293話 同じ遺伝子を持つ者同士
「空いてるところに座るといい。話し合いは長くなるかもしれないから」
その言葉を受けて、メリアは扉に近い椅子に腰をおろす。
小屋の内部はそこそこの広さがあり、あと数人入ってきてもまだ余裕がある。
「さて、どこから話そうか」
「いつ、どこで、すべてを終わらせる戦いをするのか」
「いつがいい? 一応言っておくけど、今は駄目だよ」
「人類とフルイド、この二つの種族間の交流ってのはいつ終わる」
「一週間ほどを見込んでる」
「なら移動とかもあるし、二週間後で。場所は……誰にも気づかれない星系外縁部。惑星ドゥールがあるところだ」
「わかった。お互いに、一隻だけで会おう。艦隊で待ち構えるとかはなしだよ?」
「しない。待ち構えたところで、逃げられたんじゃ意味がない」
やりとり自体はすぐに済んだため、メリアは外に出ようとするが、扉の前にレフィが立ち塞がり、背後からメアリが声をかけてくる。
「まあまあ、帰るのはもう少しあとで。せっかく、こうして直接会えたんだから、もっと話そう」
「……何を話すって? どうせ、ろくでもないことだろうに」
「つれないねえ。まあ当たってはいるけれど。このレーヴという建造物に来る途中、宇宙空間で少し揉め事があったでしょ? あれね、私の仕業」
「どういうことだ」
メアリは軽い調子で言ってみせるが、それはかなり危険なこと。
あの時、あの場には、多くの船があった。
それだけ多くの人がいるわけだが、一歩間違えれば犠牲者はかなり出ていただろう。
「メリア。君は一時的とはいえ海賊たちをまとめていただろう? 共和国から流れてきた有象無象が周囲に被害を出す前に、自分のところに集めて制御する。良いアイデアだけど、最後の最後で切り捨てられた海賊たちの気持ちは、いったいどんなものだろうね?」
「何が言いたい」
「捕まらずに逃げ切れた海賊に、とある噂を流したのさ。君たちのお頭だった人物は、惑星テラに来る、というものをね」
「あたしを、襲わせようとしたのか」
「ああ、そうなるね」
その問いかけにメアリは頷いた。
それと同時に、レフィが盾になるような位置に立つため、メリアはビームブラスターを握ろうとしていた手をゆっくりと離していく。
「本当にろくでもない話だね」
舌打ちのあと、表情は険しくなるが、ここで戦うのは得策ではないため、なんとか怒りを抑え込む。
今ここで戦闘を起こしても、勝敗がどうなろうとも捕まってしまう。外には各国の戦力が存在するために。
なので、相手の話を不機嫌になりながらも聞くしかないのだ。
「確証のないただの噂なのに食いつきはかなりのものだったよ? いやはや、ひどい切り捨て方をしたんだねえ」
「そういうお前こそ、利用するだけ利用して、使い物にならなそうだと判断したから、そこの人工知能を差し向けたんだろうに」
「無関係の者を襲ってしまった時点で、ああなる結末なのは仕方ない。君を襲ったんなら、もう少し様子見をしてたけれど」
心底どうでもよさそうに肩をすくめるメアリ。
彼女にとっても海賊は駒でしかないようだ。
「次は……そうだ。メリア・モンターニュ。君にとって帝国はどう見える?」
「馬鹿馬鹿しい国」
「もうちょっと真面目に答えてほしい」
「真面目に答える価値がある国なのか?」
「うーん、そう言われると苦しい」
苦笑しつつ、これ以上国については尋ねないメアリだったが、なにやら笑みを浮かべるとじっとメリアの顔を見つめ始めた。
「なんなんだ」
「ふと思った。例えば、私が君のことを好きだとする。その場合、結構なナルシストになるのかな?」
「どうだかね。気色悪い話だ」
「同じ遺伝子を持っている。今のところ外見も同じ。不摂生な生活をしてないようでなにより」
「…………」
「睨まなくてもいいだろうに」
「とりあえずナルシストでいいだろう。そもそも、遺伝子が同じでも違う人間だが」
オリジナルとクローン。
その関係性がどうなろうとも、結局のところそれぞれ異なる意思がその肉体を動かしている。
それゆえに他人でしかない。
「メリア。私のクローン。一つお願いがあるけどいいかな?」
「内容次第」
「私と手を組もう。同じ遺伝子を持つ者同士で争うというのは、無駄が多くてもったいない」
メアリは手を差し出してきた。
これはいったいどういうことなのか。
メリアは無言でそう問いかける。
「私たちが戦えば、どうあっても無事では済まない。自分で言うのもあれだけど、私は優れた才能を持っていて、それはクローンである君も同じ。そしてなにより、普通では不可能なことをできてしまう人工知能も、お互いに揃えている」
「確かに、無事では済まないか」
優れた能力を持つ人間のクローンであるからこそ、メリアは十五歳から海賊になっても今まで生きてこられた。
それを否定することはできない。
しかし、差し出してきた手を握ることはなく、軽く払いのける。
「どうしてだい? 君が手を組むなら、フランケン公爵であるソフィアという子の命までは取らない。それに、私が皇帝となれば、君はその右腕として栄光を手に入れることができる。銀河の三分の一を支配している帝国の皇帝。その側近ともなれば、帝国においてはかなりの立場だ」
「お前が気に食わない。メアリ・ファリアス・セレスティアという人間が」
「へえ……? ずいぶんなことを言うじゃないか。でも私は寛大だから改めて問う。メリア・モンターニュ。もう一つの私。一緒に手を組もう。帝国における栄光を手に入れよう」
皇帝という立場を経験した人間にしては、それはとても寛大な対応に思えた。
少なくとも、他の人間がその手を振り払うなら、ただでは済まないことは明らか。
けれど、改めて行われる問いかけに対しても、メリアは首を横に振るだけ。
「決着をつけるんだろう? 今更そんなことを言われたところで、あたしが頷くとでも思ってるのか」
「……やれやれ、強情だね。まあ、これで素直に頷いてくれるような相手なら、そもそも私がこういう状況にはなっていないとも言える」
メアリは諦めたのか、手を引っ込める。
そしてレフィに小屋の扉を開けさせた。
「もう戻ってもいいよ。それともまだお話するかい?」
「いいや。せっかくだし、このフルイドとの交流を数日ほど楽しむことにする。それじゃ、次は殺し合いだ。ファーナ、行くぞ」
「はい」
なにやらレフィと軽く睨み合っていたファーナを呼びつけると、一緒に小屋から出ていく。
帰りは、来た時と同じように列車に乗ることで、駅から分かれ道のところまで戻ることができた。
「ルニウたちが向かったのは、あの道か」
「どう楽しみます?」
「それは合流してから決める」
歩き続けると、これまた駅のようなところに出る。
既に到着しているモノレールがあるため、それに乗り込むと、遠くに都市区画があるのを窓から見ることができた。
「そういえば、ずっと無言で睨み合っていたようだけど、向こうの人工知能とは何か通信でもしてたのか?」
「ちょっと罵倒しあってました」
「……そうかい」
「あれ? 内容とか聞かないんですか?」
「聞きたくない。不毛過ぎる」
人間以上の処理能力から繰り出される罵倒。
それは一つ一つの内容が人間と変わらなくても、膨大な量をぶつけ合っていたことは容易に予想できる。
なので聞くだけ意味がないとメリアは考えていた。
しばらくすると、レーヴ内部の都市区画に到着し、大勢の人で賑わっている広間へ出た。