296話 小惑星上の戦い
「……ファーナ、サポートは任せる。おそらく、向こうは電子戦を仕掛けてくるだろうから」
「はい」
三メートルほどの人型の機械に乗り込んだメリアは、機体に入り込んでいる人工知能のファーナに向けて話しかけた。
何度もテストを繰り返して作り上げたため、すっかり乗り慣れている機体なわけだが、それでも戦場となる小惑星に降り立つ時は、緊張で手がわずかに震える。
「観客は身内のみ。場所は直径が十キロメートルくらいの小惑星。私たちが戦うにしては、寂しいところだね」
「なんだい。銀河中のテレビで放送されるような舞台がよかったのか? スポーツや格闘技とかのでかい大会みたいに」
いきなり戦闘にはならず、メアリから通信が入る。
これに対してメリアは面倒そうに返すと、実弾のライフルを構える。
「おやおや、気が早い。もう少しお喋りしたいけれども。君の乗っているそれは、私と戦うために新しく作ったのかな?」
「ああ。そっちも、あの時とは違う代物に身を包んでるようだ」
相手は、以前ソレイユという巨大な艦船の中で戦った時と似たような姿でいた。
一見するとパワードスーツを着ているように思えるが、それは生体装甲という代物。
フルイドとの協力によって作り上げられた、半分生きている機械。
小型ながらも、対機甲兵用の機関銃を防ぐほどに強力で、さらに自己修復機能を保有している。
簡単に言うと、とても厄介な相手。
「前は負けたからね。より強力な代物を作って今回の戦いに挑むのさ。あ、どういう風に強くなってるとかはさすがに言えない。なにせ、私たちは今から戦うんだから」
「……そろそろ始めたいんだが」
「先手を譲るから撃ちなよ。それが始まりの合図となる」
「ふん。それはご丁寧にどうも」
自分から相手までの距離は三百メートル。
小惑星の表面は多少でこぼこしているが、身を隠せるようなところはない。
機関銃とは違い、一発の威力を重視しているライフルのため、当たれば効果はあるだろう。
問題は当たるかどうか。
「メリア様、向こうも銃器を構えています。ライフルではないようですが……」
「撃ったあとに撃つつもりか」
メリアは引き金を引くと同時に、機体のバーニアを軽く吹かしながらその場から離れる。
すると次の瞬間、細いビームがさっきまで立っていたところを通り抜けていく。
威力はわからないが、集束しているようなので当たれば致命傷になる可能性は高い。
「避けてくれてよかった。すぐにおしまいじゃ、これまでの準備の意味がなくなる」
「その様子だと、避けたか」
「距離があるしね。当てたいなら近づいて来ないと、無駄に弾を使うだけだよ?」
通信越しに聞こえる挑発的な声。
挑発に乗って無闇に突っ込めば、おそらくは射撃武器によって損害を受ける。
なので近づく前に、牽制のための射撃をしつつ、相手の兵装を確認する。
「距離が離れてるがわかるか?」
「既に解析は終わっています」
その言葉と共に、メリアの視界の端に拡大された画像が表示される。アングル的に、トレニアから撮影したもののようだ。
遠いせいでわかりにくかったが、メアリの着ている生体装甲の背中側には、なにやら大きめのバックパックが存在し、足元には小型の機械が散らばっていた。
あとは銃器がいくつかと、近接武器らしきものが一つだけ。
グレネードの類いは見えないが、あると考えた方がいい。
「色々と持ち込んできたようだね。小さいのは無人機か?」
首をかしげていると、すぐに無人機らしき代物が飛行しながら遠くから接近してくる。
面倒なことに、無人機の隙間を通すようにビームを撃ってくるため、ゆっくりと考える暇はない。
「メリア様、ハッキングを仕掛けられています。今のところ防げていますが、防ぐだけで精一杯になるかもしれません」
「えげつない一手を使ってくるもんだ」
本体は狙撃しつつ、無人機によって遠くにいる獲物を狩り立てる。
さらに無人機を中継してハッキングを仕掛けてくるとあっては、普通の者なら、この時点で敗北してしまうことは確実。
しかし、メリアにはファーナがいる。
まともではない人工知能だが、その代わり性能や能力面ではかなり優れているため、ハッキングを防ぐなどのサポートが可能となるのだ。
