288話 来るべき殺し合いに備えて
メアリを撃退したあとは、後始末の時間となる。艦船から脱出して宇宙を漂う生存者を探して回収するのだ。
他には戦場に散らばる残骸の処理もあるが、これは放っておいても残骸を漁る者たちが勝手に処理するので最低限の行動で問題ない。
そして仕事を無事に完了させたことから、依頼人であるソフィアと会うために惑星ヴォルムスへ。
報酬に関しては、会社へ振り込んでもらうだけで済む。
これが普通の仕事なら、あとは適当な労いの言葉を受けてさっさと帰るだけだが、メリアは険しい表情のまま留まった。
「……相談したいことがある」
「どのようなことですか? 大抵のことは手伝えると思います」
「数週間後、メアリと再び戦うことになった。なので、工場や資材を借り受けたい。あいつに勝てる代物を作るためにも」
「稼働しているものとなると、どこも所有者が決まっているので難しいですが、既に所有者のいない廃工場ならいくつか用意できます。資材については、購入費用をこちらで負担しますので、お好きにどうぞ」
ソフィアは詳しく聞こうとはしない。
ただ淡々と手続きを進めている。
「念のため、秘匿性の高いところにしておきますか?」
「ああ」
公爵という地位は、領内の各地にある廃工場を確保することなど簡単に行える。
表向きの所有者はソフィアだが、事実上メリアのもの。
とはいえ、それはメアリとの戦いが終わるまでの期間限定。
「何か入り用でしたら、言ってください。物によっては、直接話し合ってからになるかもしれませんが」
「大丈夫。一番高額なものはこっちで確保できてる」
公爵の屋敷から離れたあとは、ひとまず宇宙へ。
そしてトレニアのブリッジ内部にて、今後についての話が行われる。
主題となるのは、今後起きるであろうメアリとの戦い。
「さて、どうするべきだと思う?」
「どうもこうも、今から殺しに行くというのは? 向こうの残存戦力から考えると、背後から攻めれば今の戦力でも勝ち目は充分にあります」
まずファーナが意見を口にするが、意外と好戦的なものが出てきた。
確かに、背後から攻めれば大きく有利ではあるものの、今から追いかけたところで追いつけるのかという問題があった。
ワープゲートという代物は、艦隊の行動に大きな制限をかけてくる。
一度に限られた数しか移動できず、艦隊として動けるようになるまで時間がかかる。全体の規模が大きくなればなるほど、それは顕著なものになる。
「攻めようにも攻められないから、それはなし。艦隊すべてで仕掛けられるなら、そうしてもよかったが」
今から攻めることは難しいため意見を却下すると、次はルニウが意見を出した。
「それでは、先回りするというのは? タルタロスという惑星の近辺で待ち伏せて、メアリの乗ってる旗艦を沈めてしまえば、あとはどうとでもなるわけで」
「いつ戻ってくるのかという問題と、惑星にいるフルイドからの情報提供を受けて、あたしたちが待ち伏せてることに気づく可能性がある。危険過ぎるからこれも却下だ」
「そうなると、一対一で真面目に戦うことになりますけど」
「それについては考えがある」
メリアはそう言うと、セフィの方を見てルシアンを呼ぶように伝える。
少しすると、ブリッジに犬のサイボーグであるルシアンが入ってくる。
「セフィ、ルシアン。頼みたいことがある。……教授の遺産の一部を、使わせてほしい」
教授の遺産。それは大量のエーテリウムであり、トレニアの一室にて保管されている。
魔法の金属と呼ばれるエーテリウムを使えば、一般的なものよりは高性能な兵器を作り出すことができる。
メアリとの戦いにおいて、準備はどれだけしても足りないということはない。
「機甲兵やパワードスーツの開発に利用するためですか」
「そうなる。あたしとあいつは一度戦った。ソレイユという船の中で」
帝国における内戦。
その最終局面、二人だけでの決闘が行われた。
あの時はかろうじてメリアが勝利したものの、その直後気絶してしまった。
オリジナルとクローンという、同じ遺伝子を持つ関係上、才能的な部分では同等。
あとは経験の差だが、これもあまり大きな違いはない。
そうなると、利用する兵器の差が重要になってくる。
「あの時は、なんとか勝った上で生き残れた。けれども、次の戦いはどうなるかわからない。負けるかもしれない。勝つことができても死ぬかもしれない。だから、エーテリウムを使った新しい代物が必要になる」
