295話 最後の準備
何もない宇宙空間において模擬戦闘が行われていた。
そのため、放たれるビームは命中しても破損を引き起こすことはなく、休憩を挟みながら何度も行われる。
これはメリアが使用する機体の確認と訓練を兼ねての行動だった。
「一応、宇宙空間に放り出された時を想定してバーニア使いながら無重力下で戦ってみたが……さすがに人型じゃ、戦闘機相手はきつい」
「わたしが操作しているのも大きいでしょう」
「自慢気に言うんじゃない。ファーナができるなら、あいつが新しく用意した人工知能も同じことができる。つまり、模擬戦でこの程度の勝率じゃ、まだ不安が残る」
「しかし、あまり時間はありません。既に組み上がったものを調整し、改良していくしか」
「……もしも長い時間があったら、あたしとあいつのどっちが有利になるんだろうか」
時間が経てば経つほど準備は整う。
しかし、時間の流れは平等でも、それ以外の部分では大きな差異がある。
メリアは新しい機体を作り、戦いに備えているわけだが、対するメアリはどのような準備をしているのか?
それがわからないため、心の中で小さな感情が生まれる。
わざわざ死ぬかもしれない戦いをするくらいなら、いっそのこと逃げ出してしまおう。
そんな思いが、抑えても抑えても生まれてくる。
「ちっ……」
舌打ちしつつ、大型船であるトレニアの格納庫に。
中では、ファーナの動かす作業用機械が待ち構えていた。
「メリア様、そういえば機体の名称とかはどうしますか? せっかくエーテリウムをふんだんに利用して作ったので、何かつけるべきかと」
「これといった名称はいらない。どうせ、一回の戦闘で使い物にならなくなるんだ」
メリアが今乗っている機甲兵は、テスト機体という仮の名称がつけられていた。
内部にエーテリウムを利用することで、既存の機甲兵の長所だけを組み込み、短所を取り除いたような機体に仕上がっている。要は万能な代物というわけだ。
ただし、エーテリウムを利用している関係上、生産性は最悪。二機目は用意できない。
「そこまで言うのなら、仕方ありません」
「基礎はこれでいい。あとはどんなオプションや武装にするかだが……実弾は弾薬とかがかさばるが、ビーム系統のはコーティングなどで対策が容易。悩むね」
実弾は安定してそれなりに被害を与えられる。
分厚い装甲には弾かれるが、お互いに白兵戦をするのなら、傾向できる火器で威力は充分。
ただ、弾薬を持たないといけず、撃ち切ったら装填しないといけないという不便さがある。
「戻ったら対ビームコーティングをしておきますか? 人型なため、場所によっては一度か二度しか防げませんが」
「ああ。しないよりはいい」
ビームは威力があって弾薬を持つ必要がなく、その分だけ軽くできる。さらにいちいち装填しなくてもいい。
だが、連続での使用には制限があり、少し破損するだけでもビームが出ない可能性がある。
そしてなにより、ビーム兵器は宇宙船などにおける基本的な装備ということもあって、対抗するための手段が豊富であり、場合によってはビーム攻撃を完全に防げてしまえる。
一番手っ取り早くて安いのは、機体そのものに対してコーティングを施すこと。
他には、宇宙船のシールドも代表的だが、これは一定以上の大きさをした装置がないと、そもそも展開するための出力が足りない。
「武装は、実弾とビームを両方でいくか。ライフルとハンドガンを二つずつ。近接武器は大型ナイフとビームソードの二つ」
「実体盾などは?」
「両肩に。あと即座に分離できるようにもしてほしいね」
最初は撃ち合いとなることを見越して、全体的に重装備でいくことをメリアは考えた。
「電磁パルスを放つやつはどの程度できてる?」
「材料さえあればいくらでも。威力や範囲については、実際に試して微調整していくしかありません」
「パルスグレネードを十。肩の盾と腰に半々の割合で」
「結構持っていきますね」
「どっちかが死ぬ戦いをするんだ。無人機とかに備えておきたいしね」
メリアが機甲兵から降りたあと、作業用機械は様々な装備を備えつけていく。