「スポーツハンティングを思わせるやり方だけどね……この程度でやられるものか」
メリアはビームを放つハンドガンを空いている手で持つと、無人機を狙って迎撃していく。
だが、無人機たちはそれぞれに意志があるかのように避けていくと、どんどん近づいてくる。
「ちっ、あれはレフィとやらが動かしてるね。パルスグレネードを使う」
「もし至近距離で使って電磁パルスを受けると、機体の性能がしばらく大幅に下がります。なので、できるだけ距離を取ってください」
「わかってるよ」
「起爆はわたしが担当します」
バーニアによって一気に後退しつつ、パルスグレネードを一つ投げ込む。
無人機たちは一気に散らばろうとするが、その前にグレネードは爆発し、電磁パルスを受けて次々と機能を停止していく。
今いる小惑星には重力があるが、それは無いものと考えていいくらいには微弱なもの。
制御を失い、慣性に従ってバラバラに宇宙空間へ飛んでいく無人機たちだが、再起動される可能性に備え、メリアはビームを放つハンドガンによって一つずつ確実に撃ち落としていった。
「おや、電磁パルスを用意してきたのかい?」
「まともではない人工知能が動かす無人機。これを相手にする面倒臭さは理解しているからね。そりゃあ、準備するに決まってるだろ。……まあ、そっちの生体装甲とやらに電磁パルスを当ててやったら、いったいどうなるのか。あたしは試したくなってきたよ」
「いやあ、怖い怖い」
今のところ、お互いに小手調べといった様子で戦闘は推移していた。
相手の手札にどういうものがあるのか確認しているのだ。
とはいえ、戦闘が続けばどういう手札があるのか自ずと明らかになっていく。
それは必然的に、戦闘が激しくなることを意味する。
「無人機は打ち止めか?」
「いや。もっと良い使い方を考えた」
メアリは狙撃していた武器を手放すと、バックパックもパージした。
そして自ら前に進みながら撃っていくのだが、それは牽制のためだった。
彼女の背後では、攻撃に投入されなかったいくつかの無人機が残っており、それらはバックパックと狙撃武器の双方に取りついた。
そして自らの推進機関によって微弱な重力を無視して浮遊すると、遠くから撃ってくる。
「くそが!」
メリアは盛大に舌打ちをすると、小刻みな回避を連続で行う。
直線的に大きく避けるだけでは、偏差撃ちにより、集束しているビームを受ける可能性が高まるためだ。
「無人機の操作と射撃に処理を回している分、向こうのハッキングが弱まりました。今度はこちらから仕掛けます」
「あのくそったれな射撃を妨害してくれ」
「お任せを」
メアリと戦いながら、後方にある狙撃に対処するのは色々ときついものがある。
幸いにも今度はファーナがハッキングを仕掛けるため、ビームによる狙撃は大きく精度が下がった。
これにより、メアリとの一対一の構図が出来上がるが、まだ安心はできない。
「ふうむ。結局は人工知能に頼らずに戦うことになるわけだ」
「…………」
「何か言ってほしいな」
攻撃は激しいわけではない。
しかし、数発に一回は確実に当ててくる。
そのためメリアの乗る機体は、少しずつ耐ビーム用のコーティングが失われていき、特に両肩の実体盾の損傷はわかりやすかった。
コーティングがすべて失われたあと、外側は欠け、中心部はかろうじて穴が空いていないが、全体的に表面が溶けている。
一応、メリアの攻撃も相手に当たってはいるのだが、ある程度の損傷なら自己修復してしまうため、決定的な一撃を加えないとあまり効果はない。
「はぁ、どうしたもんだか」
通信を意図的に切った状態でメリアは呟く。
状況は良くないが、賭けに出るほど切羽詰まっているわけでもない。
なら次の行動はどうするべきか、とても悩ましい。
人工知能同士の電子戦は互角なため、今は気にしなくていい。
そうなると、できることは限られる。
普通に戦う以外には、話すぐらいしかできない。口しか動かす余裕がないと言い換えることもできる。
メリアは顔を軽くしかめると、メアリとの通信を行う。
その目的は一つ。
言葉による動揺を誘うため。