294話 フルイドの立場
「建物は……あまりないね」
かつては栄華を誇っていたのも遠い昔。
人がいなくなってから長い月日が過ぎていたレーヴの中は、悪用を防ぐために建物のほとんどが整理されていて、平坦で何もないところが続いていた。
今は、異種族との交流のため新規に建物がちらほらと新造されているようだが、それでもわずかな数に過ぎない。
その代わり、簡易的な屋台はたくさん存在した。
今回の一件に商機を見出だした各国の様々な企業が集まっているため、賑やかさだけなら昔以上かもしれない。
「色々売ってる店があります。とはいえ、まずは合流が先です。連絡を入れますか?」
「そうしよう」
メリアは手持ちの端末を使ってルニウに連絡を取る。
呼び出し音が五回鳴った辺りで聞き覚えのある声が出てくる。
「はーい」
「今どの辺りにいる?」
「そうですねえ……食べ放題やってるところにいます。駅を真っ直ぐ進むと案内板があるので、そこに書かれてる唯一の食べ放題の店にいますよ」
「セフィも一緒なのか」
「もちろんです。あ、ルシアンは店の外で待機してます。中に入れることはできないみたいで」
「まあ、そればかりはしょうがない」
一通り話したあとは、言われた店を探⁸してみるとあっという間に発見する。
店がある場所まで歩くと、出入口らしきところにはルシアンがいた。
「ここか」
そこは急造された簡易的な建物ながらも、内部はきちんとした店になっており、メリアたちがルニウのところに向かうと、今まさに食事中のルニウの姿を目にすることができた。
「お邪魔するよ」
「メリアさんも一緒に食べます?」
テーブルの上には、肉や野菜が山盛りだった。
炭水化物とかは少ないが、それでもかなりの量になる。
「いや、さすがに普通のにする。というか、セフィも同じのを頼んでるのか」
「私の奢りです。というかメリアさん、聞いてくださいよ」
「なんだ」
「メニュー見たらわかるんですけども、一番安いやつが無料で、そこから上のやつになると料金かかっていって、しかも高くなるんですよ」
「そういうこともあるだろうさ」
愚痴を聞き流しつつ食事をしていき、お腹をいくらか満たしたところで外に出る。
客寄せのために無料のものを用意しながらも、全体的には有料のが多い。
これは雑貨を取り扱うような他の店でも似たような傾向であり、思っていたより一筋縄ではいかないところばかり。
「でかいイベントは、稼ぐ機会でもあるか」
「それだけ騒がしくなり、メアリが何か企んでいても隠し通せてしまう」
「ふぅ……あいつの動向が気になって色々なことが楽しめないのは、損な限りだ」
「でも気になってしまう」
「まったく、困ったもんだよ」
メリアは肩をすくめつつ、ぶらぶらと色んな店を巡っていく。
ただ、特に何か買ったりはしない。
これといって興味を引かれる物がなかったのと、もうすぐフルイドと出会えるということが放送されてきたため、のんびりと時間を潰していた。
「フルイドに会えるのは……向こうの建物か」
「メリアさん、会うんですか?」
既に何度も会っているため、ルニウはやや首をかしげつつ尋ねた。
「せっかく来たんだし、人類の一人として挨拶くらいはね。ついでに何か聞けるかもしれない」
メアリという人間と組んでいる立場のフルイドだが、もしもメアリが亡くなったら今後どうするつもりなのか。
それを聞くだけでも意味があるということでその時を待ち続けると、やがてフルイド側の用意が整ったので会うことができるようになったという放送が行われる。
すると、人の流れは大きく変わった。
長い行列になる前にメリアたちも移動していくと、大きなビルのような建物のエントランスに入る。
「こちらに名前と人数を。時間に関しては、今回はフルイドの要望を優先するため、短くなるか長くなるかは向こう次第になります」
受付にはそれなりに人がいた。
大量に来るだろう人々に対処していくためなのだろう。
説明を聞きながら手続きを済ませると、エレベーターに乗ることに。