「……ルシアン次第ですね」
「ワオン」
犬のサイボーグであるルシアンは、軽く吠えたあと辺りをうろつき始めた。
何か考えているのか、数分ほどそうしていたが、やがて戻ってくるとメリアの足に前足を置いた。
そして振り返るとゆっくり歩き始める。
「これは……?」
「ついてくるように促しているみたいです」
ルシアンと長年一緒にいるセフィは、鳴き声や仕草などから、ルシアンが伝えたいことを理解できるようで、とりあえず全員でついていくことに。
向かう場所は、教授の遺産である大量のエーテリウムが保管されている一室。
足を運ぶのは基本的にセフィとルシアンだけなため、エーテリウムの入ったコンテナ以外何もないというやや殺風景なところ。
「ワン、ワン」
「これと、これですか」
固定されたコンテナのうち、セフィは二つのロックを解除すると、部屋の外に運び出す。
「使っていいのはこれだけみたいです」
「助かるよ」
遺産全体からすれば、わずかな量。
しかし、エーテリウム自体が銀河全体からしても希少過ぎる代物なため、一般的な基準で言えばかなりの量だった。
「次は……ファーナ、あたしの配下となってるルガーを呼んでくれ」
「到着するまでしばらくかかりそうですが」
「待つ間、一時的に貰った工場を見に行く。どう直すべきか見ないとわからないしね」
「座標は既に貰っているので、あとは向かうだけですが、軌道エレベーターからはかなり離れているので、大気圏から突入しないといけません」
「輸送とかを考えると、中型のやつで大気圏を出入りできる船を買うべきか」
「お金かかりますよ」
「武装とかなしにして、移動能力だけ満たしてればいい。その分だけ安く済む」
注文自体は、惑星の近くにいればすぐにできた。
幸い、現物はあるということなので、料金を支払ってから受け取るまでたった数十分ほどで済んだ。
これは宇宙港までの移動時間を含んでいる。
「ついでに一般的な資材も買っておくか。直したあと工場を稼働させられるように」
「買いすぎには注意を。まあ分けて運ぶだけですが」
来るべき戦闘への備え。
それは秘密裏に進められる。
少なくとも、わざわざ調べようとしないと気づくことはできない。
「……これはまた、修理に時間がかかりそうだ」
軌道上から指定された場所に降り立つも、近くにある工場は草木が生い茂っていて、使えるような状態に持っていくだけでも大変なのは明らかだった。
「時間は、数週間。色々することを考えると余裕はないですね」
「ま、必要なあれこれについては公爵様たるソフィアに頼ればいいし、数日で使い物にするとしよう」
「あのー、メリアさん、もしかしてこれって」
「ああ。全員で片付けだ」
「うへえ。だから降り立つ船には作業用機械があんなに」
草木の生い茂っている工場だが、これは言葉通り数日で済んだ。
生身の人間が手作業でやるなら一ヶ月以上かかるだろう。
だが、宇宙で使用することが前提ながらも、地上では作業用機械としても利用できる機甲兵に、機械を遠隔操作できる人工知能のファーナもいる。
人間が寝ている時でも作業は進むため、小規模な機械限定とはいえ生産可能な段階にまで持っていくことができたのだ。
「メリア様、ルガーがトレニアの近辺に到着しました」
「通信を地上に繋いでくれ」
端末越しに映像通信が行われる。
「ルガー、メアリの動向を探れるか? 人類とフルイド、二つの種族の交流イベントを主催してるらしいから、付け入る隙は大きいはず」
「探ることはできても、どんな情報が得られるかまではわかりませんぜ」
「別にいい。情報はあれば嬉しいが、ないならないで独自に対処する」
「しかしまあ、異なる種族の交流ですかい。そっちについても情報いります?」
「まあ、一応は」
「俺が喜ばしい情報を得られるよう祈っていてください。では」
海賊であるルガーは去っていく。
おそらく、なんらかの身分を偽ってイベントの準備を進めるメアリに近づくのだろう。
「……来るべき殺し合い。これは、勝たないとね」
工場からやや離れた空き地にて、誰にも聞こえないくらい小さい声でメリアは呟く。
この先待っているのは、ただの戦いではない。
一般人などの他人を巻き込まないといった、最低限のルールがあるだけの殺し合いが待っている。
命をかけて決着をつけないといけない。
結局のところ、利害の関係から争い続けるため、どちらかの死でしか終わりを迎えることはできないのだから。