そしてデータを取りながら、位置を微調整していく。
わずかな配置の違いが、実戦での動きに大きく影響するためだ。
「メリア様」
「ん?」
「追加のオプションとして、機械修復用のナノマシンが入ったタンクをセットしても? 握り拳ぐらいの大きさのものを四つです。計算したところ、重量や姿勢に影響はほとんど出ません」
「なら、付け加えといてくれ。長持ちしなくても、あいつとの戦いに耐えられたら、それで充分だ」
ナノマシンによる機械の修復。
これはメリットとデメリットがあるが、一番厄介なのは、元の状態と比べると耐久性に劣ってしまうという部分。
完全な修復には程遠く、その場しのぎしかできない。
あとは単純に、そこそこの値段がするのに修復できる範囲がだいぶ狭い。
なので実戦で使われる機会はあまりないのだが、この一戦にすべてをかけるメリアからすれば、ぜひとも使っておきたいオプションだった。
「しばらく休む」
「三時間後にテストを再開するので、ごゆっくり」
メリアは格納庫から離れると、食堂に向かい小腹を満たす。
そしてシャワーを浴びるのだが、その時自分の体を、鏡越しながらも少しばかり見つめた。
クローンとして生み出されたこの肉体は、なんとも便利な限り。
病気になりにくく、それでいて強靭。
身体能力以外に、優れた頭脳もありがたい。
「……便利な肉体、か」
呟いたあと、苦笑しながら頭を振る。
そして更衣室で着替えるのだが、そこにはいつの間にかルニウが来ていた。
「……なんだ?」
「ええと、その、今回はおふざけはなしで、伝えたいことが」
おふざけはなしでということで、メリアはわずかに首をかしげる。
いつものルニウなら、裸を目にした場合は悪い意味で興奮していたのが、いったい何を言うつもりなのか。
着替えながら耳をすませていると、先程よりも小さな声が聞こえてくるようになる。
「お恥ずかしながら、私はメリアさんのことが、好きなわけです。色んな意味で」
「だろうね。今までの行動から嫌でもわかるよ。で?」
「うぅ……視線が冷たい。ここはもう少し、優しくしてくれても」
「ろくでもないことしてきたのが悪い」
「いやあ、えへへ」
笑って誤魔化すルニウに対し、メリアはさっさと本題を話せと無言で圧力をかける。
「それでですね、もしかしたらメリアさんが亡くなるかもしれないので、その前に私は言いたいことがあるんです。もしも死んだら、死体にキスしてもいいですか?」
「……そこは、言うことが逆だろうに」
まさかの言葉に、力なく突っ込むことしかできない。もはや怒る以前の問題である。
「なら、生きて戻ったらキスしても?」
「断る」
「ほら、そうなるじゃないですか。なので、死んだら死体を引き取ってあれこれします」
「……とりあえず、生きて戻りたくなったよ」
死んだらいったいどうなるのか?
とにかく、ろくでもないことになるのは確実。
ルニウなら、この身が死体となってもキスすることはできるだろう。もしかしたらそれ以上のことすらも。
自らの尊厳のことを考えると、生きて戻るしかない。
メリアは心の中で強くそう思った。
「もし、あたしが死んでも、変なことするな」
「けれども、死体は無抵抗ですよ?」
話しているうちに、一発お仕置きしておくかという考えが浮かんでくるが、メリアはこれを我慢すると、ファーナを呼ぶ。
そして無理矢理ルニウをどこかに追いやったあと、少しばかり笑う。
「ふう、やれやれ。あいつに負けるとしても、ルニウに好き勝手されないよう、生きて戻れるようにしないといけないか」
それから予定の日が訪れるまで、模擬戦や機体の調整を繰り返していたが、惑星ドゥールの軌道上にメアリの乗る大型船が到着すると、通信が入ってくる。
「やあ。数時間ほど早く来てしまったけど、待ちきれなくてね」
「こっちは待ち遠しかったよ。すべてを終わらせる今日という日が」
二隻の船は、余計な邪魔が入らないよう星系外縁部へと向かう。
この戦いを知っているのはわずかな者のみ。
しかし、その勝敗は帝国に大きな影響を与える。