ボタンを押さずとも勝手に別の階層に向かうのだが、よりによって地下へと降りていく。
厄介なことに、地下の階層へのボタンは存在しないにもかかわらず。
「……何が出てくるのやら」
「友好的だといいのですが」
「多分、大丈夫でしょ。大丈夫、ですよね?」
「悩んでいても仕方ないです。到着したので出ましょう」
エレベーターから降りると、いくつかある扉のうち、一つの前で機械に侵食したフルイドが待機していた。
「こちらへ」
案内に従って部屋に入ると、フルイドは椅子に座る。
メリアたちも空いているところに座ると、まずはフルイドの方から話し始めた。
「さて、初めての出会いではないから何を話すべきか」
「なら、まずはこっちから一つ質問を。人類とは上手くやっていけそうかどうか聞きたい」
「どれくらい上手くやっていけるかは不明だが、共にこの宇宙に暮らす存在として、それなりの付き合いを演じることはできるだろう」
「また微妙な言い方だね。何か不安でも?」
「人類間の戦争には、あまり関わりたくない」
「へえ?」
意外な答えに、メリアはやや驚く。
「メアリと組んでかなりの規模の内戦を引き起こしたのに?」
「あれは必要だったから、そうしたまで。おかげで、人類の敵ではなく帝国の敵で済んだ」
共和国や星間連合は、フルイドと直接戦う機会がなかった。
そうなると、敵対するよりは仲良くしておこうという動きが出やすくなる。
なにせ、言葉を交わすことができる上に、明らかに既存の生物とは異なる特性を持っているのだから。
「我々が増えるには時間がかかる。成長についても同様だ。とりあえず、人類よりはかなり生育が遅いとだけ」
「それなら戦争は避けたいか。そういえば、もう一つ聞きたいことがある」
「どのようなことなのか」
「もし、メアリが亡くなったら今後どうする?」
その質問に対する答えは、すぐには返ってこなかった。
何分か経っても無言のまま。
おそらく、フルイド全体でどう答えるべきか話し合っているとみていい。
それぞれの個体が意識の伝達を行い、一つの巨大な総意となる。
なので個体としての境界は曖昧な方であり、人類と比べるとかなり異質な生命体であるわけだ。
「それは、あなたが殺すという意味であるのか?」
ようやく言葉を発したかと思えば、このような質問が返ってくる。
これに対してメリアは強く頷いた。
「どっちかが死ぬ。そんな戦いを近々行う。フルイドは、メアリの側に立つのか」
「……それについては否と答える。色々な意味で我々が関わるべき戦いではない」
「含みのある言い方だ」
「メアリから、多くのことを聞いている。オリジナルとクローンという関係性を含めた、あらゆることを。なので我々が関わるのは、適した言葉がわからないが……あえて言うなら風情がない」
「ははっ、そう来たか」
意外な言葉が出てくるため、メリアは思わず笑ってしまう。
相手は人類と同等の思考をする生命体。
なら大なり小なり、通じ合うことができる部分もあるわけだが、そこで風情が出てくるのは予想外だった。
「メリア様、そろそろ笑うのを止めた方が」
「そうですよ。というかそこまで笑えます? 予想外な答えだなとは思いましたけど」
「はぁ……お母さん」
どうにも笑いが止まらないといった様子のメリアに対し、見かねたセフィが肩を強めに叩く。
所詮は子どもの力とはいえ、笑いを止めることはできた。
「あー、悪かった。笑いすぎたよ」
「いや、構わない。オリジナルとクローンの争いの結末は、我々としても気になるところであり、どのような反応があっても受け入れるとも」
「まあ、そっちが手出しとかしないことを聞けてよかった。あたしが言うのもあれだけど、人類は色々な奴がいる。それなりに上手く付き合ってやってほしい」
「もちろんだとも。……まだ何か話すか。それとも終わりにするか」
「今日はもう終わりにする。あと何日かこのイベントを楽しんだら、戦いに備える」
心残りはいくらか減った。
ただし、完全に無くすには同じ遺伝子を持つ一人の人間を消すしかない。
そうすることでしか、すべてを終わらせることはできない。