったんだろう」
十歳の子どもが巨大な帝国を導くのは不可能である。
周囲の大人たちがあれこれ言うからだ。
善意と悪意の双方をもって助言する。それを無視することはできない。
なので、無闇に権力を振るうことを避けるよう言われるが、このメアリという人物はそれを無視した。
「服を脱ぐよう命じた瞬間、驚いていたよ。最終的には半泣きで、これ以上は勘弁してくださいと言っていたけど、私は無視して彼女を味わった。……意外と大したことないなと感じたから、その後さらに年下や年上をそれぞれ味わってみたけど、結局満たされないから令嬢を食べていくのはやめた」
「くそったれな皇帝だ。当時反乱を起こした奴の気持ちが理解できる」
「ひどいな。けれど、お喋りに付き合ってくれて助かるよ」
話しているうちに、かなり接近されていた。
距離としては二十メートルくらいなので、さすがに命中しやすくなっているが、それでも手足に当てるくらいしかできない。
「痛い。しかしここまで近づけた」
「それがどうした!」
何度も撃ち続けた影響か、エネルギーが減っており、威力が下がってしまっている。
そのせいで動きを止めることはできない。
やがてライフルのエネルギーは尽きてしまったため、次はハンドガンに手を伸ばす。
だが、それはいくらかの隙を生む。
メアリはそれを待っていたのか、一気に踏み込んでくる。
バーニアを吹かして後退しようとするも、前進する速度に比べれば遅い。
「もらった」
「それはこっちの言葉だ」
ビームの刃が振るわれると同時に、ハンドガンからビームが放たれる。
これにより機甲兵の胴体部分は横に大きく裂かれ、生体装甲の頭部は破損して内部の顔が露出する。
「ちっ、宇宙服を着ているか」
「君のよりは薄型だけどね。着てないと今ので死んでたよ」
損傷の度合いは、メリアの方が大きい。
機体に動かない部分が出始め、追撃を仕掛けようとしてくる相手への迎撃が間に合わない。
こうなると取れる手段は限られる。
右手にはハンドガンがあるが、損傷のせいで可動範囲が減ったため当てることはできない。かといって他の武器へ切り替える時間もない。
左手を盾にする?
いや、パワードスーツを着ているということは、より細かな動きができるので腕を避けて斬ることができてしまう。
なら手段を選んでいる場合ではない。
「ファーナ、あれを全部爆発させろ!」
「しかし、全部となると完全に機能が……」
「やれ!」
その言葉のあと、今度はバーニアを吹かして一気に前進し、体当たりする形になる。
直後、機体に装備させていたパルスグレネードが一気に爆発した。
これにより、機甲兵というロボットと生体装甲というパワードスーツ、双方の機能が停止した。




